『370回目の鍋』
3月27日。寒かったりそうでもなかったりと春らしい季節が近づいて参りました。
この日もどんな鍋にしようか決めるところから鍋の会が始まります。気付いてる方もいらっしゃるでしょうが、事前に「次はこういう鍋にしよう」とかそういう事は一切考えていません。本当にその日その場に集まった面々で一から決めているのです。
そんな事で大丈夫なのかと心配になるかもしれませんが、なにせ今回で通算370回も続けてきたわけですから、割といつも何とかなってます。慣れているベテランさんがそこにはいるので、新しい人にも全体的な流れを教えやすいよう自然になっているのだと自分は感じています。
さて……と言うわけで、今回は味噌ベースの鍋にしようと言う事に決まりました(冬場はトマトやキムチなど赤い物が多かった)。味噌鍋の味付けは出汁と味噌だけでも出来るので楽で良いですね。買い出し組を待っている間に待機組は今の時間で出来る事だけしておきます。今回はタマネギがその場で使える物があったので切ってもらったり。待機中にも参加者さんが続々と……中には開始時間を1時間遅く勘違いしていた人もいました。前は1時から始めていましたが、今は12時からなので覚えておいて下さいね。特に前からの参加者さん達は間違えやすいと思うので気をつけて下さい。そんなこんなで買い出し組が帰って来てから本格的に動き出しました。味付けを担当しましたが、使ったのはだしの素と味噌オンリー。
シンプルで良いなと自分は思ってましたが、どうやら物足りなさを特に女性陣が感じていた様子。
一度目の具材があらかた食べられた頃を見計らい、女性スタッフと女性参加者のコンビが味付け改良に取りかかっておりました。そして改良の加えられた味噌鍋にはこくのあるクリーミーな味わいが……聞いたところバターも加えたとの事です。これはこれで……なかなかに美味い!元々濃い味好きな自分としてはこっちの方が合っていたかもしれません。普段は仕事上の都合でどちらかと言うと薄味にするように癖がついてしまっているので、自分のではこれほどの味は出せてませんでした。作る人によって味が変わると言うのも、これもまた鍋の醍醐味というやつではないでしょうか。
『371回目の鍋』
4月3日。この日は鍋は作らず、お花見をしに外へ出掛ける日でした。
天気は雨が降るのかどうなのか怪しい感じでしたが、晴れてる時間もあったので少なくとも花見中の天候は問題なかったです。車組、自転車組、電車組と三手に分かれ、先に着いた車組と自転車組がバーベキューの用意を先にしてくれていました。電車組はJR高槻駅に集まり、歩いて15分~20分ぐらいの所にある芥川桜堤公園という場所を目指します。この公園は5月にたくさんの鯉のぼりが上げられる事で有名らしく、自分も幼い頃に連れて行ってもらった事を頭の片隅に記憶していた事を思い出しました。当日は桜も綺麗に咲いていて、たくさんの花見客で賑わっていました。青い空と桜を見て、バーベキューで肉や野菜を食べ、美味しいお酒を飲む。年に一度のこの季節だけのイベントを精一杯楽しみます。少し楽しみが行き過ぎてる人も自分を含め居ましたが……(笑)。帰りの道中で雨が少しずつ降り出してきて、本当にギリギリな天気だったなと思いました(晴れたり曇ったり降ったり)。
次回の鍋の会は第4週目の日曜に開きますのでよろしくお願いします。つぼい。
定例会報告
3月19日(土)に14名参加(内御家族さん4組)でした。
定例会は高槻青少年センターさんと共催しています。そのセンターのスタッフTさんがこの春で定年退職を迎え、今回が最後の定例会という事で挨拶がありました。七年半今の役職をされておりその間ずっと共に定例会を構成してきました。これまで長い間色々とお世話になりました。お疲れ様でした。
父母懇談会報告
4月2日(土)に7名参加(内親御さん4組)でした。
寮生、通所生の親御さん達が参加されました。子供からの反応がないので謝ろうかと思う話題がありました。具体的に謝る事があれば良いですが引きこもる現状で漠然と謝っても育て方や産んだ事までも親の失敗として認めているとも考えられます。そんな事をしても子供の気持ちが晴れるはずありません。
「問題は君だ。何を開発したいですか」
新しい課長がにこやかに問いかける。
会社に慣れてきた4年目、清酒開発の部門に所属が変わった。醸造は何一つ知らない。
「どれでもいいです」と答えた。
他の社員が希望を埋め、最後に残った低アルコール清酒の開発をあてがわれた。
(誰もやりたくないテーマだ)
女性向けの日本酒は売れにくいからだ。
ところが新しい常務が女性で、これを最優先課題にした。
(うそ…)
素人の私に補佐が何人も付き、一か月後には試験醸造することに決まった。
「まずは普通の方法でするしかない」
困った顔で課長が仕込み配合を決めた。できた酒から異臭がする。製造部長が、
「次に失敗したら開発中止だ」と言う。課長はにこにこして、
「ここからだ。この結果があるから次に行ける」
普通でない仕込みを検討する。数か月試行して決め、部署の会議にかけた。
「いつのまにこんな仕込みに変えたの?」
驚きの声が上がる。
試験醸造に入る。好奇心で醪をなめると、あまりのまずさにのけぞった。完成時においしくするための工夫だった。
試みは成功し、一番に商品化された。
次の課題はにごり酒の改良だった。
「君は普通でない酒の専門ね」
既存の製造工程を自由に組み替えていく。
午後から他社と打ち合わせる予定の日、昼休みにロッカールームで寝過ごした。全社一斉放送で名前を呼ばれて目が覚め、急いで机に戻る。
課長は大声で笑い出す。
(いや、叱るところでしょ!)
勤務態度も普通でなくてよいらしい。
人間関係に悩む仲間から相談を受けた時には、勤務時間中にも話し込んだ。何も責められなかった。仲間は辞めてしまい、課長は
「解決できればよかったのに」とつぶやく。
部下を管理せず、大切にする。
やがて課長は部長になった。厳しくなった経営を向上させる提案が全社員に求められた。
「部署を超えてチームを作り開発過程を全社員で共有する」これまでではありえない商品開発案を書いた。
この提案だけが通った。
リーダーになった。別々の部署から若手が集まる。見知らぬ営業課長がこのチームを認めるよう上司に土下座して頼んだ。上部から批判は多く、開発過程を全社員に見せている。自分を信じチームを導かねば先はない。本業に手が回らない私を部長は責めず、
「ここまで来たら製品化」とはっぱをかける。
結局、技術的な理由で製品化されなかったが、商品案は高い評価を得た。
この仕事から学んだことは多すぎた。
退職した。
これも普通ではない。いつも普通はなかった。だからいっぱい成長させてもらった。
*
元同僚とはその後もたまに会ったが、部長には年賀状すら出さなかった。10年ぶりに、元同僚との飲み会で再会した。
(全くなつかしくない)
昨日も会っていたような感覚に襲われた。私の今の仕事を根掘り葉掘り聞いては意見してくれる。
「年に一回会うの。じゃあ来年も」
私は今、出会った当時の彼と同じ年齢になる。
…まだまだ普通だ。
2016,4,14 長井潔
4月3日の日曜日、薄曇りの日でしたが、無事にお花見する事ができました。とてものんびりしていて、良いお花見でしたね。みんなに感想を聞きました(^^)v
芥川に行くまで久々に自転車をこぐことができて気持ちよかったです。バーベキューがおいしかったです。M
いつも近くの道を通るのですが、ちょっと道から入っただけでかなりいい感じの公園になっていておどろきました。桜はきれいだったです。M.M
久々のお花見開催!近くのスーパーで買ってきた食材でのバーベーキューはおいしくて参加者からも好評でした。日本酒、ワイン、フルーツ、スイーツ、お菓子と差し入れも豪勢で、心身ともに充実したお花見でした。無事にできて良かったです。 Fuku。
こいのぼりの時の混雑と(毎年5月には大量のこいのぼりがつるされる)近場ということもあって天気予報も悪くあまり期待はできないでいたが、ほどよい数の花見客と例年にないあたたかさでゆったりとした花見になって楽しかったですね。タカハシ
あとはもう花粉さえなければ……。 失敗画伯
現地まで行きは車、帰りはバイクで送迎で至れり尽くせりでした。BBQもおいしく、外の開放感でいつもの鍋会よりも酔いが早くまわりました。栗岡大悟
花より団子という言葉があるけれど今回は食欲にも勝る桜の舞台でした。BBQもできて場所取りも激戦ではなく会場としては穴場でした。お酒飲んだ後に帰るのも近くて便利でした。遠くにお出かけも良いけど高槻でもまだまだ探索の余地ありでした。 自由人
近くの河川敷で人が多すぎず自由な感じでそれぞれに楽しまれているスポットに出会えたことが良かったです。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。寒くなくよい花見でした。長井
一人ではとうていできないことが皆でならできるんだなと改めて実感です。お肉美味しかったです。お酒もたくさん飲みました。久美子
雨あんまりふらなくてよかった。知らない人もきてたけど仲良くなれてよかった。一花
さくらのすべりだい楽しかった。四季
90年代中頃までは、「閉じこもり」と言ってみたり、「引き篭もり」と漢字表記であったり、周囲にあることは知っていても相談することもままならなかった。「社会的引きこもり」という言葉が出た90年代後半に、存在も広く知られるようになり、一躍社会問題となった。「フリーター」なども問題になっていた時代で、責任を企業社会や行政には問わず、いずれにしても若者の消極的な社会参加として、当人やその家族に問題の原因があるとしたし、このことは今もさしては変わりない。就職活動をして、私企業の正社員になるか公務員にでもならない者や、学校にも行かず就労しない者への一貫した世間の眼差しや偏見といわれるものがある。当時は、いわゆるバブルがはじけて間もない頃であったが、高度経済成長をしていくことを夢見て、次の機会を待つように内部留保など保身しかない会社を前に、社会や学校に出ていけない若者たちは自らを原因とされ、挫折の機会すら失われ引きこもった。社会は若者を積極的に排除し、そのうえ学校に行けなかったり働けなかったりする者を理解しようと歩み寄ることすらしなかった。当の本人たちはそのような社会にある他人と関わり合いになりたくないのもあって、引きこもりを自らの責任としその状態や自らの存在を恥じた。その数は100万人とも200万人とも言われたが、当然にして定義もあいまいであり、それも当然だが引きこもりを訴えるのが本人であることはないので問題として表立たず、現在まで定義もその数も定まらない。それで現在は70万人などと言われているがその根拠もなく、分かったところで社会の側からの問題としないのであれば、何の解明にも至らない。そして引きこもる人は減ってはおらず、高齢化している。一億総中流社会と言われた時代から、中流層がなだれ落ち、いわゆる格差が広がるわけだが、富裕層はそのほとんどを金融投資に使い、中流の少なくなった実体経済は縮小し、働く場所に限らず子どもたちが大人になろうとした時の行き場がなくなった。そこで、ローンも払い終わった住居費用がかからない実家などで、ほとんどお金も使わず孤立無援の暮らしている状態である。
かつては「登校拒否症」という病名などあって毎度のことだが、このような事態に精神科医などが中心に病気かどうかと口を出し、旧厚生省あたりがそれら報告をまとめ行政が火消しというかアリバイ作りをする。そんな中、引きこもっている本人たちが出てこられないので、この問題の当事者でもある困っている家族や親たちと民間の支援者が協力して、居場所を作ったり訪問活動をしたりと各地でその対応が行われる。00年代半ばにニートという言葉が輸入され、今度は旧労働省あたりが親の支援団体などに尻を叩かれて尻を叩き返えしたのが、民間の支援団体に委託した形で行う3ヶ月の職業訓練合宿「若者自立塾」だった。行き場がないのにニートの尻を叩いても、うまくいかずに結局この合宿はすぐにポシャる。これらは現在でも拡大版ハローワークのような形で、サポートセンターという名称であまり目立たないよう、支援団体として生き残っているが、相談に訪れた本人の尻を叩くかなでるというやり方は全く変わっていない。ついには10年代になると、親が死んだ後に本人が生きていけるようにと親の財産管理をするファイナンシャルプランナーのような支援者もあらわれる。そしてまた厚生労働省内で差し戻される形で、今度は旧厚生省あたりが発達障害などとして医療や福祉の問題とするが、それらの事情は次回にでも「障がい者」と題して文章を書きたい。こうして20年ほど民間や行政を問わず、引きこもり問題として労力や財を投じ対応してきたが、今でも多くの若者が引きこもり、何よりも20年前から引きこもっていた人が親の年金などを頼りに未だに引きこもったままであったりしている。その場しのぎに個人的な引きこもり問題をどうにかしようとするだけで、当人も含めこの問題に向き合っている者は誰もいないか、口を噤んでしかない現状が今でも続いている。
一方で、引きこもっている者を社会に出そうとする流れに批判的な意見もずっとある。引きこもりは他人にとって迷惑がかかるものでもなければ悪いことではない。吉本隆明が「引きこもれ」といって、文化的にか思想的にも保護すべきと発言したり、識者は個人に介入しようとする集団や社会を気もち悪がってみせたりした。いわゆるカウンセラーなどは、困っている親に対して「待て」と言うしかない。だが、当人も含めて、賢人らしい目でこの社会を変えることはできないし、ひどいものだと嘆いたところで良くは変わらなかった。その間、引きこもりは同じ不安や恐怖と何度も不毛な戦いをさせられ、引きこもらされ続け、孤立させられている。そのことを見て見ぬふりをしたい耄碌した爺さんたちの言い分は、行き過ぎた資本主義や高度経済成長を語っているふりをしているにすぎない。引きこもりをはじめ私たちを変えることができるのは、それがどんなにかひどい社会であっても、そこで生きている人との出会いによってである。その機会を根元から奪っているのが今の社会であるのなら、孤立、分断された者が集うことができる小さな場を一つでも作ることがこの社会での大きな仕事となろう。
引きこもっていない人というのは、自らが引きこもっていることをうまく隠し、他人と関われている人のことをいう。今の社会は、多くを分断させられ引きこもりに限らず孤立させられていて、会社などで働いてはいても社会的には引きこもっているなんていう人はもっと多い。引きこもり問題を誤魔化さずに向き合わざるをえないのは当の本人である。引きこもっている人こそが、この社会の根っこに広がっている引きこもり問題を個人としてでもなく解消できる。そのためには、家族以外のこの問題の近くにある者が、会いに行くことが大事である。あなたの精神は、あなただけが所有しているものではない。恥じることはない、引きこもり者よ、過去は捨て置き、出会い、社会へ放て。
2016,4,15 髙橋淳敏