NPO法人 ニュースタート事務局関西

3月の定例会◆(不登校・引きこもり・ニートを考える会)

By , 2026年2月22日 10:01 AM

3月の定例会◆(不登校・引きこもり・ニートを考える会)

3月21日(土)14時から (324回定例会)
場所:クロスパル高槻 4階 会議室
 
当事者・保護者・支援者問わない相談、交流、学びの場です。
参加希望の方は事務局までお申込みください。詳細はこちら
※参加者は中部から西日本全域にわたります。遠方の方もご遠慮なく。

3月の鍋の会

By , 2026年2月22日 10:00 AM

3月の鍋の会

日時:3月8日(日)12時~16時 第516回

みんなで集まってから何鍋にするか考えて買い物に行って鍋を作ります。まだまだ寒い季節です。お鍋が美味しいですね。次回は何鍋にしましょうか。

初めての方も久しぶりの方も大歓迎です。参加される方は必ず申し込み下さい。

場所:「へそでちゃ」(JR摂津富田駅から徒歩15分弱)

待ち合わせ:11時45分JR摂津富田駅改札口

「支援」の終わり  髙橋淳敏

By , 2026年2月21日 5:00 PM

「支援」の終わり

 先月号にも訃報を書きましたが、当法人の設立者であり元代表の西嶋彰さんが116日に亡くなりました。西嶋彰さんは1998年にニュースタート事務局関西の活動を始められ、何人もの親御さんと面談や長期にわたって文通など交流する中で、2000年前後「引きこもりは病気ではない」との考えを主張するに至ります。今も継続されている「鍋の会」を始め、「訪問活動」や「共同生活寮」など運営され、日本スローワーク協会を一緒に立ち上げ、リサイクルショップやカフェコモンズ開店にも関わるなど、引きこもっていた人の社会参加の道筋を示されました。一方で、去年以前から予告されていたことですが、千葉にあるニュースタート事務局が、新たな「支援」を必要とする受け入れをやめ、今その活動を終えようとしています。ニュースタート事務局の代表をされている二神能基さんは、西嶋さんよりも前に活動を始められ、引きこもり支援の先駆者の一人です。西嶋さんも、ニュースタート事務局代表の二神さんも80歳世代です。NPOなどは、ボランティアがベースであったりするもので、いつまでも活動できるわけなのですが、さすがに上の世代に頼るのは難しい時代となりました。私が関わったころは、私はまだ20代で引きこもっていた人と同世代であったし、当事者意識の方が強く、「支援」をしている意識が当時から薄いものでした。いろいろと間違ったこともしましたが、当事者を代弁するようにして、親世代と考えの違いを言い合うことも多かったです。ですが、この活動をやっていると「支援者」として求められることが多く、それの方が居心地が悪くも感じていました。いつか私が西嶋さんや二神さんの年になったら、難しいことを考えなくても「支援」ができるものと思った頃もありましたが、どうも違うんじゃないかというのが今日のお話です。私はすでに親御さんとの方が同世代的であることが多くなり、訪問活動もお兄さんではなくおじさんになっていて、引きこもっている人の気持ちが分かるなんて思ってはいても、相手からすれば勘違はなはだしく、昔と同じようではなくなっているのも事実です。

 また昔の話しにはなりますが、「支援」に関する話しで、今でも覚えていることがあります。女性支援をしているある団体の代表者が話していたことです。その方は、下にいる人を上に引き上げることを「支援」に例えていました。文脈としては、生活水準を下から上へと引き上げるとか、女性の社会的なステータスを下から上に引き上げるとか、当時はいろんなところで聞いたような話しであったと思います。当時の女性支援はそうだったのかもしれません。ただ、私は引きこもり支援のことをオーバーラップして考えていたわけですが、こと引きこもり問題においてそういうことを「支援」とするのが納得いかなかったようで、というのも引き上げることが「支援」であるのならば、私たちがやろうとしていることは何なのか?と考えていたのです。時代は失われたと言われ始める経済成長期が終焉したころです。経済成長期は日本のほとんど多くの人たちの生活水準や暮らし、ステータスまでもが、見るからに上がっていった時代です。今の若い人たちには信じられない話しですが、それほど大きな国でもない日本が、世界でトップになったりもしました。そういった時代においては、暮らしやステータスを下から上へと引き上げることが「支援」であったのかもしれません。ですが、皆が落ち目になっていく時に、下から上がるというのは、その中の誰かと競争して勝つことであったり、近くの誰かを踏み台にするようなことです。よく例えられるのは椅子取りゲームなどですが、支援する人自身が座れる椅子や立っていられる足場もなければ、一方的に支えようとすることは、支える人を重石のような存在に変えてしまいます。私は落ち目の社会状況で、自らも不安定な生活をし、引きこもっている人の境遇と変わらない同時代感覚がありましたので、この引きこもり問題における引き上げ型の支援はできないと考えていました。あるいはできたところで、一過性のごまかしに過ぎないとまで思っていました。そして、上と下にいると考えては、支え合うことも難しいのです。

 引き上げ型の支援的考えはそもそも親子関係に表れていました。親は子に対して、同じような家族形態で同じくらいの生活水準の暮らしができるように、子に教育させたり自立させることをしていました。それでも慎ましいくらいの望みと思われている人がほとんどでした。ですが、当時から20年以上経過して、世代は変わりましたが例え引きこもっていない人でも、当時の子世代は中央値計算で100万円以上も収入が下がり、物価も高くなった生活を現在は強いられています。これだけでも普通と思われていたことが、高望みであったことがわかります。最近の若い人から「普通になりたかった」ということを何度か聞くことがありました。さらに欲深い親の中には親以上のステータスや収入を求めようとしたりとか、親がした苦労をしてほしくないなどと早めに受験勉強をさせて進学校へ行かせたりとか、子である期間を奪うことすら子供のためと考える親は今も多くいます。親は支援者ではありませんが、わが子だけはと「普通」などの言葉で引き上げようとしています。経済成長期は歴史的には特異点であったはずです。そこから下降の一途を辿っていることは、確実に次世代の生活水準は下がります。同じやり方で、わが子だけを上げようとしたり、楽な暮らしをさせようと望むのは誰かと競争を強いることになります。競争させるような場へと引き上げるのか、あるいは年金などもらって生活水準を引き上げるのか。いずれにしてもそこに「支援」活動を見いだせませんでした。「ひきこもり」を病気や障害などと個別の問題とすることによる弊害は他にも書いていますが、ならばその「支援」も考え直さなくてはなりません。少なくとも私たちは引きこもっている人に限らず、不安定ながらも同じような地平に立っています。なので私たちができることは支え合うことであり、共に生きていくことです。引きこもる人もいろんな人がありますが、私が出会った中では彼・彼女らはどちらかというと、人に助けを求めることや支えられることが不得手でも、人を助けたり支えることが自然にできてしまう人が多いように思います。もちろん、誰とでも支え合えあったり、ずっと共に生きていける超人やユートピアの話しをしているのではありません。それに、まずは支えてもらうことが必要な人がいることも忘れてはいけません。そして、私たちは家を出れば誰かと支え合うことができ、ある時期はともに生きる誰かはいるような社会を作りたい。それができれば引きこもっていることは問題にもならないでしょう。

 「支援」は一方的なものではなく支え合うこと。支援することと支援されることは、打った右手と左手のどちらの音が鳴ったか答えられないように、支援するものと支援されるものは分けることができない。支援という行為によってどちらもが支えられている。理想の話ではなく、現実がそのようであること。例えばあなたが車いすを押しているとして、そのことで車いすに乗っている人があなたに支えられていると思うのならば、あなたは車いすに乗っている人に支えられていることにもなる。例えばあなたが寝たきりでおむつを替えるときに、腰を少し浮かすことができるのならば、その行為があなたのおむつを替えようとしている人を支えていることになる。こういったやり取りは、サービスのようにはならず、貨幣経済には汲み取れないコミュニケーションです。だがこれは昔も今も常にたくさんある行為であり、それが支え合いです。そういった行為を貨幣換算すべきだと言っているのではなく、むしろ逆に支え合うことなしに私たちの暮らしは成り立っていないことを意識するのが良いでしょう。お互いに支え合うことは、お互いが支え合っていることを自覚していくことでもあります。自分が支えていると思っているのに、相手がそう思っていないのならば、支えあっている相手を変えようとするのではなく、支えていると思う行為をやめるしかないと考えます。

2026年2月21日 髙橋淳敏

2月鍋の会報告

By , 2026年2月17日 9:32 AM

 2月8日(日)雪が降る寒い日でした。鍋の会7名参加でした。とにかく温まりたいという気持ちが大きくて温まりそうなみそキムチ鍋に決まりました。一年で一番お鍋が美味しい月かもしれませんね。野菜たっぷり味も自然なうまみの熱々鍋ができました。この日は4月に海外に行く予定の人もいて自己紹介テーマは、今まで行ったことのある海外旅行の話か行ってみたい国についてになりました。行ってみたいなと思う理由は意外とイメージとか簡単なものが多くて、深く考えると動けなくなるので(なんとなく行ってみたい)など直感は大事なんだなと思いました。何かをしたいと思う時もいろいろ具体的に考えると大変そうでできないなと思ってしまう気がします。頭半分は不安や心配でどすーんとなっているときはひとまずそっちの頭に光は当てず、もう半分のなんとなく楽しそうだしやってみたいを前面にできたらいいですね。なんとかなる。そして、誰かのなんとかなるかなを応援したいです。(くみこ)

1月例会報告

By , 2026年1月29日 8:56 AM

1月17日(土)例会がありました。10名(内家族の方が5名)参加でした。この日は冒頭にニュースタート事務局関西の元代表の西嶋さんの話をしました。この例会こそが西嶋さんが1998年11月から「大学生の不登校を考える会」として始めた活動でニュースタート関西の始まりでした。大学に行かないことが問題になるとはどういうことか、学生運動やサークル活動をするわけでもなく、友人もなくただ一人でワンルームの部屋にこもっている。たくさんの親御さんたちから相談を聞いて、なぜこんな現象が起こっているのか考えました。親たちの中には自分の子が病気なのではないかとも心配している人もいました。その頃学校に行かないこのことを登校拒否症という病名をつけた人がいたところからも、「引きこもりは病気じゃない」という考えで西嶋さんは引きこもり問題を考えました。2001年くらいからは3つの目標として、①友だち作り②親からの自立③社会参加をあげました。①は対人恐怖などに対して「鍋の会」などを開催し、人が集まる場所にいられること来ること。ご飯を家族以外の人と一緒に食べることというのはとても簡単なことのようだけど意外と難しいことでもあります。②は親離れ、子離れのために「共同生活寮」を始めました。③に対しては就労体験や仕事づくりなどのためにリサイクルショップをしたり、カフェコモンズを作っていくことにつながっていきます。「訪問活動」もこの頃から始まりました。

今書いていてもこんな短い文章では書ききれません。西嶋さんが考えてやろうとしたことにたくさんの人が心を強く動かされ自分も何か一緒にやりたいとつないで創ってきたことがニュースタート関西の歩いてきた道のりなんだなと改めて感じました。

 皆さんの話からは。親は子に「ずっといられては困るから」という風に思うのではなく、自分の好きなことをしてほしいし、外の世界でいろんな経験をして欲しいし、人と関わってほしいというメッセージを送り続ける。家族との関係があって引きこもれる場所があるということは逃げ道がちゃんとあること。

 引きこもっている今が安定して膠着状態にある場合は第三者がぽこっと現れるくらいでは動きが出にくいこともある。いっそ引きこもっていられるこの家がなくなってしまえばいいのに。

 引きこもる時間はそんなに長い必要はない。せっかく時間をかけるなら人と関わる中でうまくいかなかったり落ち込んだりすることに時間を費やせたら。    (くみこ)

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