今年の夏の旅行は、鳥取の因幡社にある十人十色さんという集まりにお世話になった。代表の方が美鈴さんという名前で、十人十色なので、「みんな違ってみんないい」と歌った金子みすゞに由来しているようだと、今回の縁を持ってきてもらった方から聞いたのだったが、そのことを旅行中に美鈴さんから直接うかがうのを忘れていた。金子みすゞの詩はあまり多くは知らなかったが、「みんな違っていいのだ」という解放感というか自由というかやさしさ寛容さなどがある一方で、若くで自殺したというのもあるが、とても哀しい印象を受ける。
お魚
海の魚はかわいそう。
お米は人につくられる、
牛はまき場でかわれている、
こいもお池でふをもらう。
けれども海のお魚は
なんにも世話にならないし
いたずら一つしないのに
こうしてわたしに食べられる。
ほんとに魚はかわいそう
詩を解釈するのは野暮かもしれないが、ここで海の魚は、お米や牛やこいにくらべて、かまってもらうのでもなく悪いことしているのでもないのに、殺されてしまってかわいそうだと言っている。わざわざ海の魚というのだから、川魚や池の魚のように、人間と生きているときに接点がありそうな魚は除外しているのだろう。結局、この詩を書いた金子みすゞは、生きている間に全く関係のなかった人間に食べられてしまうのがかわいそうだというのだ。そういうことは不条理ともいうし、ある人はそれを食物連鎖と言い、弱肉強食と言ったりするのだが、それをかわいそうというのが金子みすゞであり、それが私が哀しい印象を受けるところである。人であれば、生きている間に世話をかけたりかまってもらったり、迷惑をかけたりかけられたりあるはずだ。魚も人間に釣られるまでは、大海で様々な生き物との交流もあったはずだ。でも、それらを歌わず、それらの関りの中のかわいそうな話しでもでなくて、何もなかったことを詩にする。それが哀しい。この歌を「引きこもり」と題して、替え歌すれば。贅沢も言わないし、迷惑もかけていない、でも結局、自分とは全く関係のないところで働かされる。かわいそう。働くこともできなければ、それはまた哀しい。
そんな金子みすゞの詩の印象とは違って、十人十色の美鈴さんはとても楽しい方でした。十人十色という場所も、根が明るいというか、人の人生を抱えてしまうことは、なんてことはないというくらいのエネルギーを感じ、私たちはとても元気に旅行を楽しめました。そんな出会いを歌にできればいいのですが、同じ魚をテーマにしたボガンボスというバンドの歌の詩の方が、彼も若くして亡くなってしまいましたが、今回の旅行にあっているのではないかと思いました。
魚ごっこ
魚じゃないとやってられないよ う~ポリポリポリ
魚になってお水に住んでいい気持ち 魚なんだから
うおうおうおうおうおうお 文句言わせない
これでいいや うおうおうおうお
あそぼ~よ 魚ごっこ
水に流れてすいすい泳げば う~ポリポリポリ
呼び止められて名前聞かれて ば~かだね 魚なんだから
うおうおうおうおうおうお 名前ありまへん
これでいいや うおうおうおうお
あそぼ~よ 魚ごっこ
十人十色を紹介していただいた中島さんが、7月に痛風になられたこともあって、たぶん家に蓄えてあっただろう大量の「のどごし生」と漁港で調達したサザエを持ってきていただいたのだが、痛風の原因ともされたトビウオの煮つけの話しなどは、今でも思い出しながらそれを肴にビールが飲めるくらい、おいしい話しでした。サザエも私は5個くらい食べた。米も野菜もいただいた。鳥取のスーパーは、トビウオも安く売られていたが、へしこ(さかなの糠漬け)の種類が豊富で、大ぶりのサバの半身やアジのへしこを土産に買って帰ったのだが、それもおいしかった。そして、シーカヤックに乗って、岸壁を背に鳥取の海に臨んだことは、忘れえぬ光景となった。
2016,9,17 髙橋淳敏
10月の定例会◆(不登校・引きこもり・ニートを考える会)
10月15日(土) 14時から (213回定例会)
場所:高槻市総合市民交流センター(クロスパル高槻) 4階 第4会議室
当事者・保護者・支援者問わない相談、交流、学びの場です。
参加希望の方は事務局までお申込みください。詳細はこちら
※参加者は中部から西日本全域にわたります。遠方の方もご遠慮なく。
【高槻市青少年センターと共催で行っています】
★9月の鍋の会★
開始時間は12時になりました。
第381回 9月11日(日)12時~16時
第382回 9月25日(日)12時~16時
12時からみんなで何鍋にするか話し合います。
今からこんな調子で(話し合いもみんなシャイなのでそんなに進みません(笑))
いったいいつになったら鍋を食べれる事やら…。
と思うのですが、いざ始まったら買い物班が買出しに出て、残った人でできる準備をして、
気がつけば13時過ぎには完成してみんなで作った鍋を食べます。とても美味しいです(^^)
初めての方も久しぶりの方も大歓迎です。参加希望の方は必ず申し込みをお願いします。
最近、10日間で10人の、別々の人が別々の人を怒っていた。顔の筋肉を動かすのも面倒なので他人の「怒る」パワーには感心する。人は何に怒るのか?
ある人は、周囲に気を遣う自分を踏みにじるような他人の横柄さに怒っていた。つまり本人は周囲におびえていた。
その人なりだと、片づけてよいだろうか。
例えば娘が小学生の時、集団登校の仲間は正規の集合時刻の10分前に集合する内々のルールを設け、10分前に来ない娘を怒った。登校時間が遅れたらと集団はおびえていたのだ。
労働法規違反の独自ルールを守らせる企業がある。幹部が会社の目標を守ろうとした結果だ。幹部は経営者におびえているのだろう。
クラスで話せない生徒は「コミュ障」と揶揄され無視される。無視する側も「いつ自分もそうなるか」とおびえている。
「何か」におびえる普通の人々が誰かを虐げる。*
私の父は世間におびえていた。母が重篤でも近所の目を気にして救急車を呼ばなかった。
他方で私が出世することを望んだ。その信条は父親の語りや行動を通して私に定着した。定着したら自分の本心になる。添えなければ自分への裏切り。死ぬに等しい。出世競争には限界がきて真剣に自殺を考えた。
なぜ父が子に出世をあおったのか。子供を使って「恐ろしい世間によい顔をしたかった」と考えれば腑に落ちる。普通の父親だ。
つまり世間におびえる父親が私から信条の自由を奪っていた。
*
当時の私は本心に背き自分を裏切らざるをえなかった。その瞬間にわかったが裏切ったのも自分自身なのだ。
(ということは別に裏切ってはいない…)
自分をコントロールする別の自分が生まれ、新たな親となった。新しい親は自分を責めず、それで大丈夫だ、明日を進もうと言った。
*
人生最大の裏切りの後、私は何かと自分を裏切るようになった。私が今よく裏切るのはそれまでの生活習慣だ。体に悪いと、医者ではなく私の中の親が判断するからだ。思考や信条の習慣も、柔軟に裏切ってきた。
だから知っているが裏切りとは何かの始まりだ。例えば価値観の違う者同士がいがみ合わず、認め合う新たな出会いになる。
*
ある若者は3年の訪問活動中一言も発せず強引に寮に連れられたのに、面談では「自分が生きていけるか、もう一度だけ試みます」と語った。無理やり連れて来たというのに、その発言はとても不思議に聞こえた。寮生活では誠実な人柄が現れ、後に仕事でも発揮されて卒寮10年後には正社員になった。久しぶりに会うと、以前の彼とは思えない大きな早口でしゃべった。ご家族とは会うのですか?と聞くと以前のように、ただうなずいてくれた。
引きこもりを脱する時は、それまでの自分を裏切る時とも言える。
悪くはない。世間に騙されたり、何かにおびえ誰かを虐げる普通の人より、すごくいい。
あなたの信条や本心は、本当に自らのものか。騙されてはいけないよ。それよりは自分を裏切ってよい。
2016、8,19 長井潔
『378回目の鍋』
7月24日。この日は出張鍋会でした。
滋賀県大津市にある「りぼーんスイッチ」との共催という形で行われました。社会福祉法人「共生シンフォニー」から最近新しく出来た団体みたいです。
こちらの詳しい内容はHPを参照してもらうとして(手抜きしたいわけじゃないですよ)、今回はいつも通り12時に現地で開始する為に現地へ向かう前の集合時間は少し早めになりました。
約1時間かけて大津まで行かなければならないので……こればっかりはどうしようもありません。
とはいえ移動中も電車の中から外を見ていると、だんだんと景色が変わっていくのがよくわかって楽しめます。
大津市の瀬田駅に着いたら、りぼーんスイッチのS石さんという色んな意味でキャラの濃い方が出迎えてくれました。
彼とは既に通常の鍋の会や花見で何度か顔を合わせていますが、初対面の頃と今とで接し方がたいして変わってないのが面白いところです。
会場に着いたら少し一休みして、予定通り12時から鍋の会を開始しました。
なんとりぼーんさんが事前に冷製鍋を用意してくれていたそうなので……よし、ならば今回は温かい鍋を作ってダブル鍋で行こうという話に。買い物班はS石さんの運転する車で少し離れた所にあるというスーパーへ行ってもらい、残ったメンバーで既にあった野菜を切ったり、おにぎりを握ったりして買い物班の帰りを待ちます。
流れはいつも通りで滞りなく進んでいったのですが、買い物班の帰りに車が混み出して少し大変だったそうで……。
とはいえ、我々には鍋料理に慣れたベテランの方々がついているので、多少時間が遅れても鍋が出来なかったなんて事にはなりません。
水炊き鍋、冷製鍋とサラダまで用意出来てしまい、とても豪華なメニューを参加者の方々と楽しむ事が出来ました。
非常に美味……海で食べる焼きそばは格別に美味いとかよく言いますが、そういう事とは関係なくどれも美味しかったです。
美味しいものを食べて、たくさん話をして、とても充実した出張鍋の会となりました。りぼーんさんとは今後も共催出来ていければいいなと思っております。つぼい。
『379回目の鍋』
8月14日。この日は3週間振りの鍋会でした。
夏の暑さでバテバテな状態で涼しい部屋の中で温かい鍋を食べる……そんな贅沢を出来てしまうのが鍋の会です。そもそも夏に鍋を食べるという発想はあまりないらしく(冷製鍋はあるがメジャーという程でもない)、どんな鍋にしようかと決める事がまず難しいのかもしれません。
そして最近何を作ろうか困った時に食べる事の多い鍋が出来てきているような気がするのです。
……そう、ヤツです、キムチ鍋先輩!
辛い系が苦手な人にはきついかもしれませんが、辛さはある程度調整出来るので多少苦手な人でも「あれ? 案外いけるかも?」という風になっちゃう素敵な先輩です。
冬には辛くて温まる料理が欲しくなりますが、夏も夏で何だかんだ辛い料理を食べてしまうのが人間という生物。
夏に鍋でしかも辛い系とかないわーとか思ってる若者に物申します……夏に辛い系の鍋は全然いけるんですよ!雪の降る寒空の下、わざわざ人の見てるバス停でアイスキャンディーを頬張る小学生が過去に実在したように、暑くて汗もかいてたのに辛い鍋とか食べてる大人達もここに実在するのです!
そんなわけで買い物班となった自分ですが、暑い上に荷物重くて帰ってくるなりぐったりダウンです。
一緒に買い物に付き合ってくれた参加者の女性の方は、ここからが本番だと言わんばかりに動いてくれていましたがとても真似出来そうにありません。
男連中の作ったドデカイおにぎりと一緒にキムチ鍋を実食開始!
辛くて美味い! 今回も大絶賛で特に味付けを褒められていましたが、その美味しい味のキムチを買ってきたのは何を隠そう自分ですよ(当然隠しますが)。
しかし味付けが上手いのは事実で、これ以上の物を作ってみろと言われても「やってやるぜー!
……ムリでした」となるのがオチです。
鍋料理とはいえ料理は料理。そこには味付けという名の大事な工程が関わるわけで、そこを上手く出来るかどうかで全てが決まると言っても過言ではありません。
味付けに自信のある方、是非とも鍋の会に参加して彼女に挑んでみて下さい。つぼい。