NPO法人 ニュースタート事務局関西

例会&父母懇親会 一言報告コーナー7月~8月

By , 2016年8月25日 5:34 PM

定例会報告

7月16日(土)に9名参加(内御家族さん2組)でした。
今月はいつもの部屋を移動して少し小さめの部屋で行いました。参加人数もそれほど多くなく、ちょうど良い距離感で顔を合わせ話ができたかと思います。終盤にはいつもお世話になっている青少年センターの方から、自身の話をされて意外な展開で今の職に就いた事が聞けて人の人生色々だと改めて思いました。

父母懇談会報告

8月6日(土)に5名参加(内親御さん2組)でした。
親御さんから「小さい頃から手のかからない子だった」と発言がありました。親から見てはそうかもしれませんが、本人にとっては一人でなんでもしなければならないと思ってしまう状態にあるかもしれません。要領良く見えても実は孤独の中でほったらかしになっているかもしれないですね。

☆サニースポット夏祭り

By , 2016年8月25日 5:31 PM

7月23日土曜日、毎年恒例の地域のお祭りに、今年もニュースタートは出店する事になりました。昨年は外の出店ブースでフランクフルトを炭火で焼いて出しました。想像するだけでも灼熱の戦いだっただろうなと思います。今年は作っておいたクッキーを売るので出店場所は、室内の涼しい場所に。朝の10時から15時までのお祭りなので、お昼ご飯にもなるフランクフルトは前半にドバァッと売れていたように思いましたが、今回はネコのクッキーとコモンズのパウンドケーキなので、お土産に買っていかれる人が多く、走り出しも途中もずっとゆるやかに売れていく感じでした。最後の15分位になって、残ってるんだったらお土産に買っていくわ―!と言って同じように出店していた周りの人たちが最後にまとめ買いをしていってくれました。
今回は、何と言っても5色位あるネコ型のかわいいクッキーが目玉商品でした。これは、寮生のKくんと、長井さんが二人で考えて試作して、大量に作りあげたものでした。あまりのクオリティーの高さにびっくりしました。ネコ型クッキーはすぐに売り切れたので私は買えませんでしたが、買っていってくれた人が、「かわいー!」と喜んでくれただろうなと想像できます。今年初めて店番のお手伝いをした私ですが、あまり考え過ぎると難しくなってしまい、お祭りの店番さんの大変さをやっと実感しました。今まで色んなお祭りで店番をやってきたニュースタートの寮生や元寮生、通所生のみんなのすごさがよくわかりました。(く)祭

☆食べ放題企画 ~焼き肉編~

By , 2016年8月25日 5:30 PM

7月29日の食べ放題企画は焼き肉に行く事になりました。阪急高槻駅前にあり最近リニューアルオープンしたお店です。寮生含め5人で行きました。平日ランチ限定で最低ランクのコースでオーダー60分で1000円という安さでメニューはライス、カレー、玉子スープに一応牛豚鶏肉でした。ドリンクバー付きやデザート付きも迷いましたが最安コースで一致団結。この日は灼熱の夏日和でしたが店の中は涼しく食べ始めると意外とタレが美味しいと言いながら序盤から網一杯に肉を敷き詰め勢いよく食べました。みんな制限時間を残してお腹いっぱいになりました。残った時間は涼しい店内で重いお腹を休めてから外に出ました。food_kimuchi

☆旅行前ミーティング夕食会

By , 2016年8月25日 5:28 PM

8月18日は、旅行前のミーティング夕食会になりました。毎年旅行の前の夕食会では、旅行参加予定の人にも来てもらい、一緒にご飯を食べながら旅行の待ち合わせ場所や持ち物、向こうでの予定などの最終確認をします。そして一番のポイントが旅行先での役割分担です。1日目、2日目の夕食の買出し、準備、片付けをみんなで分担して担当を決めておきます。実際現地ではできる人は担当じゃなくても手伝ってみんなでやっているのですが、やはり旅行中ですので、羽目を外して疲れてたり、準備時間に誰もいないなんて事にならないように、少なくとも担当の人だけでも集まって、みんなに手伝ってちょうだいよと声をかけるというのがとても大切な仕事になってきます。今回の旅行参加者は15人です。今回は私たちニュースタートだけではなく、宿泊先の十人十色というNPO法人の方々との交流もできるので新しい出会いがありそうです。二日目は灼熱の砂丘と、浦富海岸でのシーカヤックが大きな目玉になりそうです。また来月号でその様子をお知らせできればと思いますので、お楽しみにしていてください。そんな本日のメニューは、野菜たっぷりのビビンバとスープ、アイスたっぷりのパフェになりました。ビビンバには最後に、田中くんの手作り温泉卵を乗せました。あまりあてにはしていなかったのですが、うまい具合に温泉卵になっていて濃い目の味付けの肉や野菜たちをまろやかにまとめてくれていました。食欲進みます!甘いものは別腹です。(く)rakuda

「子どもの夢」髙橋淳敏

By , 2016年8月25日 5:20 PM

もう400回近く開催している鍋の会だが、先日は滋賀県大津の「リボーン」という新しくできた集まりにお邪魔して、共同で行った。「鍋の会」とはいえ、こんな暑い夏に本当に「鍋」をするのかとリボーンの方々は思ってもいたのだろう、私たちはあまり気構えず、できるだけいつものように鍋をしようと訪れたのだが、部屋は冷房がガンガン効いていて寒いくらいだった。それでも、訪問先の方たちの思いに気づかず、近江は摂津よりも涼しいだろうから暑がりなんだろうなと、歩いてきて火照った身体をひやしつつ、今日は何鍋にしようかとミーティングが始まる。すでにリボーンの人は置いてけぼりを食らっているわけだが、12時を過ぎてしまっていたので、このままでは買い物や調理でお腹がすいてしまうと着いて早々に必死である。ここでも大阪の人よりは滋賀の人はシャイだなと勘違いしながら、鍋の会経験者たちが「辛いのがいい」とか「肉を入れるのがいい」とか「買い物に行った人が決めたらいいとか」、夏の日に何鍋がいいかというファナティックな会合が開かれる。思ったより盛り上がらないと間が空いたところに、「冷たい鍋を一つ用意しています」というリボーンの人たちからの申し出があった。熱い鍋を検討していた面々は「冷たい鍋というのはなんだ、そんな日和った考えで鍋の会が続けられると思っているのか」と訪れた中の半数弱くらいは鍋伝導師としての使命でさらに身体を燃やしながらも、「冷たい鍋なぞ見たこともない」と、これまた半数弱くらいは冷たい鍋に心奪われたようであった。さらには調理の説明を聞いてまずくはなさそうだけど、熱い鍋こそ鍋と主張したい立場からは、まずい状況じゃないかと思ったのだった。ハンバーガーでもちゃんこと言ってしまう現代力士よろしく、なんでも「鍋」だと言うことがあるのにも関わらず、冷たい鍋(アンチ鍋?)を鍋と言っていいのかと半信半疑であった。結果、冷やした醤油だれに、もぎたてのキュウリを輪切りにしたものを底に敷き詰めた鍋で、豚肉も出汁でゆでてから冷やすなどの手間もあって、オクラやらヤングコーンやトマトなどが入って美味しかったのである。われわれは400回近くも鍋をやっていて、鍋に関して思いあがっていたのだろう。ごちそうさまでした。熱い鍋の方は、冷たい鍋のアイデアにひっぱられもして、普段あまりやらない水炊きをやったが、これはこれでおいしかった。いやあ何にしてもよかったよかった。

鍋の会では参加者は話さなくてもよいという決まりがあるが、一度でも参加した人は知っての通り、自己紹介をする時間がある。これが嫌で、時間になると逃げる人もあるが、20人ほど参加していれば座っている場所から動けなかったりして、特定の人としか話せないこともある。そのような場を動かすためもあるが、一番の目的はこの鍋の会は、何者でなくとも参加できるのが、この会の肝であると考えていて、この何者でなくとも参加できるのを自己紹介において、この会の趣旨であり意図を分かってもらうため、むしろ聞き手である参加者がどう応答できるかが正念場である。最近は、進行する人がしゃべってもらいたいあるいはしゃべりたいテーマを考えて、そのテーマをもとに自己紹介が回ってくるのであった。この回は、よくテーマになる話ではあるが「子どものときの夢」であって、自己紹介をするときにそれをテーマにほとんどの人が語ったのであった。今の夢が語られたらいいのだが、どうも難しく考えてしまうだろうから、子どもの時の無邪気な夢が話しやすいくらいにも思うが、これはなかなかに考えさせられる。というのも、子どもの時の夢というのは、たいがいは無邪気とは程遠くそのほとんどが親の願望や欲望なのだ。

今思えば、昔よくあった男の子の「プロ野球選手」なども、結局は一攫千金というような話しだったのかもしれない。今は不景気が続いていて、安定して収入のある「サラリーマン」やら「公務員」という子どもが多いのか、しがらみのようなものを感じてしまう。知人の就学前の女の子が、何になりたいと聞かれて「カブトムシ」と答えたのは、圧倒されたが良いなと思ったが、周りの大人たちはすぐにでもこのような夢には修正をしてくるだろうと感じる。見学する大人の方が多い、幼稚園の卒園式で、園児たちが最後に何になりたいかを大勢の前で一人ずつ語ったのだが、半数以上が「警察官」というので辟易とした。これには、他の式典などによく参加する警官が敬礼のポーズをとって挨拶するのを子どもたちは面白がって真似するなどして喜んでいて、警官が身近で好かれているという種明かしもあるわけだが、それにしても一人が「警察官」と言って、そう言っておけば間違いないという、大人たちの不安のまなざしにさらされた子どもたちのしがらみを感じたのであった。そもそも子どもの時の夢ってなんなのだろうか。

今思えば、私もその時々に親や大人たちに対して、取り繕った夢をそれらしく語ったように思うが、私はただただ遊びたかったのであった。それも分け隔てなく、自分だけが楽しいのも嫌で、楽しそうでない人があれば立ち止まってしまうような遊びであったが、それでもただそこにいるみんなと楽しく遊べたらよかったのだった。私はその夢を今でも捨てないでいるようだった。そしてこの夢は、親の願望や欲望にどれだけ影響されているのかもしれないが、今の夢でもあるのだ。唐突に思うかもしれないが、私はここで相模原であった障がい者施設での事件について話したかったのだ。あの事件の根っこは、労働力商品として使える健常者と使えない障がい者を分離する学校教育にあると考えている。最近は健常者と障がい者の垣根を取り除こうと統合教育などと言われているが、そこだけ取り繕っても、労働力商品としてや商品価値を上げるための学校教育である限り、労働者に対する虐待と障がい者の隔離はさらにすすんでいくだろう。大人たちの子どもに向ける不安のまなざしを、異質な他者を理解しようとするまなざしへと変えなくてはならない。もっと混ざらなくてはならない。鍋も混ざっているからいいのだ。子どもは分け隔てない。そして誰しも、働きたいが働かされたくはないのだ。

2016,8,19 髙橋淳敏

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