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直言曲言 第201回 「正社員は可能か?」

By , 2007年7月31日 5:22 PM

こんな質問をよく受ける。この質問をする人は第3種の引きこもり当事者か、第1種~第3種の引きこもり(第1種~第3種については直言曲言『引きこもりの外にあるもの』参照)の親か、それに取材を受けているときの新聞記者からである。それは『ニュースタート事務局に来れば引きこもり問題が解決するとのことですが、ニュースタートに来たら引きこもりは解決しますか?ニュースタートを卒業して正社員になれた人はいますか?』

一見真面目な質問なので、こちらも真面目に答えようとする。『ええ、100%とは言えないけれど解決します。しかし正社員というのはどういう意味か知れませんが、多分あなたが言う意味では難しいでしょうね。』 実は、こちらが話したいのはこれからで、話を続けようとするのだが、質問者は大概そこまで聞いたら、後は『興味がない』という風に、話題を逸らしてしまう。この類の質問者は、それ以後のニュースタートの活動にも関わったためしがない。この類の質問者は、誰かニースタート事務局を『良いらしい』と推薦するような人がいて『そんなはずはない』と、確かめるように質問をしに来ている。こちらが『難しいでしょうね』といった瞬間に『我が意を得たり』と納得してしまい、後は聞く気を失くしているのだ。

この手の質問者は引きこもりについて『全くの無知』ではない。質問者に含まれる新聞記者をはじめ、ある程度の知識があり、『藁(わら)をもつかむ』思いの引きこもりの親に比べて批判精神も強く、社会的影響力もある。つまり引きこもりが『解決する』という話は知識としてあるが、それは(本当)に『解決するのではない』のではないのかという疑いを持っているのだ。それだけに私としても正しく理解してもらいたいと思っているのだが、一知半解というか、勝手な思い込みで『ほら、やっぱり正社員になるようには解決しないのだ』と決め込んで、引きこもりについての『誤った』情報を流布する役割を果たしてしまう。「一知半解」は厳しい言い方でもあるが、この人たちは「引きこもりは解決しない」との予断を持っているのだ。新聞記者が簡単に人の話を信じて鵜呑みにするというのも考え物だが、反対に最初から信じないという予断を持って取材するのもどうだろうか。

この質問のポイントは『正社員』ということばにある。私の答えはこうだ。『定職に就く人というのならあります。だが、正社員が大学を卒業して就職する大企業、一流企業という意味ならほとんどありません。』なぜ『正社員になる』ということが大企業、一流企業、ホワイトカラーでなければならないのか。私がこだわっているわけではない。質問に来る人のほとんどがそれにこだわっているのだ。なぜなら、彼らの知っている引きこもりはほとんどがそれを望んでいるから。彼らが引きこもりになったのは正社員になれなかったから。彼らは学校を卒業して、あるいは中退をして、その時なぜ就職をしなかったのか?正社員や一流企業にこだわらなければ就職はあったはずである。工場の臨時工や蕎麦屋の店員であれば就職は出来たのである。だけど夢はそんなところにはなかった。大学を目指そうとした人は臨時工をめざしているはずはなかった。中学や高校を中退してしまった人でも、将来は人の上に立つ職業をめざしていた。

現実にニュースタート事務局に参加し、そこを卒業して行った人で、定職に就いている人は何人もいる。喫茶店のマスターをやっている人、社会福祉の現場で働いている人、ホテルのレストランで板前をやっている人、旋盤工として働いている人。ほらこれを聞くだけで『皆、社会の下積みとして働く人ばかりだ』と引いている人がいる。社会的なリーダーが良いのなら『お寺の住職や、神職もいる』といっておこう。尤も、これらはもともとお寺や神社の息子たちだった人で、引きこもりを脱して家に帰り、親の職業の後を継いだ人たちだ。ニュースタートを卒業して、高卒資格を取り、やがて大学に進んだ人もいる。この人たちがどんなところに就職するのかはまだ分からない。しかし私の想像では一流企業に就職したりはしないだろう。彼の引きこもり経験で、そんなことは空しいことだと知っているはずだからだ。そこで繰り広げられる人と人との競争が、またぞろ引きこもりを生み出してしまいかねないことを知っているはずだからだ。

日本で引きこもりが生まれてから30年以上になる。それは経済の高度成長のひずみだった。高度経済成長で豊かになったが競争は激しくなった。その激しさに附いていけなくなった人たちが引きこもり始めたのだ。1980年代後半のバブル時代からはそれが眼に見えるものになった。1995年なると経済団体も「新時代の『日本的経営』」(日経連)の中で人件費を軽減するために正社員を削減し、不安定雇用を増やすこと、その為には『労働者を守るための法律・規制を取り払う必要があります。』と明確に主張している。この頃から『派遣』や『臨時雇用』が増え、メーカーは海外に工場を進出させ、賃金の安い外国人労働者を雇用する一方で、日本の若者の新規雇用を打ち切ったのだ。この頃大卒の新規雇用は激減し、『就職氷河期』の言葉が定着した。1998年からの5年間で雇用賃金は19兆円減少し、この間企業収益は15兆円も増えた。 若者たちが社会に出て働く夢を失い、引きこもってしまったのも分かる気がする。この結果生まれたのが『格差社会』である。

引きこもりはこんな社会が生み出した一時的な現象であるから、若者たちはこんな苦境を早く克服して社会参加して欲しい。つまり働けるようになって欲しいと思う。しかし引きこもりを克服した若者が、彼らや彼らの親が思うような社会復帰をやすやすと出来るかと思うとそうは行かないようだ。何しろ引きこもりの歴史は30年以上に及ぶ。経済団体が正面切って若者に挑戦し、若者が正社員として就職できなくなってからでも10年以上に及ぶ。今年は好景気で、大卒求人も多少好転しているようだ。しかし就職氷河期は10年以上も続いた1年や2年の求人の増加で問題は解決するだろうか。大卒の新規雇用は、1年浪人したり、1年くらい留年をする人を見込んで採用年齢に数年の幅がある。しかし、数年も引きこもって、25歳を超えてしまっているような若者を雇用するほど寛大ではない。いくらどこかのばか者が『再チャレンジ政策』などと叫んでも、企業は若者の雇用よりも収益が大事なのだ。

若者を絶望させたいのではないが、引きこもりの若者の中には、中学や高校や大学を中退してしまった人もたくさんいる。景気が良くなったからといって、新規採用を増やす会社はあるが決して中退者を採用しようなどとはしない。そんなことをしなくても、この10年間の『氷河期』は大量の就職待機者が溢れかえっているからだ。『ニュースタートを卒業して正社員になれるかどうか』は夢や願望ではない。ある意味では厳しい現実が待っている。一握りのエリートではない。多くの仲間が下積みとして働いている現実がある。君たちを裏切ってきた人々の仲間になろうとする夢は捨てなさい。その代わり多くの仲間が、キミを迎えてくれるだろう。その人たちとともに力強い第一歩を踏み出すのだ。

2007.07.31.

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