NPO法人 ニュースタート事務局関西

12月例会報告とコラム「voice」も更新しています!

By , 2021年12月21日 11:52 AM

12月18日(土)8名(内家族の方は2組)参加でした。
今回も冒頭こちらからお話をし、その後参加された方から困っていることや今の状況などのお話してもらいました。
 冒頭の話からは、引きこもっていると本人にとってはもう手はない。周りの社会や人に対しての不信感から何もできないと思ってしまう。
その気持ちをなくすためにもまず、人と話したり信頼したりする時間が必要。
 皆様からの話からは、本人と社会(人と出会うことや体験すること)との間に親が立ちはだかってしまっている。それは例えば失敗する前に親が止めてしまったり口を出したりすること。出ていこうとする出口に立ってしまっている。そうではなく、子どもの背中に回って見守る、できるなら背中を押すことが大切だろう。
 親が子どものことで思い悩むだけの毎日を送るのではなく、親は親自身の人生を生きていくことは大事だ。楽しいこと辛いこと失敗することもあるだろうがそうやって生きる親の背中を子どもに見せることは子どもにとっても生きていく希望や勇気にもなる。こもっていて背中を見てもらいにくいなら例えば週に一度でも一緒に夕食を食べるなど話をする機会を作るなど。
 親は子の欲望をコントロールする。これは気づかないうちにほとんどの親がしてしまうことではある。学校に行くことや習い事、塾に行くことまで、「行く?」という選択肢の中で行かないを選択することに気づかないままで子は選んでしまう。選んでしまったからには「あなたが行くと言ったのよ」「そうか自分で選んだのか、、、」反抗するにも子の意思を尊重してきたかのように思わされていれば反抗期もないままきてしまう。これを繰り返した末に学校を出た後やりたいことは何だと言われても、自分は一体何がしたかったのか、何をしたくて選んできたのかわからなくなり立ち止まるしかない。積極的に自分はこうだと反抗できるのではなく、動かないことで反抗の意を表現するしかできなくなるだろう。
 人は名前のあるものにしかなれない。職業でも、病名でも、障害でも後からつけられた名前を得てその名前のものになる。引きこもりも発達障害も名前がつけられ、そういう状況の人を枠に入れることで呼ぼうとする。職業も名前のあるものなんて限られているのに学生は名前のないものになることを許されない気がしてしまう。自分が一人目で自分で名付けて始めることができるならもっと時間をかけて進んでいくこともできるだろう。
 最後に、この定例会に来てもらうことについて、例えば自分の子の引きこもった原因を探しに来るのではなく、客観的に人の話を聞いて、気づいてもらうことがなにより大切だろうと。
(くみこ)
 

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