NPO法人 ニュースタート事務局関西

「普通なんてどこにある~会社編~」長井潔

By , 2016年4月18日 10:00 AM

「問題は君だ。何を開発したいですか」

新しい課長がにこやかに問いかける。

会社に慣れてきた4年目、清酒開発の部門に所属が変わった。醸造は何一つ知らない。

「どれでもいいです」と答えた。

他の社員が希望を埋め、最後に残った低アルコール清酒の開発をあてがわれた。

(誰もやりたくないテーマだ)

女性向けの日本酒は売れにくいからだ。

ところが新しい常務が女性で、これを最優先課題にした。

(うそ…)

素人の私に補佐が何人も付き、一か月後には試験醸造することに決まった。

「まずは普通の方法でするしかない」

困った顔で課長が仕込み配合を決めた。できた酒から異臭がする。製造部長が、

「次に失敗したら開発中止だ」と言う。課長はにこにこして、

「ここからだ。この結果があるから次に行ける」

普通でない仕込みを検討する。数か月試行して決め、部署の会議にかけた。

「いつのまにこんな仕込みに変えたの?」

驚きの声が上がる。

試験醸造に入る。好奇心で醪をなめると、あまりのまずさにのけぞった。完成時においしくするための工夫だった。

試みは成功し、一番に商品化された。

次の課題はにごり酒の改良だった。

「君は普通でない酒の専門ね」

既存の製造工程を自由に組み替えていく。

午後から他社と打ち合わせる予定の日、昼休みにロッカールームで寝過ごした。全社一斉放送で名前を呼ばれて目が覚め、急いで机に戻る。

課長は大声で笑い出す。

(いや、叱るところでしょ!)

勤務態度も普通でなくてよいらしい。

人間関係に悩む仲間から相談を受けた時には、勤務時間中にも話し込んだ。何も責められなかった。仲間は辞めてしまい、課長は

「解決できればよかったのに」とつぶやく。

部下を管理せず、大切にする。

やがて課長は部長になった。厳しくなった経営を向上させる提案が全社員に求められた。

「部署を超えてチームを作り開発過程を全社員で共有する」これまでではありえない商品開発案を書いた。

この提案だけが通った。

リーダーになった。別々の部署から若手が集まる。見知らぬ営業課長がこのチームを認めるよう上司に土下座して頼んだ。上部から批判は多く、開発過程を全社員に見せている。自分を信じチームを導かねば先はない。本業に手が回らない私を部長は責めず、

「ここまで来たら製品化」とはっぱをかける。

結局、技術的な理由で製品化されなかったが、商品案は高い評価を得た。

この仕事から学んだことは多すぎた。

退職した。

これも普通ではない。いつも普通はなかった。だからいっぱい成長させてもらった。

元同僚とはその後もたまに会ったが、部長には年賀状すら出さなかった。10年ぶりに、元同僚との飲み会で再会した。

(全くなつかしくない)

昨日も会っていたような感覚に襲われた。私の今の仕事を根掘り葉掘り聞いては意見してくれる。

「年に一回会うの。じゃあ来年も」

私は今、出会った当時の彼と同じ年齢になる。

…まだまだ普通だ。

2016,4,14 長井潔

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