NPO法人 ニュースタート事務局関西

『390回目の鍋』と『391回目の鍋』(1,2月)

By , 2017年2月20日 10:00 AM

『390回目の鍋』
1月22日。冬の寒さから身を守る為に冬眠する動物達のように、人々もこたつで丸くなってみかんを食べる季節です。鍋の会ではみかんではなく鍋を作って、そして美味しく食べながら過ごします。
寒いのでからだが温まりそうな辛い系の鍋を食べたいという意見が多く、今回作るのはカレー鍋となりました。カレーはもちろんスープカレーよりもサラサラなカレー鍋ですが、ちゃんと「だし」から作れば旨みのある美味しい味になります。
水そのままから作る味噌汁よりもだしから作る味噌汁の方が断然美味いのと同じ原理ですが、普段まったく料理をしない人からすれば意外と知らない事だったりするのではないでしょうか。
ちなみに自分も料理をまったくしてなかった頃はまったく知らない事でした。
だし文化を作ってきた日本人と同じ血を引いているはずなのですが……摩訶不思議ですね。
鍋の会で鍋を一緒に作っていく内にこういう事も学ばされていたのだと改めて思いました。
『391回目の鍋』
2月12日。バレンタインデー、の二日前。今年もお菓子業界のイヤラシイ戦略が執行されようとしています。
何となく子供の頃から好きになれないイベントなんですが、周りの空気を見ていたら何も言えず黙っているありません。一度もチョコをもらった事がないからとかそういう単純な理由ではなく、それよりもむしろ1か月後にお返しをしなければならないというルールがあまり好きではないのです。3倍にして返さないといけないみたいな事も言われてますよね……これは女尊男卑でしょうか?……これ以上言っちゃうと世の女性達のバッシングを食らいかねないので大人しく鍋の会の報告をさせていただきます。
今回はチョコ鍋という冗談を払いのけつつ、鶏生姜の中華鍋を作りました。やはりまだ寒いので生姜でからだを温めようという思惑がありつつ、たまにはキムチやカレー等ではなくあっさり系も食べてみたいという要望があり決まりました。本当は鶏団子を入れたかったそうですが、たまたまなのかはたまた売り切れてたのか、手に入れる事が出来ずに断念。たっぷりと入った生姜がよく効いてて、からだが芯から温まりました。
温まりすぎてたくさんの汗が出ていた人もいましたが……まさかこの寒い時期に汗をかく人を見るとは珍しい事もあるものです。とても美味しい鍋を堪能して、自己紹介では過去にしでかした事をみんなに懺悔してもらったり(何の会?)、温まった部屋でぬくぬくのんびりと過ごさせていただきました。つぼい。

3月の定例会(不登校・引きこもり・ニートを考える会)

By , 2017年2月19日 10:00 AM

3月の定例会◆(不登校・引きこもり・ニートを考える会)

3月18日(土) 14時から (218回定例会)

場所:高槻市総合市民交流センター(クロスパル高槻) 4階 第4会議室

当事者・保護者・支援者問わない相談、交流、学びの場です。

参加希望の方は事務局までお申込みください。詳細はこちら

※参加者は中部から西日本全域にわたります。遠方の方もご遠慮なく。

【高槻市青少年センターと共催で行っています】

「子が変わるとき」髙橋淳敏

By , 2017年2月19日 10:00 AM

親が子の言いなりになることがある。逆に、子が親の言いなりになっていたことも聞く。親が子の将来を案じ、進学校やいい大学いい会社に通わせたいがため、親自身の安心が得たいからもあってか、親が子に世間一般の欲望に従わせようとする。それが上手くいかず反省する親もいるが、従わせなんてしていないし子には好きなようにさせてきたと、自らの欲望が子に与えた影響を省みない親もいる。「欲望に従わさせる」とは難しい言い方かもしれないが、それは多くの場合、子に対しては禁忌することになっていく。「遊んでばかりではいけません」とか「人に迷惑をかけてはいけません」とか、何も言わず子がすることにただ不機嫌であったりなど。遊んでばかりいることや人に迷惑をかけることが、ただ良いこととも言えないが、親は「~しなさい」と言うより「~してはいけません」と言うことが多い。「~のために勉強しなさい」とか「人のためになりなさい」とかではなくて、どちらが良いともいえないが、そういう言い方をしない。時代や環境のせいでもあるが、「~してはいけません」では親の考えのようであってそうではないし、教育のようであってそうはならない。進学校に行くときなんかは、「ここの学校に行きなさい」と言うのではなく、「できるだけいい学校に行きなさい」と。訳せば「比較的悪いとされる学校に行ってはいけません」としか言っていない。にもかかわらず、それが教育のようになっている。比較的良い学校にいけば比較的よい教育がされるのだろうと。それは処世術であるかもしれないが、それを教育やコミュニケーションとは言わず、子を世間一般の欲望に従わせようとしていると言っている。

 

もちろんそういうことも必要であるし、仕方のないことかもしれないが、ただそれだけの親子関係であることがいかにも多い。それで、外の世間一般の欲望に合わなくなった子どもの身体が進級過程で支障をきたし、そのことで集団におれなくなった子がレールから外れる。そして、親や世間の価値を信用できなくなった子が報復するかのように、今度は親に対して自らの欲望のままに言いなりにさせようとする。親が世間一般の欲望に考えもなく乗っていたのならば、子のあふれだす憤懣を理解できず、発露された子の欲望を止めることができなければ成熟させることもない。それを回避しようとするだけでは、止めるだけの考えも出てこない。考えもなければ、それも世間一般の欲望の裏返しである精神病院や警察に任せるしかなく、薬や権力などの暴力による介入がなされる。親は、子どもが人とコミュニケーションできないとか、親子のコミュニケーションがとれないなど悩みは多いが、そもそも親は子に対して世間一般の欲望を擦りつけるだけで、それ以外のコミュニケーションをとったことがあるのか。あるならば、それが今後の親子のコミュニケーションのヒントなのでちゃんと思い返す必要がある。世間一般の欲望を越えて、いつかあるはずのコミュニケーションを取り戻そうとすればいい。思い出せないのなら、そんな縁はできるだけ早く切ってしまうのがいい。

 

コミュニケーションという言葉は、たぶん個と個の交流のことを言っている。個は、それ以上分けることができなく誰の言いなりにもならない単位のことを言うだろう。現代の社会とは、その個と個の交流ができる場である。それで思い通りにはならない他者との言いなりにはならない交流をコミュニケーションという。そのコミュニケーションを家族や親子関係で成立させるには、常にそれぞれが個であるため、社会に対して家族を開いておかなくてはならない。近隣地域や親戚や会社や友達などの他者を介して、家族を社会に開くわけだが、内にいる家族がその都度ごとに閉じている家の扉を他人のために開けに行くのは大変である。外にいる他者が家への扉を開け続けてくれるのでなければ、扉は開き続けることはなく、家族は個として在り続けることができない。個として在り続けるためには外にいる他者からの助けが常に必要なのだ。引きこもりは社会から孤立しているのではない。社会から孤立している家の内から出ないでいる。閉じられた家族の内では「個」としてのコミュニケーションはかなわない。世間一般から孤立することを恐れてはいけないが、引きこもりを「個」として扱うためには、コミュニケーションするには、外から扉を開き続けてくれる他人が必要だ。要するに、家族のことを気にかけてくれる、それも「個」である他者の存在が引きこもりの問題を解決するための条件になる。

 

私たちが相談や訪問活動などで家族に関わろうとするとき、引きこもっている本人が変わりたくないから受け入れたくないと言ってくることが多い。それは、従ってきた親を今は逆に従わせているのに、また元のように主従を逆転させたくない意味からか、今の引きこもっている環境を変えたくない意味のようであるが、その根本には今まで自らが経験し思ったこと、「個」である自分自身を変えたくないと考えていることが多い。私たちは「個」である自分自身を変えることはないと言っている。そして、家の扉を開けつづける。変わり続けなければならないのは家であり、社会のほうである。そしてそれらを変えるのは、一人の「個」の存在である。

2017,2,17 髙橋淳敏

大晦日おせち作り

By , 2017年1月27日 10:00 AM

12月31日は毎年恒例のおせち作りをしました。近頃は寮生も少なくなってきていて作りがいが無いねなんていいながらも、どうせ作るならたくさんできてしまうのがおせちです。寮生の分と、一緒に作った元寮生二人とスタッフもタッパーにおすそ分けしてみんなで同じおせちでお正月です(^^)今年のN君のおにしめも絶品でした。紅白なますも田中くんが2時間ほどかけて細く大根を切ってくれたおかげで(途中からM君がお手伝いしてくれて無事に午前中に切り終えた代物です)とても美味しくできていました。昼ご飯にみんなでおそばを食べて昼からラストスパートです。この日同時開催をしていた髙橋代表の相談会は認知がされてなかったのか年末外に出る人が少なかったのか特には誰も来ずでした。誰か来てたら麻雀大会になってた可能性もあります(笑)2017年も美味しい年になりますように…。oseti2

☆大掃除&忘年会☆

By , 2017年1月26日 10:00 AM

12月27日(火)に午前中から大掃除、夕方からは忘年会を行いました。朝は残念ながら雨上がりきれずといったような天気で布団系干せないなぁとか言いながら始まりました。半年前に壁塗りをしたのである程度きれいだった事もありますが例年より少し手抜き大掃除になったかなと思います。とは言え実際は手は抜いておらずやった場所はかなり入念に掃除できました。毎年苦戦する本棚はやらなかったのですが換気扇や電気の笠などは気にしてくれた人が率先してやってくれて充分に日頃できない掃除ができました。遠方から参加してくれた人もいてすごく助かりました。ありがとうございました。
そして待ちに待った忘年会の会場はコモンズです。時間もそろそろかと思いドミトリーから移動しようと外を見ると一時は上がっていた雨がまた降り出していて手分けして飲み物など運び入れました。料理はお店に頼んでいて毎年作ってくれているMさんの手作りでした。メインは鍋で具だくさんで美味しく他の料理も美味しかったです。僕のストライクは肉団子の料理でした。例年ですが右の写真のような珍客(自分)も参加しながら20人くらい参加して盛り上がりました。一人一人の挨拶では来年の目標や今年印象に残った事などそれぞれ発表しました。ニュースタート名物のお酒で介抱の必要な人も多分出ずホッと胸をなで下ろしました。やっぱり一年もあればなんやかんや色々あったなぁと振り返り忘れる事の出来ない年になりました。…忘年会ってその年を忘れないようにやる会じゃなかったっけ。まあ考え方は人それぞれでおまかせします。それではまた来年に!自由人hanami_boys

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