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直言曲言 第94回 「一発逆転」

By , 2004年4月15日 4:26 PM

9回裏,2死満塁,ボールカウントは2ストライク・3ボール.スコアボードは3対0.阪神対巨人でもよいし,近鉄対ダイエー戦でもよい.バッターボックスにいるのはキミだ.相手チームの応援団はさっきまで「あと,ひとり」コールを繰り返していたが,2ストライクになって「あと,一球」コールに変わった.
相手ピッチャーは好調で完封目前だったが,2死を取ってから急に調子を乱し,連続四球で満塁になった.一発ホームランが出れば,逆転満塁サヨナラホームラン.キミはヒーローになる.最後の一球が投げられた.ボールは高めのカーブ.見送れば完全なボールで四球,押し出しの一点が入る.しかしキミは目をつぶって振り回し,空振り三振,ゲームセット.
『逆転満塁サヨナラホームラン』.こんなこともたまにはある.プロ野球は年間700試合もやっている.年に1度くらい,0.0014試合に1度くらいの確率だ.確かにキミは『可能性』を秘めたバッターだった.しかしチャンスにはいつも一発逆転を狙って大振りして三振.四球を選ぶ選球眼もなく,セーフティバントの練習もしていない.おそらく,今度こんなチャンスがめぐってきたとき,監督は代打を送って,キミを打席に立たせないだろう.
何でこんなに嫌味なバーチャル・ストーリーを書くのか?キミにはもう意味が理解できただろうか? 引きこもりの若者の多くは,こんな一発逆転,起死回生のホームランばかり狙っている人が多い.A君もそんな一人だった.
スポーツ万能,学業も優秀.甲子園を目指すか,国立大学を目指すか?中学時代はそれほど期待された少年だった.でも本人は内心では,スポーツを取るか勉強を取るか悩んでいて,しかも,どちらもいつ他人に追い抜かれるか心配とコンプレックスの塊だった.いつも勝ち負けにこだわり,友人との競争意識に苛〔さいな〕まれ,気が休まる暇がなかった.一流進学高校に入って,中学時代とは一転してクラス仲間がみんな秀才ぞろいであることに驚いた.ふとしたきっかけで不登校になり,ついに中退することになった.引きこもり2年後,大検を取って高卒資格を得た.
しかし,中学時代は勉強などしなくても,成績は常にトップクラス.必死になって受験勉強をするなど,A君のプライドが許さなかった.大学受験は見事に失敗した.さらに1年引きこもって,A君はニュースタート事務局にやってきた.もともと頭脳明晰なA君は,リーダーの言わんとすることはすぐに理解できた.活動に溶け込んだ.
しかし,たくさんの若者の中で,リーダーから横並びの扱いを受けるのが嫌になった.足が遠のいた.大学進学をあきらめて,協同組合の真似事のようなところに参加するのは嫌だった.安い時間給や只同然のボランティアで仕事体験をしたりするのはまっぴらだった.『俺は夢を捨てたのではない』.上昇志向は持ち続けた.貧乏臭いNPO法人などに関わりたくなく,一流企業に就職する夢を持ち,そうでなければ弁護士か公認会計士の資格を取りたかった.一発逆転,サヨナラ満塁ホームランがA君の夢だった.この春もA君は打席に立てなかった.
B子さんという子もいた.  小さいころから絵を描くのが好きだったという.お姉さんは勉強が出来て,4年制大学に進学した.B子さんは美術大学に進学しようとした.小さいころから漫画ばかり書いてきたB子さんは美大入試の実技試験で落ちてしまった.美大受験用の絵画塾に通ったが,翌年もダメだった.引きこもりになった.お母さんに当たるようになった.姉と自分では可愛がられ方が違ったと不満をぶつけた.私は『漫画が好きなら,漫画家に弟子入りするなりして,漫画家を目指せばよい』とアドバイスした.しかしB子さんは,大学受験にこだわった.自分が大学に合格できないのは,父や母が姉ばかり大事にして,自分をないがしろにしたからだと考えていた.絵画塾に通うのも辞めて,まるで父母に対する腹いせにように美大を受け続け,そして落ち続けた.悲惨なる戦いを続けた.
A君も,B子さんも,私が実際に見てきた何人かの人物を重ね合わせて作り上げているので,実在の特定人物ではない.しかし,それだけ同じような人物がたくさんいるということで,引きこもりの典型でもあり,特別な存在ではない.どちらも思い込んだ『夢』を捨てられないという点で共通しており,しかも『夢』に近づくための具体的な努力をしていない.
イチローという野球選手が登場したとき私は驚いた.彼はもちろん一種の天才であり,常人になぞらえるのは無理かも知れない.しかし,彼が,ホームランを連発するのではなく,投げられた速球に対しチョコンとバットを当てて,ヒットを量産してしまう.これは他人にはまねの出来ないくらいの練習を重ねた成果なのだろうと.A君やB子さんも同世代だからイチロー選手を知っているだろう.しかし,どうしてホームランばかり狙ってバットを振り回してしまうのだろう.どうして,彼のように練習を積み上げないで,自分を天才のようにみなして一発逆転を狙い続けるのだろう.どうして,自分の努力不足を棚に上げて,周囲や他人のせいにしてしまうのだろう.
漫画を描くのが好きなのなら,漫画を描き続ければよいのに,どうして美術大学を受けなければならないのだろう?
『戦争』の戦略に『一点突破,全面展開』というのがある.たとえば『革命戦争』においてもこの戦略は用いられる.これは革命というものは,権力が選挙などによって徐々に移行するのではなく,階級間の矛盾が熟成して一挙に権力が打倒され,敵対勢力に取って代わられるという意味で正鵠〔せいこく〕を射ている.だから,戦争術としても敵陣の一点を突破すれば,敵陣は総崩れを起こして,全面的な勢力展開が出来るのである.
引きこもりの若者の多くは『革命論』など知らないのであるが,まるで昔の学生運動家のように,この『一点突破』主義が好きである.大学に入るというのは,ある意味で学業生活の最終的な壁,『敵陣』突破という意味で,捨てられない『夢』なのである.だが大学に入ったら『勝利』が目の前にあると思うのは『錯覚』である.そんなことは,私たちのように一流大学に入学したり,卒業してから引きこもってしまった人を数多く見てきたものにとっては,幻想であることがよく分かる.  9回裏でゲームセットと思っていたら『延長戦』がまだあったのである.
話がややこしくなった.引きこもりからの脱出のためには,一発逆転も一点突破も必要ない.バントヒットが確実に得点につながるのだということを理解しなければならない.そのためには,友達や仲間や後に続く他人を信用しなければならない.自分がホームランを打ってヒーローにならなければ,試合に負けても仕方がないと考える人には,ついに打席が回ってこなくなる.4番バッター一人が野球をやるのではない.

(4月15日)

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