8月の定例会(不登校・引きこもり・ニートを考える会)
8月の定例会◆(不登校・引きこもり・ニートを考える会)
8月19日(土) 14時から (223回定例会)
場所:高槻市総合市民交流センター(クロスパル高槻) 4階 第4会議室
当事者・保護者・支援者問わない相談、交流、学びの場です。
参加希望の方は事務局までお申込みください。詳細はこちら
※参加者は中部から西日本全域にわたります。遠方の方もご遠慮なく。
【高槻市青少年センターと共催で行っています】
8月の定例会◆(不登校・引きこもり・ニートを考える会)
8月19日(土) 14時から (223回定例会)
場所:高槻市総合市民交流センター(クロスパル高槻) 4階 第4会議室
当事者・保護者・支援者問わない相談、交流、学びの場です。
参加希望の方は事務局までお申込みください。詳細はこちら
※参加者は中部から西日本全域にわたります。遠方の方もご遠慮なく。
【高槻市青少年センターと共催で行っています】
定例会報告
6月17日(土)に10名参加(内御家族さん4組)でした。
数年ぶりに定例会に参加されたという方が来られました。以前ニュースタートに来られてからも色々と苦労されたようですがまた参加できて良かったと話してくれました。後日には鍋の会にも参加され新たな出会いや会話を楽しんでいた様子でした。改めて長い歴史のある活動が今も続いているんだと感じました。
父母会報告
7月8日(土)に6名参加(内親御さん3組)でした。
引きこもり問題について話をするなかで親御さん同士が面識を持てて良い交流になったと思います。各家庭で個々に事情はあると思いますが意見交換や質問する事で得れる事もあるだろうし解決へのヒントにもなるかもしれません。来月は第一土曜の5日に予定していますのでよろしくお願いします。
許しがたい状況は、引きこもっていることではなくて、引きこもらされていることにある。引きこもらされているとはどういうことだと、理解に戸惑う人が多い。「開けられないドアの内側に監禁されているのでもなければ、エアコンパソコンもあって餓死せず生きているのは、恵まれているだろう。それでいて被害を受けているなんて言い方はおかしいではないか。ほら、本人だって働きたくない外に出たくないという態度じゃないか、引きこもりの問題は自己責任以外ではないし、責任転嫁したところで外に出てくるようでもない」と。引きこもりや不登校などが問題とされるようになった20年以上前から、そういった理解で変わらずにきている。昔の方が引きこもることは理解できないと自覚していたので、周りはまだ関心を持っていたように思うが。そこで、就労支援などで納税者や消費者として育て上げようとしてみたり、病気や障害者として社会から隔離されることが問題とならないように管理したり、使い古された制度に当てはめるため引きこもりの解釈をニートや発達障害などと拡張してきたようなところがある。でもそれは社会のための引きこもり支援であったかもしれないが、引きこもりのための支援ではなかったわけだ。実際に引きこもる人も減っているようでもなければ、社会が良くもなってはいない。あなたたち世代が引きこもっていたから社会が良くならないのだと、鶏か卵かのような文句も聞こえてきているが、フリーターが増えたのはフリーターのせいみたいな話しはもともとあって、とても筋違いである。多くの人が引きこもったり不登校になったりするのはなぜだったのか、一人一人違いはあってもこうした状況が多く出現したことは社会に対する問題提起にはなっていたはずだった。しかし、対処療法的な対応ばかりでこの社会はちゃんと引きこもり問題に向き合ってこなかったのではないか。そして、そこには今の社会のあり方を問う大きな問題提起があったのではなかったかと考える。社会のために引きこもりが社会復帰するのではなくて、引きこもりにとっての社会を考えることが今の社会のためになったと思うのだ。引きこもっているのは本人の意思で、そうでなければ病気か障害だと、この問題は行き詰まっているようだが、繰り返しになるが引きこもる理由はそうではない。国や社会のために私たちがあるのではなく、私たちのために国や社会がある。そして、私たちは引きこもらされているのだ。引きこもり問題を契機に視点を180度変えて見る必要があるのではないか。
想像するに如何ともしがたい状況は、考える自由がなく、世の中の規範や世間体、過去の経験の一面的な場面に縛られ、一人孤独にさせられていることにある。学校や会社なんかで、縛りがあって自由に考えられない時は多々あるし、学問なんかで縛りの中で考え詰めることはあるが、それは孤独ではなかったり、思考は先に開かれていたりでここで想像しているものとは違う。引きこもる場合は、先の不安に思考は閉じられ、相互の交流がない中では現在にも閉じられ、新たな体験のなさから過去にも思考は閉じられている。学校や会社なんかの、管理や監視の中で目の前のことに忙しくゆっくり物事を考えることができないので1日2日部屋に引きこもるのは、休養にもなり考える自由を持てることであるが、何年も引きこもるというのはそういうことではない。私は人が孤立していて思考に閉じられていてあらゆる規制を自らにかけて自由のない状況になっているのが、なぜか耐えがたく思ってしまう。たぶん、自身がそのような状況によく陥っていて、いつまでも開かれずしんどさが続くことへの憐れみを勝手にもっているのかもしれない。私の友人の社会学者は、思考は一人でするものではなく、複数人でするものだとどっかで言っていた。彼との会話を思い出し、妙にその言葉に納得させられたのだった。それまでは思考は一人でするものだと、そうしていなくともそのような前提があった。でも、今まで一人で考えていて何か考えられたことがあっただろうか?一人で考えることができただろうか?人と話したり、本を読んだり、対話を想定した(それを一人で考えると言っているのだろう)ときぐらいではないか、考えることができるのは。だとしたら、引きこもらされているのは、一人で考えなさいと言われているようなものなのだ。引きこもっている人は、親に言ってもわからないし、社会も自分の存在を理解してはくれないだろうと思っている。そして、それは本当のことでもあって、1人ではあるところまでで逡巡してしまう。私はそこに、他者の存在が必要であるとずっと考えてきたのだった。発言にはタブーはあっても、考えることにタブーはない。思考とはそのようなもので、他者との思考の中では自分が考えることに規制をかけていたという事実に気がつくことが大事なのかもしれない。引きこもっている人が、「自分がもともと何者かでなくては人とは関われない」と自らに規制をかけていることがあるように。1人で考えてしまっていて、知らずに規制をかけていたことに気づくことは大事なのだ。
この数年、国は「岩盤規制を突破する」といい教育においても均一に産業化しながら、国民生活には新たな規制を乱発している。外からのテロリストが怖いのではなくて、官製バブルでもってしてもグローバル経済にしがみつかなくてはならない状況で、そういった経済政策に対応できないであろう国民生活が怖いのだ。具体的に言えば、ずっと言われている格差であるが、その不満が表面化しないように規制をかけ続けている。私たちの生活こそが統治する国にとってはテロなのだ。そして行政はその危機管理に勤しんでいるように見える。今回のテロなど準備罪は自由を守らなければならなかった二人の思考に国が規制をかけたことになる。グローバル経済があてがったセルの中に国民を引きこもらせようと国家は勧めているのだろう。個々の思考はまだ規制されてはいないが、そんな規制が表面化する世の中で、引きこもりの思考が規制を突破しどこにたどりつくか、それくらいしか今の社会で期待できることはないだろう。先の社会学者はかつてこの通信の中ではこうも言った。引きこもりが社会復帰するのではなく、社会の方こそ社会復帰すべきだと。
2017,7,14髙橋淳敏
★7月の鍋の会★
開始時間は12時になっています。
第401回 7月 9日(日)12時~16時
第402回 7月23日(日)12時~16時
鍋の会は、12時から集まったみんなで何鍋にするか話し合います。
そこから買い物組と、残ってできる準備をする組とに分かれます。
初めての方はもちろん無理はせず、できるところを担当してもらいます。
お客様としてきてもらう会ではなく、参加者みんなで作っていくのが鍋の会です。
初めての方も久しぶりの方も大歓迎です。参加希望の方は必ず申し込みをお願いします。
6月9日に高槻駅前にある串カツ食べ放題のお店に寮生や元寮生含めた4人でお出かけしました。その日はかなり暑い日でこんな日に昼から串カツ食べ放題って考える人も少なかったのかお店は空いていたので快適でした。テーブルにフライヤーがあり各々が好きな串を取ってきて自分で揚げるスタイルです。串カツのネタも豊富でしたしカレーやサラダやスイーツも食べ放題でした。お客さんも少なかった事もありみんな店内を縦横無尽に動き食べ放題を満喫しました。みんなの感想を聞きましたのでどうぞ~。
意外にお腹一杯になって次の日のお昼まで食事しませんでした。M.M
串カツは自分で作る楽しさがあって、他のバイキングより長い時間ワイワイおもしろいです。一つの油を囲んで食べるのは「鍋」っぽくもありますが、自分のは自分で揚げるという完全に個人プレーです。たとえ、目の前の油の中に揚がり過ぎて小さく縮んだ田中くんの牛串があっても私の知ったこっちゃありません。それを見て自分のは早めにあげてみたり。でも食べ終わってみると、一緒に戦った同士のような、思わず無言でハイタッチしたくなるような熱さを感じながら4人は家路に向かったのでした。おいしかったです!(く)
色々な種類の串かつがあり「さすが本場は違うなっ!!」と関心のオンパレードでした。めずらしくてたい焼きを揚げまくりました。かけるソースの種類もたくさんあって、心はお祭り気分でした。今もお酒を飲みながら書いていてお祭り気分です。♡ M・Y
揚げる時間が難しく揚げ過ぎて縮んだネタが多かったです。なので本数的には多くなりました。おいしかったです。自由人
☆何串食べたか?結果発表ー\(^o^)/☆
寮生のMくん47本
元寮生のMくん41本
田中くん60本
久美子40本
この他にもみんな色々食べてて、後半手が止まってしまった私は尊敬のまなざしでお三方を見ていました。(く)
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