「心理学廃絶の集会」髙橋淳敏
心理学廃絶の集会
一ヶ月くらいヨーロッパを旅している。今はスペインのマドリードからバルセロナへ行く長距離バスに乗っている。ヨーロッパに来たのは高校を卒業した時以来なので30年も前のことで今回は2回目になる。初めて行ったのはEUになった直後、まだユーロが使われる以前のイギリス(2020年EU脱退)だった。今回はフランクフルト、ベルリン、パリ、タルナック、マドリード、バルセロナ、トリノ、マルセイユを訪れていて、今はその途上にいる。いわゆる観光地といったところではなく、知人の家や都市郊外、社会センターや小さな村などに滞在しているので、一つの出来事だけでは、この旅の全容を想像してもらうことが困難だが、マドリードで参加したイベントについて書いてみる。
まず前提として、日本では想像しにくいことだけど、良いとか悪いとかではなく、今回訪れたヨーロッパはいわゆる「社会運動」が盛んである。日常生活(家のことや友人のこと)や、身近な会社(賃労働)や学校(保育)の中だけで、社会は保たれるわけではない。家や職場や学校の中では解決しないとなると、日本では政治の問題にするしかなさそうだが、まずは外の人に訴えようということになる。社会がある。ベルリンではメーデーに参加したが、ものすごい人がいる。運動している人の中には、デモがディズニーランド化してしまったことを嘆く人もいるくらいだが、とにかく裾野が広い。ベルリンに住む人だけでなく、世界中からも参加している。バルセロナでは、火曜日の夜にたまたま参加したデモではあったが、小さな町の一角の立ち退き、ジェントリフィケーションに反対する集まりで、300人くらいは集まっていた。老若男女、さまざまな人種の人たちが、党派も超えて集まる。
そのような集まりがあるなかで、今回私が興味を持ったのが、精神医学や心理学を廃絶しようと呼びかけらた集まりであった。主張はスペイン語で話されたり、書かれたりしているので、詳しく理解できていないことが多く、誤解していることもあると承知してほしいが、引きこもり問題が始まった時からの問題意識と通じていると思い、この旅行中に参加することができて、とても良かった。
前代表の西嶋彰さんが「引きこもりは病気ではない」と言って、精神科医と対話した本を出し、私も心理学に対して批判的に、引きこもり問題を個人化するのではなく社会問題として捉えることに努めてきた。このマドリードであった集まりの問題意識は、あらゆる社会問題における精神医療全般のあり方や社会運動内のカウンセラーたちが、問題解決やその内部でのコミュニケーションを阻害しているという主張だった。精神病院、刑務所、入管、社会運動にセラピストはいらない。実際に精神科医や臨床心理士で、その資格を捨てた人もいる。そして、彼らは不均衡な関係ではなく、共に生きることを目指している。以下は、私がこの集まりに参加するため、なぜ自分がここに来たのかを説明するために、友達にスペイン語で翻訳してもらい、スペイン語で読み上げてもらった文章の日本語原本です。
「ひきこもり」と名指されている人をご存じだろうか?
90年代に発生して以来、大きくなり続けている日本の社会問題である。
引きこもるという動詞を、「ひきこもり」という名詞にしたのは、一人の精神科医であった。その後、日本政府は「ひきこもり」を定義し、準国営放送であるNHKが「ひきこもり」キャンペーンを張った。
「ひきこもり」は治療され、訓練され、教育され、適応できなければ隔離される非社会的な存在として広く認知されるようになった。
「ひきこもり」が問題になったのは、1990年に高度経済成長後のバブルが崩壊した日本経済が背景にある。絶頂に至ったあとの資本主義社会は、前例のない急落を経験し、日本経済は機能不全に陥いるはずだった。だが大企業は保身のために、新規の社員の採用をせずに、非正規雇用者(給料や保障を大幅に下げる雇用)を拡大し、若年労働者を食い物する「就職氷河期」が訪れた。激減した国内需要の中で、物質的な充足を維持するために、無産者を作り出し社会的に排除することで、日本経済は延命された。狭く激しい被雇用者競争の中で若者たちは分断され、傷つく人が後を絶たなかった。
この時、就職が困難だった世代は「ロストジェネレーション」と呼ばれた。そして、以後30年は「失われた時代」と呼ばれることになった。彼らの時代を最後に学校では、「校内暴力(権力者に対するレジスタンス)」から、「いじめ(弱いものが弱いものを叩く暴力)」へと社会構造が変化し、「登校拒否(積極的選択)」者から、「不登校(消極的選択)」者へと言葉は変わっていった。失われた世代はこれら共通のトラウマを持っている。
就職できなかった人に限らず、「過労死(死ぬまで働かされる)」と言われ自死に至る前に労働から離脱する人、学校に行かなくなった人たちも「自己責任」という言葉で、個人の問題へと責任は転嫁された。弱いものが弱いものをいじめる社会構造の問題を、このろくでもない社会に個人を適応させることが「支援」とされ、若者は「病者」や「障害者」や「不適応者」とされた。行政支援や行政による福祉に金が投じられ、見当外れの「支援」が肥大していった。それにより人の力が奪われ、社会に適応させられ、従属させられることによって、ろくでもない社会だけが強化されるに至った。個人が社会に復帰することを日本では「社会復帰」と言うが、それは間違えている。復帰すべるべき、やることは資本主義社会や国家主義が極まったあとに失墜を経験した私たちの自治である。
そして、間違った社会に個人を復帰させるエージェントとして精神科医や臨床心理士は誕生した。高度経済成長の崩壊直後の1995年阪神淡路大震災のあと、震災のトラウマで苦しむ人たちに対し、政府は臨床心理士などを使って「心のケア」という政策を推し勧めた。それは「心のノート」という形で全国の学校にも道徳の授業の一環で普及もした。災害ユートピアの中で、相互扶助や自治が行われていたそのところに、政府のエージェントたちは派遣され、被災者たちを助ける顔をして現れ、被災者同士のケアや自治をそれぞれの経験として破壊した。すでに弱まっていた学生の自治もとどめを刺されるようにして消失した。以降、精神科医は山地の病院に隔離した「患者」を放置し、彼ら「専門家」だけが町へと降りてきて、駅前や公共施設や学校にクリニックやカウンセリングルームを開設する。その光景は、山の上の牢獄にいた看守が、町中に解き放たれたようでもある。
私たちの人生はいついかなる時も、この専門家エージェントたちに捕捉されるかもわからない危機にある。しかも、家族や自らの告発によって。関係を断たれ、自信を失わされ、力はそがれる。私たちは自らで関係を作り直し、自信を取り戻し、ケアをし合おう。今ここにあるコミュニケーションだけが、永遠に生き続けるのだ。
2026年5月14日 髙橋淳敏
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