直言曲言 第128回 「カラオケと日本人」
カラオケが発明されたのは昭和42年(1967)年である。と言っても現在普及しているようなビデオカラオケやレーザーディスクによる画像付カラオケが登場したのは昭和50年代後半(1980年頃)、通信カラオケが普及したのは1990年代であり、最初のカラオケはジュークボックスにマイクを接続し歌えるようにしたもの。カラオケ用の8トラックのテープが発売された。もちろん画像もなければ、歌詞が画面にテロップで流れるようなシステムもなかった。
私はその当時、学生であり、しかも卒業をあきらめていた無頼な学生で、大学近くのスナックに入り浸っていて、安ウイスキーを飲んではジュークボックスにマイクをつないでジャズナンバーや童謡などをジャズ風にアレンジして歌っていた。いわばカラオケの先駆的な愛好者であった。その後、カラオケはあれよあれよと言う間に普及し、発展し、世界各地に広がって行った。今でこそカラオケは、学生や若者、子どもにまで広がっているが、最初はサラリーマン層が酒場に普及し始めたカラオケに飛びついた、いわばオヤジ文化であった。カラオケは経済成長とともに発展し、社用族とともに円熟していった酒場文化の華であった。
カラオケが流行し始める前は、日本人は人前で歌を唄うと言うのは概して苦手であった。もちろん宴会と言うものは昔からあるし、演歌と言うのも早くから流行していたが、よほど歌好きの人でもない限り人前で歌おうとする人は少なかった。宴会というのは今ではホテルなどでのパーティ形式などもあるが、昔はほとんどがお座敷での宴会で、座が盛り上がってくると年長や目上の人が、お座敷芸としての小唄などの披露から始まり、詩吟や民謡が続き、若手に順番が回ってきてもせいぜい三橋美智也や島倉千代子の演歌程度であった。学生にもコンパという宴会はあったが、酒が入ってまず出てくるのが応援歌。座が盛り上がると決まって出てくるのが猥歌であり、大学により違いもあろうが「ひとつでたほいのよさほいのほい」というあの類であった。
要するにその当時の日本人は、学校で習う唱歌以外に歌をほとんど知らなかったし、宴席で人を前にして歌う経験もなかった。歌った経験がほとんどないのだから、歌に自信がなかったし、現実に音程が外れてしまう人が多かった。TVやラジオでは歌番組が増えていたがプロの歌手が歌うのをただ聞くのがほとんどで、素人が登場する歌番組などほとんどなかった。あのNHKののど自慢番組なんて、たまにプロ並の歌唱力を持つ人が合格の鐘の連打を受けるが、たいていは元気なお年寄りが鐘一つでしょんぼりするのがお愛敬と言うような番組だった。
ところがカラオケが流行し出して状況は一変した。最初は、一杯機嫌で度胸をつけた歌好きがマイクを持つ程度だった。高性能マイクはエコー付で、自分の歌も案外イケルと思った。もちろん、酒場のホステスもやんやと喝采する。次は、部下や同僚を連れてカラオケ酒場に乗り込んだ。自分ばかりが歌うのでは気が引けるので、同僚にマイクを押し付ける。カラオケに誘われて着いてきた人だから、こちらも多少は心得がある。続けざまに2~3曲披露して、こちらもホステスたちから「言い声していらっしゃる」などと誉められる。連れてきた本人も、対抗上引き下がれない。ホステスからデュエットの申し出があれば受けて立つ。若い部下は、上司への遠慮もあるし、場慣れがしていないので、勧められてもひたすら辞退している。しかし、再三勧められているうちに、せっかく盛り上がっている場を白けさせてはと、父親がよく歌っていた懐メロを一曲リクエスト。今度は「こちら若いのに古い歌を良く知っていらっしゃる!」とママさん格にしなだりかかられて有頂天になり、カラオケファンの一丁上がりである。こんなわけで、連鎖反応のようにカラオケ好きがあっという間に、全国に蔓延していった。
カラオケ好きには一種の被虐趣味(マゾヒズム)とも言える性癖が潜んでいる。音楽と言えば、聴いて楽しむものであり、そのためにプロの音楽家は成立している。しかし、カラオケは歌い手が金を払って、人に聞いてもらう(聴く人がいればの話だが)。時に酷評されるのも覚悟をしている。カラオケでは、同じ集団内では地位の高い人から歌い始める。つまり力の強い順番に、被虐を選び取る権限がある。お金を払って、幼児のように扱われる『幼児プレイ』とどこか似ている。
カラオケが流行りだして、あれだけ人前で歌など歌うのが苦手だったはずの日本人があっという間に1億総流行歌手のように歌がうまくなった。中には、オリジナルの歌手よりも上手くコブシを利かせたり、身振り手振りよろしく歌い上げる人もかなりいる。なぜこんなに歌の上手い人が多いのかは、地方都市や農村部に行った時に分かった。地方都市でカラオケスナックに入ると、60代以上のおじいちゃん、おばあちゃんたちがすべてプロ歌手顔負けのように歌っている。不思議に思って、その店のママさんに聞いてみると『皆さんお家にカラオケセットを持っていて、一生懸命練習してこられるのですよ』とのことだった。農閑期や寒い冬には、近隣の農家では豪華なカラオケセットを備えていて、一人で歌ったり、時にはご近所寄り集まってカラオケ大会を開催するそうだ。とても都会のスナックで、酔っ払った勢いで懐メロを口ずさむような私など足元にも近寄れないわけである。
ところで、カラオケ歌いにも日本人らしい習性が潜んでいる。いくら勧められても、『私は音痴ですから』とひたすら辞退する人がいる。そんなにカラオケが嫌いなら、そんな店についてこないでさっさと帰ればよいのに、ニコニコして人の歌を聞いている。そろそろ皆が帰ろうとする頃、どうせこの人は歌わないだろうと思いながら義理でマイクを勧めると、やおら立ち上がって歌いだす。どうして、どうして音痴どころか堂々の歌いっぷりである。要するに、こんな人は音痴ではなく、いわゆる『のりが悪い』タイプなのである。
もう一つ困るのは、私などもこれに近いのだが、歌いだすと止まらない、マイクを独占してしまうタイプである。つまり『のりが良すぎる』というよりも『悪のり』するタイプである。どちらも困ったタイプであるが、この両極が多いのが日本人ではないか?
サッカー、ワールドカップのアジア地区予選、対北朝鮮戦。競技場で観戦できないのに バンコックまで出かけて声援を送るファン。顔にペインティングを施して、TVカメラの前で絶叫してみせる若者。そういえば甲子園球場での熱狂もこの姿に似ている。集団での熱狂、悪のりを見せる一方で、日常的にはのりの悪すぎる孤独な日本人。どこかに欲求不満の影が色濃い。
2005.06.09.