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直言曲言 第21回 「家族ことばと会社ことば」

By , 2001年7月25日 3:06 PM

 ニュースタート活動をやっていると,若者やその母親と話す機会が増える.母親から引きこもりの子どもの話を聞いていると,かなり深刻な話なのに,どうもその話の中に,父親の姿が一向に登場してこない.
  『それについてご主人はどうお考えなのですか?』と,ときどき話の方向を逸らせて見る.たいていは,『主人はなにも言いません』である.中には,『主人が口を挟むと話がややこしくなるので,黙っていてもらっています』なんて返事もある.
  父親はどうも当事者ではないらしい.あるいは,<子育て>については<無能力者>か,<失語症>の様に扱われている.『一度,ご主人を連れていらっしゃい』と申し上げるようにしている.

 ご主人が例会や鍋の会にやって来る.社交的でやり手タイプが多い.失語症どころか,多くは弁舌爽やかである.だが,引きこもっている我が子の話になると,なぜか口ごもる.我が子に対する自分の愛情すら,言葉にしづらいらしい.
  それに反して,女房である母親が子どもを引きこもりにしたと,<非難>をする言葉は滑らかである.つまり,人を非難したり批判したりする言葉は,彼の得意分野なのである.
  それで気がついた.父親の言葉は『会社ことば』,つまりはビジネス言語であって,『家族ことば』ではないのである.

 考えてみれば,人にはそれぞれ使いなれた言葉があり,それ以外の言葉を使おうとすると,意思を十分に伝えられない.警察官には警察官用語があり,鮨屋には鮨屋ことばがあるだろう.鮨屋ではだいたい,「へーい,らっしゃ~い」であって,関西の鮨屋でも「ようこそ,おいでやす」とは言わない.
  バイリンガルの人や,語学の達人は別として,日本語でなら何でもしゃべれるけれど,海外旅行に行くと突然無口になる人も多い.頭の中で構文を考えても,せいぜいお天気の話やものの値段を聞くことくらいしかできない.
  このお父さんは,会社では会社ことばで話しているからバリバリと仕事ができるが,家族ことばに慣れていないから,家の中でお天気の話をしたり,ものの値段をたずねたりしているのだ.ときどき感情が激すると,女房を怒鳴りつけたり,子どもに拳を出したりしてコミュニケーション能力不足を補っている.

 『会社ことば』はビジネス言語であるから,論理性を尊ぶ.『AはBであり,BはCである.従って…』というような言い方は,学校以外ではビジネスの会議室でしか使わないだろう.
  敬語や丁寧語を過剰に含むことばもある.上下関係や命令系統を示す言葉であるが,職場の人間関係をスムーズに運ぶためには断定や命令,ときには批判・非難などのボキャブラリーも,語尾に『ではないでしょうか』とか,『して頂けますか』などをつけてごまかす.『誠実に』とか『最大限の努力を』などという言葉も,ビジネス以外では余り使わない言葉である.一方で,社交言語でもあるから,曖昧な表現も多い.『ご検討させていただきます』とか,『いずれまた伺います』なんていうのもある.家族の中ではこんな言葉は使わない.

 『家族ことば』は夫婦・親子や血縁関係を前提に成立しているから,《愛情》の下敷きの上に遠慮のないことばを投げかけるのが常だ.
  昔なら男女差別や長幼の序などがあり,また,大家族で舅・姑との同居なども多いから,『家族ことば』もに自ずと制約があり,敬語や丁寧語も多く含んでいた.夫婦が二人きりで交わすことばと,舅・姑のいる茶の間などでのことばは違った.
  幸いなことに,今ではそんな堅苦しいことばを使わなければならないような舅・姑などは同居してもらえるはずがないから,今の嫁(母親)にとって,家庭は『家族ことば』の天国である.何しろ,子どもに対してもすべて,<愛情>が下敷きとして保障されているのだから,断定や命令もストレートである.

 「ぐずぐずしないで」「さっさとしなさい」「あなたはいつもこうなんだから」「お母さんがいつも言ってるでしょう」と,朝から晩まで容赦がない.

 父親の方も,自分が子どものときにこういうことばで母親から叱られた記憶があるのだが,自分が会社で使っている『会社ことば』とは,単語も語法もだいぶ違う.
  だから,母親(女房)がこういうことばを使っているときには,同じ言語平面で参加することは出来ない.ついつい,ニヤニヤと曖昧な態度でお茶を濁すのが関の山である.
  父親の威厳を維持するためには,不得手なことばで多弁を弄するよりも,背中を向けて沈黙しているに限る.

 こんなとき,叱られている方の子どもは《父親ことば》と《母親ことば》のどちらに親近感を感じているのだろうか?
  優等生タイプの子は《父親ことば》の方である.自分が大学へ行き,卒業して,就職すれば父親のような言語社会に入っていくことを知っている.父親の態度を見習って,寡黙に母親のことばを聞き流す.
  割と家庭的で元気な子は《母親ことば》である.まず,《母親ことば》=《家族ことば》をマスターして,母親に反論する必要がある.
  「うるさいな,お母チャンは! 学校のセンセみたいにうるさい」「私のこと気にするよりも,パートにでも行って私の学資稼いで来て!」子どものことばっかり気にしてたら,お父ちゃんに浮気されるよ!
  なかなか元気である.この調子ならまず引きこもりの心配はない.

 さて『引きこもり』タイプの子どもはどうなる?
  母親の《家族ことば》にも父親の《会社ことば》にもなじめない.どちらかと言えば父親の《会社ことば》の世界への憧れが強いのだが,母親の《家族ことば》の《愛》の呪縛のような力からも逃れられず,中途半端な場所で立ち止まってしまうのだろう.

 母親が職業を持っている場合はどうなる?
  この場合母親も《会社ことば》を使うのかというと,そうではないらしい.父親も母親も家で《会社ことば》を話すとすると,寒々しい気がしないではないが,これはこれで,上手く行きそうなのだが,職業を持つ母親は《会社ことば》と《家族ことば》を使い分け,しかも,《家族ことば》の語法がより苛烈になる.父親の居心地は悪くなり,子どもは自分の部屋に閉じこもり,居間での団欒が成立しにくくなる.

 本来,豊かな家族生活を楽しむはずの核家族は,父親と母親が日常,異種言語を使っているせいでコミュニケーションが成立しづらくなり,子ども達はどちらの言語にも違和感を持つ.引きこもり発生メカニズムの珍妙な私見,仮説である.
(7月25日)

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