直言曲言 第131回 「ひきこもりの正体」
梅雨が明けて夏本番。夏の定番は『幽霊話』。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』という川柳がある。私たちの周囲には常に100人を越える『元・引きこもり』(第3種の現役含む)がいるのだから、引きこもりを『幽霊』に例える感性などないのだが、最初に親がわが子を連れてくるときはまるで『幽霊』の手引きをしてきたときのように、親自身が脅えている。
それもそのはず、まるで自分たちとは別世界に住んでいる魔物のように思い、それでも自分が生み育てた可愛いわが子。そんな子どもをニュースタート事務局に連れてくる親は、私が黒魔術でも施して、わが子に掛けられた呪術を解いてくれるとでも思っているのである。ニュースタート事務局が引きこもりの『呪縛』を解くのは事実である。しかし、黒魔術を施すのではなく、ごく当たり前の、同世代の若者の群れに紛れ込ませるだけである。ところで、この幽霊や魔物に間違えられている若者の正体とは…?
① 小学校時代はごく普通の子ども。中学校の後半になると、少し人付き合いが疎遠になる。ここでいわゆる『いじめ』に会う子がいる。だが『いじめ』は引きこもりの本質的な原因ではない。のちにいくつも出てくる、引きこもりの要因の口実に過ぎない。学校の成績はトップクラス。成績が良いから親の期待も高く、人一倍その責任も感じている。思春期の入り口にあるのだが、同時にこの時期は将来の人生のことなども考えている。未来の職業イメージについても具体的に考え始める。人よりも考え方が大人びていて、良い大学を出てよい職業につくには、何よりも目前の高校入試が大切だと当然自覚している。思春期の入り口は、同時に反抗期でもある。ここで道が3~4つくらいに分かれる。反抗期に突入するのがごく自然。親や先生には反抗するが、成績を維持し進学校に進むタイプ。反抗するとともに、勉強がおろそかになり落ちこぼれてしまい、そこで引きこもるタイプ。もちろん、引きこもりにもならず極く普通の少年に戻るタイプ。
② 反抗期を迎えているのに、親の期待に沿うことに夢中で、反抗期をやり過ごすタイプ。反抗期とは親からの自立に向けた準備期だから、当然自立が遅れ、のちの引きこもりにつながる。高校への進学勉強に熱中し、高校はトップクラスの進学校に合格する。ここまでで、やや疲れがたまっている。いじめられた体験や、自分自身の人付き合いの悪さから、高校生活をエンジョイする資質に欠けている。無理な勉強でコンプレックスをもっている場合、周囲の級友に溶け込めず引きこもる。あるいは、もっとタフなのだが、周囲が自分と同じように上昇志向一辺倒で、友情を軽視するタイプと考えて孤立感を深める。
③ 次は大学入試。当然ここでは、落ちこぼれる人が出る。どこかで、落ちこぼれる機会を待っていたので、ここでも引きこもる人は多い。だが大学入試失敗=引きこもりではない。浪人する方法もある。大学進学をあきらめて就職に向かう人もいる。反抗体験のある人なら、自らの万能感の挫折も体験している。自分の能力はここまでとの自覚がある。反抗体験のない人は、幼児のときからの万能感が維持されている。こんなはずではない、自己への過信が葛藤となる。中には親の過剰な期待感が自分を適切ではない志望校を受験させたという責任転嫁による親への恨みに向かう。引きこもりの一種である。無事に大学入試を突破する人もいる。小学校以来12年間勉強してきて、念願の大学に合格した。自分の志望校よりはるかに偏差値の低い大学に入った人の場合、自分の能力はこんなものではないと考える。周囲の学友がバカに見える。友人を見下している間に、結局自分が孤立して引きこもる。目標の大学に進学しても、いわゆる5月危機がある。自分が12年間も憧れてきた大学とはこんなものだったのか?絶望して引きこもる。
④ それでも、大学生活に何とか適応し、許された4年間を無事に過ごす。今度は待ったなしの社会参加である。6・3・3・4の合計16年間は、優等生であれば何とか無事に過ごせてきた。成績がよければ、あるいは単位が揃えられれば、人付き合いが苦手であれ、友だちが一人もいなくても、卒業資格が得られる。この先は、文字通りの競争社会である。ましてや、大学を卒業した若者がすべてすんなりと就職できるわけではない。求人は少なく、昔から憧れていた大企業や一流企業はほとんどない。買い手市場だから企業側の選別基準は厳しいと聞く。面接試験を受けるのにも恐怖感が先立ち、結局就職活動もせずじまいとなる。
⑤ さて、最後の関門も抜け出して無事社会人になった一群。張り切って出社したものの当然ながら一人前扱いはして貰えない。また営業であれ、事務であれ、技術系であれ、先輩社員のようには仕事をこなせない。先輩にはいじめられ、異性には無視され、次第にやりがいを失い、生き甲斐まで見失う。出社1日で来なくなった社員がおり、3ヶ月で数人…半年でまた数人と辞めていくが、逆に残っている社員は自分よりもはるかに元気。職業選択を誤ったと思って退社を決意する。
中学生から社会人まで、引きこもりになる機会はそこら中に転がっている。そして、上にあげたケースでいずれも、将来の職業選択またはそれに向かって上を目指す過程で引きこもりの罠が待ち構えているのである。わが子が引きこもり症状を見せ始めたとき、そのとき、あなた方(親)の対応はどうだったのか?引きこもりが深刻になってからの話しではない、最初の反応である。
① 気がつかなかった、あるいは気づかないふりをしていた。
② 慌てふためいて、心療内科やカウンセラーの下に連れて行った。
③ わが子の将来の夢が破れたと落胆した。
④ 学校へ行けない、外出ができないことを罵った。
⑤ 何とかして通勤・又は通学を続けさせようと説得した。
⑥ 引きこもりもやむなしと静観した。
いずれも引きこもりの解決にはつながらないが、このような事態は誰も経験したことがないし、適切にアドバイスをしてくれる人もいなかったので仕方がない。このうち⑥以外は、引きこもりをこじらせる、または長期化させる要因を親自身がつくったことになる。 ⑥の静観は比較的良いのだが、半年以上放置していたとすればわが子の『幽霊化』に加担したことになる。対策は最初に述べた『普通の若者たちの群れ』に溶け込ませることだけである。
2005.07.19.