NPO法人 ニュースタート事務局関西

直言曲言 第278回 「自主設計」

By , 2009年10月20日 3:54 PM

「お前だけのために地球は回っているのじゃない!」これは映画やテレビドラマなどで、年配の方が“自己中”の若者などによくいうセリフだ。確かに若者の中には他人のことなど考えずに、自分のことだけを考えて行動しているかのような人がいる。しかしこの台詞が吐かれたとき、あまり反対の意見や反論が繰り広げられることはない。これはドラマの作者などが視聴者が「まさか」反論したりなどはしないだろうと思っているからだ。しかし、年配者が先のセリフを吐かざるを得ないことがあるとしたら、若者の中に「地球は俺のために回っている」と思っている人がいても不思議ではないはずである。実は、私は子どもの頃そのように考えていた。

私は子どものころ、確か6~7歳から10歳くらいまでの間であるが神様を信じる子であった。と言っても宗教を信仰するようにではなく、何か願い事があるとすぐに神様に頼ったり、願い事が叶えられないと神様を恨んだりしていた。と言うことは、神様と言うものの実在を信じていたのに違いない。私はすでにあちこちにも書いたことがあるが、幼い時あまり恵まれた子ども時代を過ごしたとは言えない。8つくらいの時、家は貧しいし、父母の離婚話もしょっちゅうあって不安定でさびしい暮らしを強いられていた。夜中にふと気が付くと両親ともに不在で、理由が分からず、泣いていた。やがて、泣くのにも疲れて、天井を見つめていると天井板がズームしたり、遠ざかったりしながら天井板の木目がさまざまに形を変えながら迫ってきて、私を睡魔とともにさまざまな妄念の世界に引きずり込んだ。私は一人で留守番をしている。弟妹たちは両親とともに出かけている。私は神様にお願いをした。「神様、あの人たちをどうか私の下に帰して下さい。」あの人たちとは私の父と母である。その頃の私にとって、私の周りの人はすべて神によって派遣された、つまり私のために、私が人生の様々な出来事を体験するために役割を与えられた神のしもべであった。世界は私一人のためにあり、父や母でさえ、神によって役割を与えられた脇役でしかなかった。父や母どころか、私の周りにあるすべての人や物は神によって用意された舞台装置でしかなかった。私とすれ違う通行人でさえ、神によって役割を与えられており、ときに私にぶつかってきたり悪意をもって私に殴りかかって来る人も、そのような役割を果たすべく配置されたものであった。夜中に父と母が不在であるという舞台設定は何度繰り返されたか知れない。その度に私は神に父と母とを早く返してくれるように頼んだかもしれない。しかし神は一度も私の願いを聞き入れなかった。私は神は万能でないことを知った。万能ではない神に対して無理なお願いをしてはいけないと私は思った。それから私はこう願った。「今すぐ父と母を帰せとは言いません。私はもう眠ります。明日の朝目覚めたら、父と母が帰っていますように、神様お願いします」と。するとそれからは神様は私の願い通り、朝には父と母を帰してくれていた。世界は自分のためにあり、神は自分のために世界を動かしていると思っていた私だが、それからしばらくは私は神と折り合いをつける方法を学び、神を信じ続けることが出来た。

しかし私が神にお願いをしたのはそんなことだけではなかった。その頃の私はほとんど毎日のようにひもじさに飢えていた。飢えを満たす方法についても神にお願いをしたのは当然である。神が万能でないことはすでに気づいていたので、私のお願いを聞いてくれる期限についても、数時間や時には何日かの猶予を与えたのだが、この願いは満たされることがなかった。あるとき、私はある菓子屋の店頭に美味しそうな菓子がならんでいるのを見つけた。私は相変わらず飢えていて、ポケットには当然ながら1円のお金もなかった。私はそのお菓子が手に入るようにいつものように神に願ったが、神はいつものようにどこかに出かけているらしく、当然ながら、菓子はそこに並んだままであり私の手にはいることはなかった。苛立った私は、神だけでなく店のおばさんもそこに姿がないことを確認して店の中に一歩を進め、菓子を手に取った。菓子はあっけなく手に入った。

私はその時から神を信じなくなったわけではないけれど、神は私のためにだけ存在するのでなく、神は多忙であり、ときにはよそ見をしていることもあり、いちいち私のすることを咎めもしないのだということを悟った。さらに時が進んで、神は存在するけれど、人間たちのすることには干渉することもなく、従って人間たちの願いを聞いてくれることもないのだということを悟った。つまり人間は神の設計したとおりの人生を生きるのではなく、良くも悪くも自分の考えた通りの人生を生きていくしかないのだと悟るようになった。

もうひとつ私は子どものころ警察と言うものを信じていた。私の周りの大人たちも警察を恐れていた。なぜそんなに警察を恐れなければならないのかは分からなかったが、警察のことを話す時には人々は声をひそめたり、隠語で話したり、警察と親しい人がいると話を中断したりで、後ろめたいことがある人にとって警察は鬼門のような存在であった。前にも話したことがあるが私は子どものころ貧しくて小学校にも言っていなかった。11歳の頃であった。私は盛り場の近くをうろついていて、とある交番のお巡りさんに呼び止められた。近くの交番に連れて行かれ尋問を受けた。「どこの子どもだ。学校へなぜ行かない。悪いことをしただろう。」私は浮浪児だったが、学校へ行っていないこと以外にいわゆる非行少年ではなかった。お巡りさんは20代半ばの真面目そうな人だったが「嘘をついてもだめだ。これは『嘘発見器』と言って、お前が嘘をつくと縄が飛び出して来てお前をぐるぐる巻きにしてしまう。」そう言って小型のラジオのような機械を私の背中に押し当て、次々に質問をした。「お前は泥棒しただろう。○○を盗んだだろう。」私がいくら否定しても質問は山のように続いた。「私は今まで一度も悪いことをしたことはありません。」私は明らかな嘘をついた。しかし「嘘発見器」からは縄は飛びださなかったし、何も反応しなかった。「嘘発見器」と言うのは「嘘」であることをこちらが発見してしまった。「警察と言うのは嘘をつくのだ」と言うことがわかった。それ以来私は神様と警察を信用しなくなった。神様は良いことも悪いことも人間のすることに手出しをしない。警察は時には嘘をついてまで人を貶めようとする。それ以来私は、神様と警察には出来るだけ関わらないようにしながら、自分の人生は自分で設計するように心がけてきた。神様には頼らないけれど、どこかで見ていて下さるということだけは信じながら。

2009.10.20.

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