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直言曲言 第233回 「派遣」

By , 2008年7月4日 12:19 PM

秋葉原事件関連の話題続きでごめんなさい。秋葉原事件の加藤容疑者が派遣社員で、あんな凶悪事件を起こしたのにまるで共感するようなコメントを出すなんて「派遣社員」て何なんだ?と思う人もいるかもしれない。人材派遣という業務は昔からあった。江戸時代は口入屋、口入稼業などと言って人材の需要に対して人材を提供し、手数料あるいは労賃のピンはねを行う事業で、有名な番髄院長兵衛などもそれでやくざの稼業のひとつである。人の労働のピンはねをするということは、昔から正業ではないと思われていたらしい。女衒(ぜげん)などそもそもの人格を認めないような商売が多かったようだ。現代になっても派出婦の派遣やモデルなど特定業種についての派遣業務だけが労働省により認められていた。1985年労働者派遣法の改正により、業種が拡大され、およそ8割の職種に派遣が可能になった。労働者の賃金をピンはねしたり雇用に介入するのだから、そもそも社会悪と言ってよい存在だ。雇用促進とか就労支援が社会事業的に喧伝される時代だから、善意のそれと厳しく判別しなければならない。少し前までは専門的な技能を持った人が派遣会社の社員となって、臨時の人材需要を持つ会社に派遣されていた。派遣先では臨時に雇用されているのだが、派遣元の会社には常用雇用されているので正社員のつもりで本人にもそれほど悲愴感のないケースもあった。派遣法改正以降は単純労働にも派遣が拡大し、日雇い派遣が増えるなど派遣労働者の労働環境劣悪化が進んでいる。しかも派遣元に常用で社員雇用されていればまだしも、登録派遣と称して、派遣会社に登録されているだけで、仕事がある時だけ雇用されて派遣先に派遣される。登録していても仕事がなければ失業中と同じである。これではハローワークに登録しているアルバイトと同じである。

なぜ派遣業が成立し、これほどまでにはびこるのか。労働者を雇用したい。しかし雇用には手間がかかるしコストもかかる。派遣業に頼れば必要な時に必要な数だけ労働力が得られる。私も会社を経営していたことがある。経理担当が結婚して退職してしまった。経理には最低限の専門知識が必要である。正社員を採用して教育する時間的余裕がない。アルバイトに仕事を任せる訳にはいかない。当時は派遣法が改正されたばかりで、その問題点もあまりはっきりしていなかった。契約は時間給であったが、正社員を採用するよりはかなり低かった。アルバイトの時間給の2倍以上であった。本人に支払われているのはアルバイトよりは高かったがあまり変わらなかった。派遣会社はこちら(派遣先)が支払っている契約金の半分以上ピンはねしている計算だった。それでも教育コストがかからない。社会保険や賞与の心配をする必要がなかった。要するに派遣社員本人の、正社員に比べての低賃金の受忍によって成立している制度であった。就職冬の時代などと言われ始めたころではあるが「社会悪」とまでの認識はなく、無職であるよりは派遣社員の方がましと思われていた。

釜ヶ崎暴動華やかなりし頃、釜ヶ崎では手配師が横行していた。そのころは万博前の建設ラッシュで建設労働者が不足していた。第一次釜ヶ崎暴動の後、労働センターが建設され、そこは肉体労働のハローワークのようなものだったが、実際には労働センターが午前4時に開門すると手配師のライトバンであふれ、日当や待遇を書いたビラを示し、不法に労働者を日雇い雇用する手配師であふれていた。大手、中堅ゼネコンは手配師の力を借りて、当時の大型建設プロジェクトの現場に労務者を集めていた。もちろん、手配師による労賃ピンはねは常識で、大幅にピンはねをしていてその上、飯場(はんば)の布団代、枕代などと称して賃金を削り、飯場で行われる違法とばくで召し上げた金が暴力団の資金源になるなど社会問題化していた。

1980年代に入り産業が空洞化し企業収益が悪化すると、派遣業が横行し始め、実体経済以上に労働者の労働環境は悪化し、昔の女衒以上に労働者を搾取し苦しめる派遣業がはびこった。その代表格が「グッドウイル(善意)」という社名であったのは噴飯ものである。失業者に仕事の紹介をしてくれるのであるから「善意」であるとはブラックジョーク以上ではないか。グッドウイルは労賃をピンはねした上で、天引きと称して更なる搾取を行っていた。このあたりの手口は女衒の昔から変らないようで表向きの名称が変わっているだけである。労働者派遣法の改正などで、規制緩和と称する政府までが悪質業者に手を貸そうとするのだから油断がならない。

最近最も問題になり、違法視されているのが「二重派遣」の問題である。これはなかなか姿を消そうとしないが、構造は単純で文字通り、派遣企業が二重に派遣することである。派遣元が労働者を派遣するがその労働者を派遣先企業がさらに別の企業に派遣することである。最初の派遣先企業は低賃金で派遣を受けているからメリットがあるが、さらに二重に派遣してもまだメリットがあるということである。派遣にメリットがあるということは本来労働者が得べかりし賃金がどれだけピンはねされているかということである。さらにひどいのは「日雇い派遣」。「日雇い」で雇用するのだから、そのつど解雇。それでも手数料というピンはねは行われる。こうなると低賃金の労働者の血を吸う吸血鬼のような存在である。日雇い派遣を違法とすることは検討されているが、こんなことを決めるのに世論を考える必要があるのだろうか。ここでの世論とは、日雇い派遣を違法とすることに反対している派遣業者のことである。

派遣法の成立した1985年とは、日本産業が空洞化していると言われた「バブル経済」前夜のことである。人件費が高いから企業収益が圧迫されていると言われた。企業収益が圧迫されているなら、合理化や近代化を進めなければならない。人件費が高いと言われながら労賃をピンはねするような派遣業がなぜ認められるのだろうか。以後20年、派遣どころかアルバイトすらままならない社会になって、就職氷河期と言われるようになった。今や就労弱者は踏みつけにするのが当たり前のような格差社会。人間が生きていく上で最低限必要な就労。成人に達したら就労することは社会的な義務であり、基本的な人権の一つである。その基本的な人権を人質にとって、ピンはねを業務にするなど、人道に反すると言って差し支えない。「自由主義」経済という名のもとに、他人を搾取したり不幸にする業務まで自由だとする社会は許せない。「日雇い派遣」だけでなく、あらゆる派遣業を違法化せよ。専門職派遣が必要ならハローワークなり政府直営でやりなさい。

2008.07.4.

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