


4月18日(土)例会がありました。8名(内家族の方が5名)参加でした。冒頭の代表の髙橋の話から。引きこもっている人が家にいる状態は、何もやっていないと思われがちだが、ずっとOFFなわけではなくてずっとONなんだということ。だからそれがしんどくて、長い時間寝たりゲームをしたりして休もうとしている。5月号の通信の文章に書いたが、家の中には「普通は~」「一般的には~」(学校には行かないより行った方がいいよね)(働いてお金をかせがなくては)(お給料はいい方がいいよね)というような価値観がBGMのように流れている。(言葉に出して言っているわけではなくて)ずっと聞かされている状態。他の言い方をすると、動いている電車(世間や社会とか時間の流れ)の中で立ち止まっている状態。これは周りが時の流れにそって毎日動いている中で自分は動かないでいるという能動的な行為。みんなが何も不思議に思わずに流されている中で、人の流れや時代の流れに抗うことは悪いことではないのでは。「引きこもることを支援する」という風に書いたがこれは流れに抗っている本人を応援するということ。そして引きこもるなら深く深く。そんな状態は長くは続けられないだろう。
皆さんの話では。これは毎回よく話されることではありますが、小さい頃は明るくて穏やかな子だった。でも中2頃からしんどくなっていったという話。これはそれまで考えないでいられたことを意識し始める時期だから。将来のこと、そのための高校のこと。友だちとの関係性も変わっていく。自分より勉強ができるのかできないのかどこの高校を目指すのかなどを考えてしまう。その中で緊張や焦りが出てくる。それは親も同じで自分の子が勉強はできているのか、しようという気持ちはあるのか。いつまでスマホを(ゲームを)してるのか、いつやる気が出るのか。その気持ちを子は敏感に感じ取る。学校の先生や友だち、家族の気持ちを繊細に感じることができる子なら、この今の社会で生きるのがつらく感じるのは当たり前なのではないか。まわりになじめなくて一人でいるのは繊細過ぎるから。それは決してコミュニケーション能力がないのではなくて逆に良いところなのに本人はそんな中で毎日を送ることで自信を無くし続けている。引きこもってしまう人は間違っていない。まっとうな感性の持ち主だということ。そのことは知ってほしい。
引きこもっているとき、その人は無表情になる。喜怒哀楽を家族に見られたり知られたくない。笑顔が出るのはいつなのか。どんな一歩でも自分で選んだ道で他人と出会ったときではないか。家の中で(~するのが普通だろ)という価値観というBGMを聞かされているときではなくて、外に出て家とは違う価値観に出会うとき(自分から良いかもしれないと思って選んだ音楽を聴くとき)に人は笑顔になるのかもしれない。(くみこ)
5月の定例会◆「引きこもりを共に考える交流学習会」
5月の鍋の会
日時:5月10日(日)12時~16時 第518回
みんなで集まってから何鍋にするか考えて買い物に行って鍋を作ります。暑くなってきましたがみんなでお鍋を囲みましょう。
初めての方も久しぶりの方も大歓迎です。参加される方は必ず申し込み下さい。
場所:「へそでちゃ」(JR摂津富田駅から徒歩15分弱)
待ち合わせ:11時45分JR摂津富田駅改札口
参加費:カンパ制
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