NPO法人 ニュースタート事務局関西

「2月の引きこもりを共に考える交流学習会」

By , 2021年3月15日 9:10 AM

 2月20日(土)定例会5名参加でした。この日はいつもとは違う場所で、高槻市富田町にあるカフェコモンズでの開催になりました。

 皆さんとのお話から。子は親に自分の考えをわかってもらいたい。その上で応援してもらいたいという気持ちがあるのかもしれない。でもきっと親は100%理解することなんてできない。それでも否定せずに聴くことが大事なのではないか。子は理解してもらおうと思わずに、でも伝える。そんなやりとりができたなら、子は親から離れて外へ目を向けられるのかもしれない。

 親の喜ぶことを選んでやってきた。今さら自分の好きなことをしろと言われても、自分で考えずに提示されたものを選んできたのにわかるはずもない。だからこそ今から一つ一つ他人の考え方に触れながら、とりあえずやってみようと思う小さな選択を重ねていく。その為に人の集まる場所に出て行くことが大事だと思う。(くみこ)

次回のおしかけ鍋の会3月14日(日)

By , 2021年2月21日 10:30 AM

3月14日(日)おしかけ鍋の会 12時~16時 第461回(予定)

場所:カフェコモンズ 

待ち合わせ:11時45分にJR摂津富田駅改札前

※現在はみんなで作る鍋ではなく、こちらで料理を作っています。

感染症予防対策:入室するときは消毒してください。一部窓を開けた状態にしています。暖かい格好でお越しください。正面向かい合っては食べないようお願いします。厨房は決まった人だけが入り、お皿を洗うときは消毒をしてもらいます。話すときはマスクをして話してください。距離は保ってください。不安に感じることなどありましたら、その場でお伝えください。

※ 中止など変更の際はご連絡しますので、参加希望の方は必ず事務局までお申込みください。

3月の定例会◆(不登校・引きこもり・ニートを考える会)

By , 2021年2月21日 10:00 AM

3月の定例会◆(不登校・引きこもり・ニートを考える会)

3月20日(土)14時から (266回定例会)
場所:クロスパル高槻 4階 第4会議室
当事者・保護者・支援者問わない相談、交流、学びの場です。
参加希望の方は事務局までお申込みください。詳細はこちら
※参加者は中部から西日本全域にわたります。遠方の方もご遠慮なく。
【高槻市青少年センターと共催で行っています】

「発達障害のほんとうのところ」高橋淳敏

By , 2021年2月19日 11:24 AM

「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる」などの発言をして、オリンピック組織委員の会長が辞めた。そもそもこの発言をした会長は、オリンピックはやるかやらないかではなくてどのようなことがあっても「やる」のであって、オリンピックをどうしたら「やれるか」の決断を勝手にしている。この騒動の発端はむしろ理事会でオリンピックができるかできないかをちゃんと審議しなかったことにあったと診れる。昨年オリンピックの延期の理由を元首相が「オリンピックを完全な形でやるため」と説明したが、そのお仲間の舌の根も乾かないうちに、なぜ去年は延期して今年はやるのかという理由についても十分に話し合われていない中、どんな形でも「やる」のだという号令の下に、コロナ禍の社会を全く克服できておらず、開催に対する多くの疑問が噴出していても、今回のオリンピック開催を強行している。トップが行政人事となった顛末を察するのは容易い。オリンピックを利用して、コロナ禍の社会を乗り切ろうとしているのだ。本末転倒である。そのような会議に時間をかけようとする「女性」の方がまともなのであって、「女性」の存在を排除しようとする組織委員や会議の方に問題があることは、だれが見ても明らかであろう。余談だが、国家が宣戦布告するときの意思決定ってこんなもんなのじゃないかと考える。話し合いはされないままに、戦争はするかしないかではなく「やる」のだ、その前提でどのようにすれば被害が最小限になるのか、それを話し合うのが会議であると言っているのだ。どうして止めることができようか。

コロナ禍といわれる社会が到来して1年、多くの人が自由を失い、家に閉じこもり、人と会う機会は減り、マスクで笑顔も見られない。ひきこもる人の気持ちも少しは理解できるようになったかもしれない。「ひきこもり」という言葉が生まれた20年前「ひきこもり」は病気だと考えられることが多かった。重症ではなく「心のかぜ」と言われることもあって、安静にしていれば、治っていくだろうといった楽観的なところもあった。それでも、周りが待っていてどうにもならなくなれば、本人の努力が足りないとか、怠け、本人のやる気の問題だとニートと名指されるようなになった。それでどうにもならなければ今度は発達障害とも言われるようになっていく。「病気」と「障害」の違いを簡潔にすれば、「病気」は治るもので、「障害」は基本的には治らないものである。「病気」は医療や療養で解決に向かうが、「障害」は生活支援や福祉などに依る。「障害」を治せる医療もなければ薬もない。では、ひきこもる行為は一生続けていくことなのだろうか。

「病気」「怠け(ニート)」「障害」などとされてきて、引きこもり問題が解決せず、これらに共通することは何かといえば、引きこもり問題のすべてを個人の問題としているところにある。ここでは再三いろんな形で主張しているが、そもそも引きこもり問題はひきこもりの問題として始まったのでもないのである。それまでは問題とされなかった「ひきこもり」が問題とされるようになったのは、経済低迷などを理由に多くの若者が社会に参入できなくなった企業化社会の引きこもり問題としてあった。上の企業化行政に例えると、引きこもり問題は若者が会議に参加すらできない問題としてあって、その会議には今までやってきた経済成長を「やる」という前提が、バブル崩壊低迷にも関わらずあったのだ。「金の卵」や「新人類」とも言われ、厄介で我儘ながらも労働力として重宝された若者が、「病気」「ニート」「障害」などとして、厄介払いできるようになる。この時期を境に、個人と企業化社会とのコミュニケーションは180度転換、断絶された。社会に出たこともない若者にはじめから、即戦力、能力、努力、やる気などを待遇が悪く一方的なコミュニケーションの中で強いるようになっている。これは企業化社会が、そこに参入しようとする若者に設けた「障害」である。「障害」を与えられた若者は早くからいい成績を取ったり、資格を取ったり、コミュニケーションスキルを磨いたり、自分を良く見せようとアピールすることに追い立てられる。

さて、発達障害は、生まれつきの脳機能の発達の偏りによる障害云々と言われているが、この医学的根拠というのは実に乏しく、いわゆる状況証拠でしかない。コミュニケーションがしにくい、社会生活が困難である、得手不得手に偏りがあるなどの発達障害と言われる人の状況は間違ってはいない。それは障害としてある。だがその原因は個人の生まれつきの脳機能の問題ではない。医療は個人を診るので、その原因を個人に帰しているが、私たちは引きこもり問題を社会問題としても診る力があるので、そうは考えない。個人と社会の間に「障壁」があるというような言い方でお茶を濁してきたが、そうでもないようで、「障害」を持てるとすればそれは社会や会議の側でしかない。「障害」は、個人が「持つ」ものではない。そして「障害」を設けられた個人が、その生活の中で陥りがちなのは、心理的精神的な問題は基より、不眠や神経症や感覚過敏など様々な自律神経系の不調による症状である。引きこもり問題において、今の社会や環境を変えずして個人の状態や症状を変えようとしても無理なことは理解したいところである。

2021年2月19日 高橋淳敏

1月定例会報告

By , 2021年1月28日 10:20 AM

1月16日(土)の定例会10名参加でした。(内家族3組)

 冒頭の話では、コロナの怖さについて。病気自体の怖さもあるが、それよりもコロナにかかった時の周りの目が怖い。人が少ない地域に住む親からは大阪から帰ってきてくれるなと言われる。もし後でその地域にコロナの人が出たら例え関係なかったとしても、あそこの娘息子がこの前大阪から帰って来てたからじゃないかと思われてしまうなど。この時期にリモートワークできない人ほど、人と関わる仕事の人が多く、もし自分がかかってしまうとその施設全体を止めてしまい迷惑がかかり責められるのではないかという怖さ。

 鍋の会もこの一年間は変化している。一年半ほど前から「おしかけ鍋の会」という形で、色んな場所(引きこもりの状態にある人がいる家に事前に話をした上でおしかけて鍋の会をする)で開催していこうと変化させ始めたところだった。地域の関わりのある団体の場所を使わせてもらったり、不登校の状態の子がいるお宅で開催させてもらったりまだ何度目かの頃、新型コロナウイルスの話が大きくなってきて、決定していたお宅での開催を中止することになった。その後少したってからカフェコモンズで感染予防をしながら月に一度程度再開し始めた。しかし以前のように何鍋にしようか皆で考えて、買い物に行って、材料を切って調理してという工程はまだ再開できていない。こちらが調理しておいたものを集まった皆で食べてから、話すという形になっている。でもコロナの状況や今の時期に集まることについて話し合う機会は増えた。

(くみこ)

Panorama Theme by Themocracy | Login