10月の定例会(不登校・引きこもり・ニートを考える会)
10月の定例会◆(不登校・引きこもり・ニートを考える会)
10月18日(土) 14時から (188回定例会)
場所:高槻市総合市民交流センター(クロスパル高槻) 4階 第4会議室
当事者・保護者・支援者問わない相談、交流、学びの場です。
参加希望の方は事務局までお申込みください。詳細はこちら
※参加者は中部から西日本全域にわたります。遠方の方もご遠慮なく。
【高槻市青少年センターと共催で行っています】
10月の定例会◆(不登校・引きこもり・ニートを考える会)
10月18日(土) 14時から (188回定例会)
場所:高槻市総合市民交流センター(クロスパル高槻) 4階 第4会議室
当事者・保護者・支援者問わない相談、交流、学びの場です。
参加希望の方は事務局までお申込みください。詳細はこちら
※参加者は中部から西日本全域にわたります。遠方の方もご遠慮なく。
【高槻市青少年センターと共催で行っています】
浪人時代に病気にさせられる経験をした。
浪人時代に病気にさせられる経験をした。
たぶん、多くの人も似た経験をしているのだろうと、今になっては思うようになったが、当時は自分のことしか考えられなかった。引きこもりという言葉は当時なかったが、引きこもりという状態を考える時、その時期のことを思い出す。当時は精神分裂病という名前だったが、統合失調症じゃないかと思った。でも統合失調症の場合、このような自覚はないのではないかと思い、「十代を過ぎると発症する可能性が減る」だとか、嘘か真かわからない精神の病いと言われるものを調べた。そのどれにも、当てはまるようではあったものの、最後にはそこに自分を当てはめるのが嫌であった。私の場合、それまで出て行ったことがない社会に自分が通用し、一人で生きていく糧をどのようにしたら産み出せるのか想像つかなくて、一人で悩んだ。サラリーマン、プロスポーツ選手、経営者、医者、弁護士、土木作業員、ホームレス、小説家….アルバイトなど漠然として職種は思いつくが、どれをやって良いと思っても、どれもなれそうになかった。
友人や親、私の周りの人たちは、それぞれに答えを持っているように思った、今となってはそんなことはなかったと思えるが。相談した友人は、これだと思える職種はなかったが「仕事は仕事、遊びは遊び」で割り切るものだと語った。私はその友人に、「そのように考えることは無理だ」と伝え、また一人で悩むことになった。ほとんどの人はあまり疑問に思わず大学へと進んでいったように思った。私もその多くの人たちと同じく、何になりたいかよくわからない自分の可能性を狭めないためにと堅実な道とされている大学に行くつもりでいた。でも、皆がやっているからという理由だけで、受験勉強における競争はできるものではなかった。例えれば、レースに参加するには馬に乗り、ムチを持って叩いて走らなければならない。だが、私はそのムチを持っておらず素手で叩き、叩いた手は痛く走れずもうその手で馬を撫でることしかできないような話であった。それでも、病気ではない私はレースに参加しなければならず、レース上で馬を撫でるしかないという自意識こそがそもそも私を病気にさせようとしているものだった。先に大学に行った友人に会った時などは、私は恥ずかしかったので「自分は何物にもなっていない、どうにもなりそうにない」というふがいなさについて、なぜか友人に謝った。たぶん社会からどのようにも認められておらず、今後認められることがないかもしれない自分のような友達を持つ友人を哀れに考える余裕があったのだ。その時に私が必要だと思っていたのは可能性を広げることではなく、「これしかない」という勘違いでも何でもいい、いわば盲信(無知)であった。
大学に入れば、お金があれば、幸せになれる。
仕事をしたこともない人間がそのような壁に当たって考えられることは、それらの仕事も含めたお金のことしかなかった。大学に入れば、お金があれば、幸せになれる。あるいは、大学くらいに入っていないと、お金くらい持っていないと幸せにはなれない。阪神淡路大震災が起き、オウム真理教の地下鉄サリン事件があった。それ以前からでもあったが、私は「大学に入らなければ」「お金がなければ」幸せになれない、あるいは不幸になってしまうという自分を駆り立てるムチを持つことができなかった。私の父親はサラリーマンをやった。その仕事は、私にとっては生活を支えるだけのものであった。でも父にとっては、それだけの仕事ではなかっただろうと思う。その仕事は例えば自分だけではなく家族が健康に暮らしていくためと思いこめるほどであり、父と同世代の友人には、恥じず謝らずとも自らのことを紹介できるくらいアイデンティティをもったものだろうと思われた。父がどんな仕事をしているのか知らなければ、どんなに役に立っているのかも知らなかった。父は語らず、私も聞かなかった。それでも親子なのだからと似ているはずだと考えていたが、私と父は違った。そして父は私にサラリーマンを強要できなかった。
私はこのレース上で馬を愛でていよう
自分のどこか悪いのかと考えた。何もしたくなく、何もできない自分、いままで社会らしい社会と関わってこないでよかった自分、自ら何かになる勇気を持てない自分、人に勝る能力はない自分、嫌なことを努力できない自分。与えられた家庭環境にその責任を押しつけもした。でも、自分や周りの環境を責めても、そこに私が他人や社会に関わりたい、関わらなければという行動がなかったので、何も事は進まなかった。でも受験勉強と違ったのは、やりたくもない勉強はしたくなかったが社会や他人とは関わりたいとは思っていたし、消極的にもいずれ関わらなければならないだろうと思えるくらいに死にたくないと思ってはいた。そして、このようにして考えている自分は、まったくもっておかしいわけではないとも思えた。人からどう思われようと私はこのレース上で馬を愛でていよう、隠れず恥じずに。そうでもしなければ、私が私として保っていられないようで、それこそ病気になってしまうのであった。病気になってしまった人には酷に聞こえるかもしれないが、あの時人から病気だと言われたら、私はなっていただろう。それどころか、病人であれ医者であれ土木作業員であれ小説家であれ、あの頃の自分に誰かからまじめに、他の職業はもちろん奴隷となれと言われたら、なれたかどうかは分からないがなる努力をしたと思う。一方で、この奔放な精神の手綱をもって制御しつつ進めることができる他人や社会の存在を信じてもいなかった。
その後、2年間の浪人時代を経て、結局は大学へと進みますが、そこで私は精神の病や障害は社会や医者が作るものだという考えに至ります。続きはまた来月にでも?
2014年9月18日 高橋 淳敏
★9月の鍋の会★
第333回 9月14日(日)13時~17時
第334回 9月28日(日)13時~17時
近頃雨が多いですね。
何かをはじめる事ってすごく難しいように思えるけれど、
自分にできる一歩からでもいいんですよね。
お鍋食べに、鍋会の場にきてください。
2014年8月4日〜6日の二泊三日、ニュースタート関西の寮生・スタッフ等で旅行に行ってきました。今年の場所は、琵琶湖湖畔の近江舞子です。1日目はお昼を食べた後、一部有志は炭を作ると言う炭焼きワークショップに参加、夕飯は BBQ、2日目は、海水浴ならぬ湖水浴に行く人あり、その他散策に行く人ありと自由。夕飯は1日目に作った炭を利用しながらのBBQ。夕食後はまったりと飲んだり、夜の湖水浴を楽しんだりとさまざまでした。この旅で出会い、お世話になった方々にこの場を借りて篤く御礼申し上げます。
~~~今回の旅のスケジュールはこんな感じでした~~~
JR摂津富田10:23発⇒高槻10:31発
(新快速、敦賀行)=>近江舞子11:16着(※1)
★1日目
11:30ごろ チェックイン
12時 昼食
13時自由行動(炭焼きワークショップ・買出し等あり)
19時夕食バーベキュー
23時就寝(※2)
★2日目
7時半 起床・朝食
8時半 ミーティングの後自由行動(買出し・夕食準備あり)
19時(※3)夕食バーベキュー
23時就寝(※3と同様)
3日目
7時半 起床・朝食
出発(※4)
(※1) 10時過ぎ頃に集まりだしたメンバー。だがMさんが現れない・・・。電話をしたところ、今起きたという返答が。もう間に合わないかもと思っていた矢先、Mさんが怒涛のダッシュで登場。はじまり早々みんなの感動を誘った。
(※2)夕食後は、個々ゆるっと過ごしました。就寝23時というのも各自にゆだねられ・・・。
(※3)2日目の夕食は、初日と同じバーベキューですが、炭は1日目に作った炭。時間はかかりましたが、燃えてくれました。この日は長浜の花火があり、近江舞子の湖岸ギリギリから「遠花火」として拝むことができました。
(※4)9時半くらいに木が倒れた(!)とのことで山科で電車がストップ。それほど待たなかったが、事故復旧後の始発に乗る事となった結果、混雑した電車に乗るはめに。
引きこもりにまつわる、興味深い、気になる、疑問を持つ・・・etcのニュースをご紹介し、解説、感想、場合によってはツッコミ等を付記するコーナーです。(栗田)
☆世代交代で家族の力が弱くなってきている!?
http://diamond.jp/articles/-/56231
2014年7月17日
自立できずに“一家丸ごと引きこもり化”もここ最近、家族の力が弱くなってきていることにより、引きこもり当事者が福祉制度を利用せざるを得ないケースが増えてきている。
医療機関に外来で訪れる当事者たちの中には、明確な疾患があるわけでもないにも関わらず、なかなか通学や就労できるようにならない、といったケースが少なくない。
そこで、家族に「こんなところがありますよ」と相談先などをいくら紹介してみても、家族のほうに力がなくて動けなくなっているという。
(略) これまで多数を占めていた「団塊の世代」の親であれば、かつて学生運動を起こしてきたときのように、子どもの社会復帰に対する思いからエネルギーがあふれるくらいの行動力があり、社会へ向けた情報発信力もある程度は健在だった。
ところが、親の年代が代わり、さらに家庭の生活困窮化が進んでいく中で、家族の力が弱くなり、今後ますます社会の力が必要になってきているというのである。
たしかに、これまでの親の世代は、引きこもり状況に陥った自分の子どもの将来に危機を感じ、支援機関などの情報を収集したり、親の会を立ち上げて交流したり、自ら支援活動を通して世の中に訴えたりして、引きこもりという問題の存在を国に認知させてきた。逆に言うと、親のエネルギーがあまりに強すぎるあまり、その子どもたちが動けなくなっているのではないかと感じられる面もあったほどだ。
その一方で、十分な額とはいえないまでも、それなりの退職金や年金収入などによって、何とか家庭を維持し続けることもできていた。
ところが、親の世代交代が進んで、家庭の環境も少しずつ変わりつつあるようだ。
(略)
別の自治体の話だが、前々回の連載で、80歳代の祖母の年金だけを頼りに生活していた50歳代の両親と、10~20歳代の孫たちが、一家丸ごとひきこもり状態になっているという家族のことを紹介した。
父親は、数年前のリーマンショックの頃に会社をリストラされて以降、ハローワークには通っていたものの、ずっと仕事に就けない状況のままだ。
また、母親は、自宅からも出られない状態が続いている。
孫たちも、昼頃、外には出かけていくようだが、学校を卒業してから仕事に就くことができていないという。
たまたま祖母を介護するために家に入っていた関係者から相談を受けた事例だったが、一家全員が“引きこもり”状態にあった。
その祖母も最近亡くなって、唯一の年金収入が途絶えたいま、この家族はこれから、どうなってしまうのだろうか。
ちなみに、家族の両親も孫たちも、医療機関にかかったり、行政や支援機関などに相談したりしている様子もなかったという。介護が入ることもなくなり、唯一の社会とのつながりもなくなった。
しかし、こうしたケースは、いまや珍しいことではない。最近、筆者は様々な縁があって、地方の街で当事者会や家族会を呼びかけたり、開催したりしているが、家族の力が弱くなってきて、一家が丸ごと地域から引きこもっている状況に似たような話は、あちこちで聞くようになった。
高齢者の年金が家族のために使われているケースで、とくに高齢者が認知症の場合、地域包括支援センター(高齢者への総合的な生活支援の窓口となる地域機関で、市町村が設置主体)が、経済的な意味での「高齢者虐待ではないか」と指摘する事態も増えていると、前出の医師は説明する。
親が借金を背負って、当事者も含めた家族全体が身動きが取れなくなっているケースも、少なくない。
バブル崩壊以降、経済構造が大きく変わってきたことも影響しているのだろう。
当事者の親の年代が、これまでのように退職金や年金といった安定した収入を得られる見込みが小さくなり、家庭を支えきれなくなってきているのだ。
そんな困窮家庭から子どもを世帯分離しようにも、当事者はアパートが借りられない。生活保護など福祉に頼ることへの抵抗感もある。
それでも、親自身が、相談に訪れるなど、動こうとしない。だから、当事者も家族も自立できずに地域で孤立し、生活が煮詰まる。
年金で何とか維持できていた親の時代と違い、これから先は、まるでパンドラの箱を開けるように、大変な事態が一気に押し寄せるのではないか。(略)親自身のメンタル面での問題もあって、相談につながらないといった家族へのサポートは、地域の課題でもある。
本日は長いですが、(そして一つだけで恐縮ですが)この、記事というより論説を・・・。
相談ができないということが、個人ではなく家族と言う単位丸ごとの話であるということは、もしかしたら引きこもりの状態にある人、ないしはその話を直接聞いている人にとっては驚くことでもなんでもないかもしれません。が、知らない人にとってはそれなりの衝撃を与える論説なのではないかとおもい、とりあげました。それこそドメスティックバイオレンスなども、家族(カップルや夫婦)に介在する(カップルの喧嘩を放置しない)ということに意味がある・・・。一緒に住んでいる家族が動けないときに、離れている家族が動く、ということもあるかもしれません。核核家族が動けなくなったときに(変に抑圧的ではなく)違う立場の人間がどう介在していくかということは、現代の家族問題の根本ではないかと。「家族をひらく」といううちの理念もそこと関わると思います。
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