直言曲言 第133回 「寡黙な胎児たち」
彼らは四囲を閉ざした密室を聖域と決めた胎児である
既に過剰なロゴス(ことば)を身に付け
胎児というには成熟した肉体を持ち
ただし筋肉はあくまでも脆弱で
自らの足で歩く意志を持たず
生き延びるだけの食欲は維持している
言葉は音声としては発せられず
ただ呪文のごとく声帯をわずかに振るわせるだけ
周囲から発せられる言葉は ただ饒舌に
自らの人生を生きよと懇願するが
遠い潮騒のように彼らの心には届かない
心は針のように尖った怨嗟のバリケード
時をやり過ごすためだけに電子遊戯(ゲーム)にふけり
対話ではない対語(チャット)や独白(メール)に時を費やす
大人たちの言葉は余りにも見え透いていて
愚にもつかぬ仮象の価値(金)に膝まづかせ
汗まみれの虚構に取り込もうとする甘言には耳を塞げ
ただ無為の仮想遊戯こそ 信じるに足る時間の円環
ひたすらに時間の海を遡行し生まれいずる昔へ 回帰を願う
大人たちの築き上げた王国は
明るい光や豊饒の富に満ちているが
力を誇示する傲慢な戦士と狡猾な商人たちに占拠され
囲い込まれた孵卵器(インキュベータ)の中の暗闘を彼らは拒絶する
戦士と商人に育て上げようとする大人たちの陰謀を唾棄する
ただ無間の闇に還ることこそ彼らを生みし邪悪への復讐であり
ひたすら不毛の聖域を耕さんとしている
やがて黒彌撒(ミサ)儀式のように夜毎 呪詛の声聴こえ
妄想・幻聴 至り来て昼夜の隔て定かならず
問い来る人は悪魔にて 震える胸はさらに閉じ
幽鬼のごとき様となる
悔い改めるは人の世の制度(システム)ならわし(慣行)生きる様
人と人とを競わさせ敵対させる世のならい
わが子を人の上に立て栄華の道を歩ませて
見下げるさせるが人生か 実(げ)にあさましき親の欲
貧しき時代は日々の糧 飢えを癒すも得難(えがて)にし
競い戦い 野の命 奪い殺すも神 許せしが
豊饒社会巡り来て 尚奪い合う 人の性
地球滅ぼすほどにして 神の怒りもむべにして
遣わせし人形(ひとがた)の 胎児こそなれ引きこもり
彼 生来の柔和にて 人傷つける勇雄(いさお)なし
競い戦うほどなれば 聖域に隠れ引きこもる
親は扱う術知らず わが幼き日思い出し
親に言われし 言の葉を並べ押し付け掻き口説く
曰くこの世は 金すべて 学び競いて身を挙げて
親を助けて 孝をなし 安心立命 身の本分
されど 胎児の眼(まなこ)には 家あり食あり家族あり
競い争い傷つけて 他人を抑える意味はなし
親はわが身の生き様を 正しきものと思いなし
長い嘆息 吐く息は 命を削る鉄鉋(かんな)
鉋に耐えぬ 若者は 引きこもるしかすべもなし
いかに我利我利亡者とて 拝金主義とて人の親
わが子の苦しみ 常ならず 医者よ薬よ神仏
頼れど 癒えぬ 引きこもり
はたと気づくは 世の穢れ わが越し方の貧しさよ
富は築けど未来なく 家族の絆も頼りなく 当てにするべき人もなし
貧しきものこそ幸いなれ
隣り人こそ 救い主
友の情けと 人の道 競争ならぬ共生の
持続可能な生きる道
選べば解ける 新しき旅立ちの朝 もやい船
船頭はと見れば 誰ならぬ わが子ぞ その名は引きこもり
遣われし人 神の子の 未来を予言させ給う
夕べの寡黙な胎児たち