今回は琵琶湖のほとりで2泊三日します♪
日程:8月4日~6日(月、火、水)
場所は、近江舞子の琵琶湖のすぐそばで、コレクティブハウスをされている、ほとり・ぽとりさんで、ご飯を作ったり、バーベキューや炭焼きワークショップなどをさせていただきます。
住所は、滋賀県大津市南小松1091
アクセスは、JR湖西線「近江舞子駅」徒歩15分
海水じゃない大きな湖で泳いだことありますか?
浮くのかな?塩からくないから目を開けれるかな。
向こうで何をするか(泳ぐのはすぐそばなのでいつでもオッケーです)、当日何時に集合など、これからみんなで話し合って決めていきます。
申込みは、事務局電話か、メール、それまでに鍋会などのイベントに来て直接でも大丈夫です。
参加費は、2泊三日、夕食朝食込み、(交通費は各自でお願いします)で、12000円です。
当日まで会えない方は当日でも大丈夫です。
申込みの際に、名前、住所、電話番号をお知らせください。ボランティア活動保険に入ります。
わからないこと、どんどんお問い合わせください!!締切は7月27日まで。
引きこもりにまつわる、興味深い、気になる、疑問を持つ・・・etcのニュースをご紹介し、解説、感想、場合によってはツッコミ等を付記するコーナーです。(栗田)
☆若者の死因のトップは“自殺” 先進国中で日本だけ
URL http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20140603-00000027-ann-soci
2014年 6月3日
アメリカやドイツなど先進国のなかで、日本だけが若い世代での死因のトップが自殺であることが分かりました2014年版の自殺対策白書によりますと、日本の自殺者数は2年連続で3万人を切り、減少傾向が続いています。しかし、15歳から34歳の若い世代では、男女ともに死因のトップが自殺となっています。若い世代で死因のトップが自殺なのは、アメリカやドイツなど先進7カ国のなかで日本だけです。人口10万人あたり20人に上り、2番目に多いカナダの12.2人を大きく上回っています。政府は今年度も、約360億円を自殺回避の対策に充てています。
・・・もう言葉がないです。でもやはりこの記事は紹介しなければと思い掲載しました.
イラクで人質 今井紀明さん 不登校の高校生らを支援
2014年6月3日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014060302000224.html
2004年のイラク日本人人質事件で一時拘束された今井紀明さん(28)が、大阪市で不登校などを経た若者らの支援活動を行っている。「自己責任」を問う猛烈なバッシングに押しつぶされそうになりながら、ずっともがいてきた自分に重ね合わせてエールを送る。
「以前は何もする気がなく、死んだようだったけど、人と接することが面白くなってきた」。約六年間いじめに遭ったことのある通信制高校の男子生徒(16)が笑顔を見せた。
今年五月上旬、大阪市内のイベント施設で開かれた写真や書道の展示会。今井さんが共同代表を務める同市のNPO法人「D×P(ディーピー)」の支援を受ける男子生徒ら三人が出品した。
今井さんらは不登校やいじめ被害の経験者が多い通信制高校などに、商社マンら多彩な講師役を派遣。離島の旅館などでの職場体験も実施し、仕事のやりがいや卒業後の目標を考えるきっかけを提供する。ニートになるのを防ぐのが狙いだ。
今井さんは2004年4月、イラク戦争で米軍が使用した劣化ウラン弾による被害の実態を伝えたいとの思いで渡航し、中部ファルージャで武装グループに拘束された。グループは今井さんらの命と引き換えに、復興支援のため駐留していた自衛隊の撤退を要求した。
一時は死を覚悟したが八日後に解放。帰国すると、激しい批判が待ち受けていた。「非国民め、死んでしまえ」「無駄に使った税金を返せ」。自宅には百通以上の手紙や嫌がらせの電話が押し寄せ、兄は勤務先を辞めざるを得なくなった。
外出するとじろじろと顔を見られ、知らない相手から罵声を浴びせられたり、いきなり殴られたりした。人とまともに会話ができなくなり、医者からは対人恐怖症と告げられた。
暗い部屋に閉じこもる日々。「このままじゃ何も解決しない。批判する相手のことを理解しないと」と考え、しまい込んでいた手紙を少しずつ読み進めた。差出人の住所があれば返事を書いた。
手紙の内容をブログで公開すると、非難のコメントが約六千件も殺到。相手に自分の連絡先を伝え、かかってきた電話に耳を傾けた。最初は怒鳴り声だった男性は約一時間後「おまえも大変だったな」と励まし、自分も仕事のことでつらさを感じていたと打ち明けた。
対話を重ね、心の傷が癒えたと思えるまで、四~五年を費やした。この約二年間で世話をした生徒ら約百五十人が抱えるしんどさに、そんな過去が重なる。「彼らを救える仕組みをつくりたい。周囲から自分を否定されてきた経験は同じだから」
<イラク日本人人質事件> 2004年4月7日、イラク入りした今井紀明さんとボランティア高遠菜穂子さん、フォトジャーナリスト郡山総一郎さんを武装グループが中部ファルージャ近郊で拉致。武装グループの「3日以内に自衛隊がイラクから撤退しなければ殺害する」との要求を日本政府は拒否。3人は同15日に解放されたが、政府の退避勧告に反してイラク入りしたとして、政治家や官僚が批判。国内で「自己責任論」が巻き起こった。
自己責任という言葉が、責任を取るべき人間の「逃げ」として使われたこと、しかもそのツケが若い人間にまわった事件としても、自衛隊のイラク派兵は強く印象に残っています。集団自衛権とかいわれてますが、そこで守られるのはいったい誰なのか。ともあれ、今井紀明さんが大阪市でこのような活動をされてきたというのだなあ、となんとも感慨深い気持ちです。
秋葉原駅前に「レンタルニート」が登場して話題に 1時間1000円で遊んでくれるぞ
http://news.ameba.jp/20140605-507/ 2014年06月05日 提供:ねとらぼ
アツを先取りしたナツい日だった6月4日にオタクの街として知られる東京・秋葉原に「レンタルニート」と書かれた看板を持つ怪しい人物がいるとTwitterで話題になりました。
怪しい人物の正体は、社員全員がニートというNEET株式会社の仲さん(25歳)。メンバーとの会議で出た「有り余る時間でお客と遊ぶサービス」というアイデアを元に単独行動で実践。秋葉原を行き交う人たちから注目を集め、すでに3回の依頼を達成したそうです。
サービスは1時間1000円。ポケモンの交換&対戦やカードゲームなどで一緒に遊ぶだけでなく、写真撮影のお手伝いもしてくれるそうなので観光案内をお願いするのもありかもしれませんね。そのほかにもよほど無茶な依頼でない限りは、臨機応変に対応してくれるそうです。
今後の予定について、詳しい日程などは不明ですが継続して実施していくとブログに記載されています。
レンタル○○というのは、この界隈で非常に身近に聞いたことのあるフレーズなわけですが、これはそのパロディと言っていいのでしょうか。あとこれも男性だから笑えるネタになるのでしょうか。女性が「有り余る時間でお客と遊ぶサービス」とかいうと、ここで語られてるポケモンやカードゲームと行った遊びとはまったく違う何かを求めてきそうな予感が。
5月18日(日)、第一回の引きこもり女子会を午後2時から5時まで行いました!
インターネットと通信のみでほとんど宣伝をしていなかったにもかかわらず、スタッフを含め、参加者は17人。引きこもり女子会に対する潜在的な要望の多さを感じました。
当日は、受付後、自分が「呼んでもらいたい名前」をガムテープにマジックでかいて名札代わりに貼付けていただきました。そして、一般的な自己紹介代わりに、今日の気分を漢字一文字で紙に書いて、発表しあいました・・・。
特に女性の場合「誰々さんのお母さん」「誰々さんの娘さん」という呼ばれ方が多い中で、名前を呼びあう関係というのはあらためて新鮮で、大事だなと思います。
手芸用具を持ってきてくださった参加者のレクチャーのもと、おさいふづくりなどの手芸にいそしむひと、手芸ではなく、お話するひと、ドアの外ですこし立ち話する人・・・など、お茶やお菓子をつまみながら、さまざまなスタンスでの参加の仕方がみられました。
ただ同時に、女性の場合は(男性でもそうだとはおもうのですが)話がそもそも苦手な方、話は限られた人とならできる方、ある程度話は出来ても、仕事はできない・・・などなど参加者のなかでグラデーションがあります。
だからこそ、この会の中でも話しづらい・・・という方もいらっしゃるかもしれない。そういう意味でもこのような会がいろいろなメンバー、いろいろなかたちで世に存在するのが大事だな、と思います。正直存在している事が、会を運営していると言ってもいいのだとも思います。自分が元気が無いと思ってもさらに元気のない人がいたらどうするかということもまた考えられる場でもあればいいなと思います。
そもそも引きこもり女子会といっても外でやっている時点で「引きこもり」ではないという矛盾を抱えてるのではありますが。それでも、ちょっと元気な時にふらりと立ち寄れる場所があるというだけでも、何か心の支えになればいいなと願っています。
次回は9月21日(日)にカフェコモンズでやはり午後2時から行います。性自任が女性で、引きこもりという状況にある・その状況に他人事とは思えない・その状況に関心がある・・・方、ぜひおいでください。お問い合わせはニュースタートまで、お願いします(栗田)
例会報告
5月17日(土) は寮生含め若者も多く参加しました。ただ大人の声の方が大きかったかも。先の話をする親御さんもいるけれど、居場所の大切さや、まず、今、悩んでることを考えていくことが大事という話が出ました。
また働くことがイコール居場所ではないという話題も登場しました。
父母懇親会報告
6月7日(土)は15人(親御さんは5組)の参加でした。今度の夏のキャンプについて説明や6月の卒寮生2人の報告を行いました。また、親に対しては笑わないのはなぜかという話で、親に笑わないのは、親の方が特に変わってないからではないか、外の顔と家族の顔が違うのはそれほど特別なことではないのではないかという話が出ました。
仕事はすればいいものではない
仕事を悪いことだと考える人は少ない。むしろ仕事は良いことだと多くの人は考えている。だけど、良いことであるから、その良いことを積み上げれば、長い時間やればさらに良いことをしているかといえば、そうではない。むしろ、やってならないことだと私は考えている。高度経済成長を生きた世代は、仕事に良し悪しはなく、お金を得る仕事はなんでも良いものだと信じている人たちも多いが、今回は仕事そのものの良し悪しについては書かないが、それがどんなに良い仕事であっても、仕事はすればいいものではないことについて書く。
仕事することは、この社会で生を欲望すること
まず仕事が良いことであるのは、その仕事が自分のためでもあり、人のためであり、社会のためであるからだ。自分が食べたい物のためだけにお金を得ているといっても、回り回って食べたい物を食べられるこの社会のために皆が働いているのでないという人のための仕事でもなければ、今の社会は存在せず食べたい物も食べられなくなる。自分一人が居なくとも社会は存在するわけだが、そういう小さな存在が集まって今の社会は構成されている。時に、引きこもっている人に欲がないように思うのは、食べたい物(欲)がなければ、この社会を肯定しなくてよくて、それは社会や人のために仕事しなくていいように考えもするからだ。欲望すれば社会に出なくてはならないので、引きこもっていれば親が提供するものだけを欲するしかない。親は子に提供したものを、社会から得たものだからあなたもそれが欲しければ仕事をしなければならないと社会的教訓的なものとするが、子供にとってそれ以上欲さなければ親から提供されたものはそれ以上の意味は持たない。
差し出された食べ物に向かって口をひらく事は働いていること
仕事することは、この社会で生を欲望することであり、何らかの社会を肯定することに他ならない。だから、お金になる「仕事」でなくとも、「働くこと」はこの社会で生きることに等しく、全ての人が働かなければならないし、生きている全ての人は何らかの関係の中ですでに働いている。重度の障害を持っている人が、差し出された食べ物を迎えにいこうとわずかにでも口をその方へと向けるのであれば、それは働いていることである。食べ物がない時代ならともかく、今は仕事をしない人が多くてもそこいらに食べ物が溢れかえり、毎日何百万食も廃棄するような社会である。仕事は過剰にあり、過剰な仕事がさらなる仕事を生んでいる。昔に比べて職種が数百倍も増え、かつてはお金にならなかった働きが仕事になり、新たに便利な生活が今までの働きを軽減し、多く新たな専門職を生み出した。例えば女性ばかりが担わされている家事労働が減り、家電の開発製造や宅配業務、人材派遣サービスなどの仕事に一部変わった。新たな技術により、仕事が働きをなくしたり、仕事と働きは相反することがあるが、若者が就労するように望まれるのは、後者の新しくできた「仕事」の方である。
必要なのは、生きていくための「働き」
だが、全てがお金にはならない働きが、人の生きていく上において欠かせないものであり、働きを仕事が奪っているならば、私たちは「仕事」によって生きる活力や、欲望を奪われていると考えられる。ここに仕事をしている人も、仕事をさせられている人も元気のない社会ができたのだ。引きこもらされた人にとって必要なのは、生きていくための「働き」である。働きを奪う「仕事」や「お金」は拒否していいのだ。歩けない人にとって車いすは働きを得るものともなるが、歩ける人にとって車いすはそれを作るのでもなければ押すのでもなければ働きを奪うものとなる。全ての人にとって必要な仕事はなく、どんな仕事にもその限度がある。仕事は多くこなせばいいものではなく、その仕事によって余計な雇用や経済を生むことがあっても、それが人の働きを奪っているならば、それは誰かの生を奪うに等しいことなのだ。私たちは高度経済成長を生きてきた。まさにそれは仕事に生きたのであり、仕事に生や働きを奪われたのだ。引きこもりが増えたのはその結果である。それはぜいたくな話ではない。世の中は、それを別の仕方で立ち直らなくてはならないだろう。私たちはお金を稼ぐという理由だけで、仕事や働き、関係性や生きることを説明できなくなっている。この状況を「仕事」にかまけるのではなく、さらに超えていかなければ、私たちは生きられないし、生かされもしない。引きこもりはそのような社会的な存在だと考えている。
そのような社会的な存在の引きこもりに対してできることがあるとすれば、引きこもるという働きを仕事として対価を払いその働きを奪うか(引きこもり状態)、あるいは仕事を多く奪っている人を仕事できないよう禁じでもして、仕事を解体していく他ないのではないか?
2014年6月19日 高橋 淳敏