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直言曲言 第204回 「記憶の光源」

By , 2007年9月18日 5:27 PM

まず一つ質問がある。ゲームにでも参加するつもりで気楽に考えてほしい。『あなたの記憶の中で、最も鮮明に覚えている光景を一つ思い出してほしい。』それはついさっき見た光景でも良い。10年、20年前に見た印象に残っている景色でも良い。次にもう一つの質問。『その景色はどんな色が付いていますか?』あるいは『その光景の中で、最も印象的な色は何色ですか?』思い出の光景に色が付いているのは当たり前だろう。だが私の記憶の光景にはほとんど色が付いていない。無彩色というわけではないのだが、何となくぼんやりしていて、赤や青のように明確な色は思い出せないのだ。記憶がカラー映像のように明確なあなたが『異常』で、ぼんやりしている私の方が『正常』などと言うつもりは無い。何しろ質問をした私の方は脳梗塞の後遺症で少々ぼんやりしていて、こたえてくれたあなたの方が若々しくて健全なはずなのだから。

私の子ども時代には『カラーの夢を見る人は頭がおかしくなる』といわれた。昔の言葉でありていに言えば『色付きの夢を見るやつはきちがいになる』といわれた。その頃は割りと信じられていた。何しろ映像といえば映画でもテレビでも写真にしろモノクロ(白黒)が当たり前の時代であった。日本初の長編カラー劇映画が上映されたのは1951(昭和26)年木下恵介監督高峰秀子主演の『カルメン故郷に帰る』。映画館で見たがスクリーンに映るカラー映像に感激した。テレビのカラー放送が始まったのは1959(昭和34)年からである。それ以後、完全カラー化には少し時間がかかったが今の世代には映画にしてもテレビにしても白黒画面などという方が想像しにくいであろう。だからカラーの夢を見る人は頭がおかしいなどという人はいないのではないか。私たちの子ども時代は、カラーの映像などというものを見たことがなかったのだから、そんな言い伝えがあったのも不思議ではないかもしれない。

光の3原色というものがあるのはご存知だろう。赤・青・緑の3原色の光を混ぜると白くなる。これは明度が最も高くなって白く見えるのである。逆に赤・青・緑の絵の具を混ぜ合わせると黒くなる。テレビや映画というものは光の投射や反射だから、最も明度が高くなるように光の透写を妨げなければ白く見える。すべての光を妨げれば黒く見える。昔のモノクロ映画は、このように光の透写を妨げるか否かの原理だけであったから、画面は白か黒かその中間の灰色の濃淡にしか見えなかった。カラーフィルムが開発されて、フィルムの感度が良くなると、物の色の濃淡・明度だけでなく、彩度・色彩までが画面に投射されるようになった。今では当たり前のようなカラー映画の原理である。しかし、当時はカラー映画全盛時代になっても名監督といわれる人たちはカラーフィルムを使用せず、モノクロ映画を撮るという傾向があった。モノクロの方が濃淡は鮮明であり、観客の想像力まで奪ってしまうということに抵抗があったのかもしれない。

いくらカラーフィルムを使っても撮影用の光源の光が弱ければ、カラーは十分に発光しない。肉眼でも、薄暮のころになると、物が色を失ってきてモノクロの世界のように見えることがあるだろう。冬に渓谷の温泉などに行くと、緑のはずの山や青いはずの川の水が黒っぽく見えて、雪は白く、景色が白黒の山水画のように見えることがある。冬の太陽が力を失って、色を失ってしまうのではないか。光が弱いので色彩が消えて、白と黒のコントラストだけが残るのだろう。私の仮説だが、最初に聞いた記憶の光景でも記憶の光景の光源が弱くなり、景色の色彩が鮮明ではなくなるのではないか。

先ごろ、黒澤明監督の追悼ということで、黒澤の昔の作品のリ・メーク版の『天国と地獄』や『生きる』のテレビドラマ版が放映された。『天国と地獄』というのは1963(昭和38)年の黒澤明監督作品である。確か『キングの身代金』という海外の探偵小説の翻案作品であった。資産家の息子が誘拐され、多額の身代金が要求される。

昔の作品では出演はその資産家に三船敏郎、事件の捜査主任に仲代達矢、犯人役をやったのは当時ニューフェイスで映画初出演だった山崎努である。当時の大スターであった三船や仲代を使った大作であり、黒澤の面目躍如と言った作品であった。事件はいくつかのカラクリがあって、身代金は犯人に奪われる。資産家の豪邸は横浜の丘の上にあり、犯人の学生は下町のアパートに住んでいる。そのコントラストが『天国と地獄』というわけだろう。捜査主任らは奪われた身代金入りのカバンに、燃やすと強烈な色を出す化学薬品を仕掛けていた。ある日その豪邸から見下ろす街に、鮮やかなピンクの煙が上がる。映画はモノクロであったが、このシーンのピンクの煙だけはパートカラーであった。モノクロ画面の一部だけがピンクに染められていたのだ。ごみ焼却場の番人を演じたのが藤原釜足という老優で、この番人の証言から犯人の身元が明らかにされる。映画の中の重要な一場面である。

光源の強さが色彩の発色をさせるといったが、モノクロ映画の中でただ一色だけ使われた色が映画の印象を強くした例である。私は黒澤明という監督が世界の映画祭などで賞賛を浴びた名監督だなどとは思わないが、娯楽映画の名人で非凡な才能を持っていたことは認める。映画とはそんなものである。

さて、冒頭の質問に帰ろう。記憶に残る光景の話だ。私たちのように子ども時代の大半はモノクロの映像に慣れ親しんだ世代とは異なり、生まれたときからテレビであれ、映画であれカラーであった今の世代には、夢や記憶だってカラー画面であることに何の不思議もない。それでも、これは私の想像に過ぎないが、夢や記憶の中の映像では、色彩はそれほど鮮明ではないだろう。

私とて人並みの人生は送ってきている。山間の温泉でぼんやりとした雪景色だけを見てきたのではない。真夏のさんご礁に囲まれた真っ青な海も見てきたし、夜空を焦がす真っ赤な火祭りも見てきた。しかし今思い出せるのはパステルカラーのようにぼんやりとした光景ばかり。特定の原色が登場する夢など見たことがない。芸術作品を見ても怒りや驚きを表現した作品には青や赤の原色が用いられている。『芸術は爆発だ』といっていた岡本太郎の作品にも原色がはじけていた。映画の中の回想シーンでは幸福な思い出はパステルカラーの薄もやの中に現れる。思うに私の人生はそれほどに恵まれていたとは思えないがたいていはパステルカラーに縁取られていて、山あり谷ありではあったがおおむね幸せな人生を送ってきたのではないだろうか。

人間は夢を見たり、思い出を取り戻すシーンでも怒りや驚きを表現するシーンでは光源が強くなって原色が現れるのだろう。色付の夢を見ると頭がおかしくなるとは思わないけれど、もし原色の夢を度々見るようなら、キミの感情の光源が強すぎる可能性がある。どこかで怒りや驚きに感情を左右されていないだろうか。そのことを自分でコントロールできるなら構わないが、どこかで君自身その感情に振り回されているところがあるのなら、感情を抑えて、記憶の光源をもう少し弱くする努力をして見てはいかがだろうか。

2007.09.18.

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