NPO法人 ニュースタート事務局関西

仕事を解体する

By , 2014年6月23日 9:41 AM

仕事はすればいいものではない
仕事を悪いことだと考える人は少ない。むしろ仕事は良いことだと多くの人は考えている。だけど、良いことであるから、その良いことを積み上げれば、長い時間やればさらに良いことをしているかといえば、そうではない。むしろ、やってならないことだと私は考えている。高度経済成長を生きた世代は、仕事に良し悪しはなく、お金を得る仕事はなんでも良いものだと信じている人たちも多いが、今回は仕事そのものの良し悪しについては書かないが、それがどんなに良い仕事であっても、仕事はすればいいものではないことについて書く。
仕事することは、この社会で生を欲望すること
まず仕事が良いことであるのは、その仕事が自分のためでもあり、人のためであり、社会のためであるからだ。自分が食べたい物のためだけにお金を得ているといっても、回り回って食べたい物を食べられるこの社会のために皆が働いているのでないという人のための仕事でもなければ、今の社会は存在せず食べたい物も食べられなくなる。自分一人が居なくとも社会は存在するわけだが、そういう小さな存在が集まって今の社会は構成されている。時に、引きこもっている人に欲がないように思うのは、食べたい物(欲)がなければ、この社会を肯定しなくてよくて、それは社会や人のために仕事しなくていいように考えもするからだ。欲望すれば社会に出なくてはならないので、引きこもっていれば親が提供するものだけを欲するしかない。親は子に提供したものを、社会から得たものだからあなたもそれが欲しければ仕事をしなければならないと社会的教訓的なものとするが、子供にとってそれ以上欲さなければ親から提供されたものはそれ以上の意味は持たない。
差し出された食べ物に向かって口をひらく事は働いていること
仕事することは、この社会で生を欲望することであり、何らかの社会を肯定することに他ならない。だから、お金になる「仕事」でなくとも、「働くこと」はこの社会で生きることに等しく、全ての人が働かなければならないし、生きている全ての人は何らかの関係の中ですでに働いている。重度の障害を持っている人が、差し出された食べ物を迎えにいこうとわずかにでも口をその方へと向けるのであれば、それは働いていることである。食べ物がない時代ならともかく、今は仕事をしない人が多くてもそこいらに食べ物が溢れかえり、毎日何百万食も廃棄するような社会である。仕事は過剰にあり、過剰な仕事がさらなる仕事を生んでいる。昔に比べて職種が数百倍も増え、かつてはお金にならなかった働きが仕事になり、新たに便利な生活が今までの働きを軽減し、多く新たな専門職を生み出した。例えば女性ばかりが担わされている家事労働が減り、家電の開発製造や宅配業務、人材派遣サービスなどの仕事に一部変わった。新たな技術により、仕事が働きをなくしたり、仕事と働きは相反することがあるが、若者が就労するように望まれるのは、後者の新しくできた「仕事」の方である。
必要なのは、生きていくための「働き」
だが、全てがお金にはならない働きが、人の生きていく上において欠かせないものであり、働きを仕事が奪っているならば、私たちは「仕事」によって生きる活力や、欲望を奪われていると考えられる。ここに仕事をしている人も、仕事をさせられている人も元気のない社会ができたのだ。引きこもらされた人にとって必要なのは、生きていくための「働き」である。働きを奪う「仕事」や「お金」は拒否していいのだ。歩けない人にとって車いすは働きを得るものともなるが、歩ける人にとって車いすはそれを作るのでもなければ押すのでもなければ働きを奪うものとなる。全ての人にとって必要な仕事はなく、どんな仕事にもその限度がある。仕事は多くこなせばいいものではなく、その仕事によって余計な雇用や経済を生むことがあっても、それが人の働きを奪っているならば、それは誰かの生を奪うに等しいことなのだ。私たちは高度経済成長を生きてきた。まさにそれは仕事に生きたのであり、仕事に生や働きを奪われたのだ。引きこもりが増えたのはその結果である。それはぜいたくな話ではない。世の中は、それを別の仕方で立ち直らなくてはならないだろう。私たちはお金を稼ぐという理由だけで、仕事や働き、関係性や生きることを説明できなくなっている。この状況を「仕事」にかまけるのではなく、さらに超えていかなければ、私たちは生きられないし、生かされもしない。引きこもりはそのような社会的な存在だと考えている。
そのような社会的な存在の引きこもりに対してできることがあるとすれば、引きこもるという働きを仕事として対価を払いその働きを奪うか(引きこもり状態)、あるいは仕事を多く奪っている人を仕事できないよう禁じでもして、仕事を解体していく他ないのではないか?

2014年6月19日 高橋 淳敏

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