NPO法人 ニュースタート事務局関西

☆たこ焼きマラソンin万博記念公園!!

By , 2016年3月23日 10:00 AM

天気予報は曇り、冷たく寒い朝でしたが、ついにこの日がやってきました!ランナーとマネージャーの4人は一足早く現地へ向かい、応援隊はドミトリーでお弁当作りです。春のいかなごのおにぎりに、いかなごの玉子焼き♪たこかにウインナーもつめて、すでに腹ペコ応援隊は12時公園入り口目指して向かいました。太陽の塔は本当に何度見ても心が震えます。これ見れただけでもう満足やぁ…とランナーの気持ちも知らないで公園内に入っていきます。その日は他のイベントもしており、入園料も無料だったのですごい人でしたが、マラソン折り返し地点の近くにゆっくりとブルーシートを広げる事ができ、競技場の緊張感をよそに応援鍋会スタートです。かんぱーい!みんなお腹がすいていたのかみるみるお弁当とお菓子は無くなっていき、ランナーが走りだして前を通る頃にはもう宴もたけなわでお腹いっぱい状態でした(^^)あわててカメラを持ってランナーを撮りに行きました。

 

ランナーたちの感想

今回もがんばった。一時間内を目標にしていた。スタート時の混乱にまきこまれながらも59分48秒。必死の走りに「ウィスパー余裕ないやん」と笑っていたのはどこのどいつだ。初老のウィスパー
カエルで走っているとたくさんの声援をもらいました。ありがとうございました<(_ _)>  栗岡大悟
思っていた程順位も悪くなく途中で抜かせる人も多かったので気持ち良く走れましたが走った後の方が大変な事になりました。10キロ走った後のたこ焼の味は覚えていません。自由人p1010299916

走り終えた3人は、ひとしきり食べ放題のたこ焼きを食べてから、応援鍋会をしていた拠点に帰ってきて、お互い完走証を見ながら笑顔でぱちり。と言いたいところですが、その前にランナーズとマネージャーの不健康4人組はタバコを吸って、お酒を飲んで落ち着いてからの、ぱちり。でした。みんな練習の時の想像よりもすごく速くて、10キロを1時間ほどで完走しました。
本当に1時間も走っていたかなぁと余裕の寮生Kくん、二人が早過ぎる!とフルマラソンも何度か完走している長井さんと、思ってたより全然走れた!とハイテンションで走った後の足の痛さにロボット状態の田中くん。三人の荷物持ちや、こまごまとした受付対応をしてくれたマネージャーのHくんも朝早くからお疲れ様でした!帰りに見れる太陽の塔のうしろ姿のかっこよさに塔から目が離せずに人にぶつかりながら公園を後にしました。ちょとした遠足のような鍋会でしたね。楽しかったです。(く)tako2

☆たこ焼きマラソンに向けて練習!atまいどおなじみ今城塚古墳

By , 2016年3月22日 10:00 AM

2月26日(金)のオブスペは、3月13日に控える「たこ焼きマラソン」に向けて練習をしに今城塚古墳に行きました。この日はとても冷たくて少し雨の降る日でした。私は今年はマラソンに出ないのですが、近頃筋力が増えたと自負していてどれほど楽に走れるか試してみようと、出場予定のお三方にくっついてやってまいりました。去年は苦しいながらも3周走れたのにやっぱり先にマラソン大会という目標が無いと踏ん張れず、結局1周だけ走って荷物番に徹していました。1周が1キロだと思っていたのですが、みんな思うようなタイムが出ず、「きっと1周、1,2キロ、いや1,3キロくらいあるんだろうと」みんなで思い込もうと声をかけあいました。なにせ、ゆるそうなネーミングの大会ですが、10キロを1時間半の制限時間内で走らなくてはならないという過酷な大会です。そして走り切ったその後にたこ焼き食べ放題。過酷すぎる…。(く)pyoko10_taiikunohi

「スパイは職場にやってくる」長井潔

By , 2016年3月22日 10:00 AM

「ベランダの窓ガラスを割っていいか?」

日曜の昼、喫茶運営の仲間から電話がきた。彼が店を出た瞬間に鉄扉の内側に立てていた2メートルの重い合板が倒れ、扉が開かなくなったという。

店に来てみた。

鉄扉は3センチしか開かない。ノブの下まで合板が沈んでいる。合板に触るためにドアを開ければ内側のノブに合板が引掛かって上がらない。ドアを閉めれば引掛かからないが合板を触れなくなる。

皮肉な状況に呆然となる。なぜ合板を玄関口に立てていたのか。

店はビルの5階で他の建物とは隣接していない。鉄扉以外で近づけるのはベランダの窓ガラスしかないが、内側から鍵がかかっている。

(ミッション・インポッシブルだ…)

こんな状況は映画でしか見たことがない。スパイなら屋上からロープを垂らして別の窓から入るだろう。

スパイ映画の音楽が頭に響く。困難な事態を楽しむ自分がいた。

排気口を見る。スパイなら90度に曲がりくねる中を這って登り天井を割って入るだろう。現実には、墨だらけの暗闇を突き進む自信はない。

ベランダはどうだ。スパイならガラスを割らずに隙間から針金を二本差して動かし内側の鍵を外すだろう。現実には、針一本も通さない構造だった。

(明日、ガラスを割ろう)

普通ならば修繕に3、4万はする。段取りを組むのもわずらわしい。肩を落として帰りの電車に乗る。

(扉を締めたまま内部の合板を持ち上げる。そんなの手品だ…)

そう思った瞬間に映画音楽がまた聞こえてきた。

ピアノ線は直径1ミリの太さで50Kgに耐えることを調べた。

翌朝9時に彼と集合。

「ガラスを割るしかないだろう」

不安げな彼に自分のアイデアを伝える。合板にピアノ線を取り付けて鉄扉を閉め上部の隙間から線を引く。

「失敗したら反対側のガラスが割れるよ」

鉄扉の上部には1ミリ前後の隙間はある。

「予約もある。12時には準備を始めたいし時間がない」

「あと3時間もある!」

彼に言い放つ。

「材料を買ってくる。知恵を借りたいから待っていてほしい」

彼がうなずく。

チャンスは一回。失敗すればガラスを割るしかない。ピアノ線とフック、大工道具を調達した。

鉄扉の隙間に手先を入れフックを合板に当てる。ねじ込むまでの力が出ない。やがて指先からフックがこぼれドアの内側に転がった。三度やっても同じだった。

これも、現実にはできない方法だった。3センチの隙間は手首さえ通さない。

(あと1センチでも広かったら…)

「君の意図はわかった。のこぎりを引けばいい」

(えっ?)

「のこぎりなら隙間を通る。合板に一筋入れる。ピアノ線の末端で輪を作って筋にのせれば引っかかる」

彼が静かに作業し、ピアノ線は見事にかかった。引っ張ると簡単に合板が浮いた。すかさず鉄扉を押して体を差し入れる。

入れた!玄関口は傷ついていない。彼と手を取り合って喜んだ。

扉を開けたのは私ではなく彼だった。

仲間と知恵をつなげば、いかなる扉も開くかもしれない。

2016,3,16 長井潔

『368回目の鍋』と『369回目の鍋』(2,3月)

By , 2016年3月21日 10:00 AM

『368回目の鍋』
2月28日。気付けば冬場も終盤ですが、まだまだ寒い日が続きます。心も体も温まる美味しい鍋を今回も作りました。いつものように鍋ミーティングでみんなから食材のリクエストをしてもらってどんな鍋にするかを考えます。今回は具材に餃子を入れて中華風の鍋にしようという流れになりました。
そんなこんなで買い物班が買って来たのは3種類の餃子(焼き餃子、水餃子、ワンタン)。
果たしてワンタンが餃子なのかどうかは置いておくとして……。
出汁は中華風のがなかったので塩ちゃんこ用のパックを調味料と合わせながら使いました。
それなりにさえ出来てしまえば、後は中に投入される具材たちからとても良い天然の出汁が出てきて美味しくなります。崩さない為に餃子は最後に入れ、さっと一煮立ちさせれば完成です!
鍋料理はとてもシンプルで簡単なので、普段は料理をしない人でも慣れている人と一緒に作れば難しい事は何もありません。それでも包丁は持ちたくないという人には炊き立てご飯でおにぎりも作れるのでどなたでも奮ってご参加下さい。

『369回目の鍋』
3月13日。この日は持ち寄りでしかもお出掛け鍋の会だったので、鍋を作って食べる会にはなりませんでした。万博記念公園で開かれる「たこやきマラソン」に参加する面々を応援しに行くという名目で集まりつつ酒を飲みに行きます。……もちろん、お酒以外にもお弁当やお菓子もあったので、どちらかと言えばピクニックのような感覚でした。
初めは鍋をしようかという話も出ていたのですが、どうやら万博記念公園では火器類の持ち込みは禁止らしく、鍋は断念せざるを得ませんでした。
モノレールに乗り始める頃から段々と人が多くなっていき、到着した時にはもっとたくさんの人が既に来場していました。思っていた以上に大規模なイベントだったようです。入場料がこの日だけ無料というのも理由の一つでしょうか。
ともあれ、人は多いが万博記念公園の方が圧倒的に広く、場所取りに困るというような事はありませんでした。マラソンランナーが折り返して走るのが見えるとても良い位置です。ずっとは見ないだろうと思っていましたが、実際には終始見ていた感じです。
ランナーたちの表情や走り方を見ていると、彼らが今どんな気持ちで走っているのかがよくわかる気がしました。
いつもは建物の中で日の光を見る事はないのですが、たまには外出して日を見ながらみんなで食べたり飲んだりも悪くはありません。4月上旬には花見も企画していますので、まだ鍋の会に来られた事のない初めての方も是非お越し下さい。つぼい。

「テレビもないネットもない新聞もない」髙橋淳敏

By , 2016年3月20日 10:00 AM

アジアでも少子高齢化が問題になっているとラジオが言っている。タイでは他人が介護することに抵抗があるようで、親は子どもが世話をするとのことで(日本もかつてはそうだったか)、老人施設などを利用したがらないし、それがためかあるいは制度が先か、日本のような介護保険システムもないとのこと、それもあって大変だと。それにしても何度かこの通信でも触れているが、資本主義で経済成長をとげた国は少子高齢化するようだ。これはなぜなのか、なんとなくわかるが、よくはわからない。誰かそんなことを言っていないかと調べようとしたことはないが、長い間疑問に思っているのに、解答には出会ったことがない。というか、少子高齢化が進む前提での経済や社会や人間などについての理解に出会わないのが不思議なのだと思う。誰もがちゃんと理由を説明しないが、経済成長した地域は少子高齢化するのである。どうもこの事実は不都合なようである。なぜならば、少子高齢化すれば、経済はやせ細っていく。一部資本家たちが、痩せていないように隣国や他地域をいじっては取り繕ってきたが、その金は庶民に行き渡りはしない。そのような資本家たちは、庶民が企業に投資するなどには使わないのを知ってお金をそこに流さない。このシステムを維持拡大するために善意でもってお金でお金を産ませる。そこで増えたお金によって庶民たちにおこぼれがあるからと川の流れを我々の方に向けたりはしない。一部富豪はどんどん太り、庶民たちは徐々にやせ細る。そのうち、太りすぎで動けなくなる数少ない資本家と、痩せすぎて気力を失なった大勢の庶民で溢れかえることだろう。いやもうそんなところなのだ。資本主義を守もろうと肥えてしまっただけの人に、その社会しか頼ることができなくなって分断もされた庶民には革命も起こせない。やれて強奪だろうが、資本家や国家にとって、このシステムを守るために米をばらまくことは、痛みどころか快楽でありシステムの肯定になる。強奪が起こる前に彼らはばらまく。たっぷりの余裕を残して。それで私たちはまた経済成長の夢を見させられるのだが、やはりそこからは降りるしかない。

 

学校は一体何をするところか。かつては、近代国家として他国に追いつけ追い越せと、国民教育をする国家的なプログラムであった。それを引き継ぎながらも、一人一人が幸せになるためにも読み書きも必要だ算数も必要だと、大方変わらずやってきているわけだが、いじめや不登校など少なくなっていくこともない。少子化もあってか、個別に近い形で指導するほうがよいと、できる子とできない子、普通の子とそうでない子をクラスで分けて教えてみたりしている。でも結局そこで何を教えるかといえば、「我が子だけは」という親や世間の欲目に答えるべく、いい大学に行かせるためであったり、可能性を潰さないためにと散漫な付き合い方をしてみたりと、引きこもりも減らなければ人と人の溝は広がり、教育現場でも一方的に誰かが話すか、当て推量的に言葉を投げかけてはそれに終始するコミュニケーションに溢れかえる。国を豊かにするでも、人を豊かにするでもいいが、結果として他地域の人とのコミュニケーションを不可能にし、この国が戦争に向っているのであれば、それは教育や教師の敗北なのではないか。勝ち負けでもないが、いったい教育とは何を教えようとしているのか。無いのなら、学校で勉強などさせず子どもたちにもっと遊ばせたらいいではないか。

 

私たちは、異国のことや歴史や他人のことを知りたかったし、いつまでもそれらを知りたいとは思うのだ。研究はそこに当座の答えを出すことであるし、教育はその研究を根拠にして教えることでもあるが、いつからか答えは大事にされなくなり、答えが適当であることも多くわかり、現場が教えやすいための研究成果をつくるようになってから、教えることは不可能になり、授業は成り立たずそれら偽研究の巣窟たる大学などを盲目的に目指す勉強の中で登校拒否や引きこもりなどの問題もでてきたのだろう。

 

引越ししてからしばらく、テレビもネットも新聞もない生活をしている。ニュースはAMラジオで少し聴いたり会話の中でごくたまに出たり、電車の中で新聞を読んでいる人の見出しを読む程度でしか知らなかった。社会と切り離された感覚もあり、少し不安でもあったがそれほど不自由もなかった。普段からあまりやらないと思っていたが、それでも常に情報は自分の中で積み上げていったり、更新していったり、求めたりしているものだと感じた。そのような機会が極端に少ないと、自分の中の考えが自分の中で留まり発酵していくような感覚がある。腐らず、何か醸し出せればいい。

2016,3,18 髙橋淳敏

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