NPO法人 ニュースタート事務局関西

「私は音楽が好きだ。」髙橋淳敏

By , 2026年4月18日 5:00 PM

私は音楽が好きだ。

 私は音楽が好きだ。好きな音楽に関わりたいので、ギターを弾いた時期もあった。でも能動的ということで考えても、今のようにインターネットやパソコンもない頃に、CDを買い集めていた時期が、もっとも音楽との関りが強かったように思う。昼ごはんにもらった小遣いをケチって、小銭をためて住んでいた郊外から都市部へと出てCDショップを巡り、何十枚はある候補から検討を重ね、目ぼしいものを買って帰った。今のように、事前に曲を聞くことがほとんどできなかったので、音楽雑誌のレビューをむさぼるようにして読み、この評者がそう言っているのならとか、このアーティストが評価するならとか、高校までに読んだ文章の多くが音楽雑誌だったのではないかと思うくらい、買えるCDも限られているので、今思うとゴシップ記事みたいなところも多かったが読むことも楽しかった。今のように、一曲を買うというよりも、アルバムとして買う意識が高かった。アーティストもアルバムとして製作し、評価もアルバムとしてすることが多かった。曲順とか構成、アルバム全体を通してのコンセプトとか。ジャケ買い(アルバムの表紙をみて買う)という言葉も流行って、私はあまりそういう買い方はしなかったが、金がある人ならそうやって買う人の気持ちは分かった。CDアルバムとして一つの作品であったし、思い出に残っている曲も多いが、アルバムという括りで思い出すことも多い。友だちも音楽とのつながりが深かった。好きなアーティストやアルバムについて話し合ったり、一緒にCDを買いに出かけたり、自らバンドを組んだこともあった。親が家にいない時に友達を呼んで、それぞれが楽器を片手に合宿をしたこともあった。その時は、バンドメンバーの何人かが、ローリングストーンズにハマっていた。同じ曲が好きなことは、この世の中に対する見方がどこか共通しているようなところがあった。自分の好きな曲だけを、カセットテープに入れて、曲を入れた思いなんかを曲紹介と共に文章にして、自分のベスト盤テープ作り、友達と交換し合った時もあって、それは最高に楽しかった。美味しいと思うものを人と分けるように、好きな作品を分け合った。自分のことを知ってもらうためにもテープを編集し、交換した友だちのテープを聞くことは新しい音楽との出会いでもあり、友達を知ることでもあった。そうやって音楽を聴くことが、私にとっては演奏するのとはまた違って、音楽に対する能動的な行為であった。

 私が実家を出て、少し音楽から離れたというか、直前によく聞いていたロックなんかに飽きて好みが変わった頃に、街中のどこへ行ってもビートルズの曲が流れている時期があった。BGMといったらいいのか、店に入ると流れている曲の体感として半分くらいはビートルズが流れていた。有線放送なんかが流行った時期だったのか、たぶんビートルズが24時間流れ続けているチャンネルがあって、店としては無難に再生していたのかもしれない。私はそれがとても気になって、ビートルズは嫌いではなかったが、BGMとして聞くのが嫌になった。同行していた人があれば、そのことを伝えることはあったが、他の人はあまり気にしていないようであった。学校で掃除の時間やら下校の時間やらに、必ず流れるクラッシック音楽(今もあるのか知らないが)のようにも聞こえた。今でもあるクラッシック音楽を聞くと条件反射的に掃除の時間を思い出す。しまいには、ビートルズが流れているから入るのをやめる店もあった。音楽が好きということは、なんでも良いというのではなく、むしろ聴くことを押しつけられるのは、人よりも嫌なことでもある。少し飛躍するようではあるが、街中にあふれるBGMのように、家庭の中で流れている曲のようなもの、実際に曲が流れているのではないが、ムードみたいなものが私には聞こえていた。能動的に聴くのではないが、ずっと背景に流れているような「学校は行かないより行った方がいいとか」「金を稼ぐ奴が偉いとか」「楽で自由な方が良いとか」良くも、ほとんどの場合は子にとっては悪いものだが社会の規範のようであり、親の価値観のようで、実際に言葉として出されることは少なかったが、ずっと生活の背景で流れている曲のようなものとして、私には聞こえていた。街中でずっと流れているビートルズのように、その曲自体は悪くもないわけだが、聴く気もないのに四六時中聞かされているのは嫌であった。今から思うと、私はその家庭の雰囲気に抗いたくて、自分の部屋で音楽を聴いていたと思う。そして時には大声で歌ったり、奇声を上げることもあった。

 私は実家にいたとき、よく音楽を聞いていた。それは家や世間に流れているBGMから逃れるためであった。部屋の中で、静かにしていると、そのBGMと向き合わなくてはならなかった。閉じられた部屋にも、静寂や沈黙はなかった。世間体とか普通なら、常識とか、このままいけばとか、将来とか、過去の経験も。親の生活のリズム、家の人が出す物音や足音のビート、家の中でずっとループされている曲があって、それを回避するために音楽を聴く能動的な行為があった。私は解放的なパンクスを好んだが、破壊的かつ抑圧的でもあるハードロックやヘビメタなんかを、大音量で聴いていた人の気持ちも分からないではなかった。友達には少なかったが、少なからず交流があった人もあって、今思うと彼らの多くは自らを律していたのではなかったかと、とてもまじめな人が多かったように思う。自分がどこにどのようにして住んでいるかによって、好みの音楽が変わるのは、その生活におけるBGMが変わったりすることによるのではないかと、勝手に思っている。引きこもることは、家庭や社会に流れるBGMをずっと聞かされ続けていることに等しいのではないか。それでいて部屋に居続けるということは、音楽がそれほど好きではない人でも、聞き続けていることはとても厳しいことであるように私は自分のことのように感じている。そのBGMであるボリュームも年々小さくなっているとは思えない。行きたくもないのに「学校へ行け」など言葉に出されることは少なくなったが、引きこもっていてはいけないとか将来こうあるべきなどの価値観というかBGMのボリュームはむしろ大きくなっている気はする。私は音楽を聴くという行為と同じく、周りには受動的に思われても、引きこもるという行為そのものは能動的と考えているが、家や社会に流れる雰囲気に支配されてしまっては、引きこもる行為がただの慣性的な運動に留まってしまうと考えている。

地球上のある点に居続けるだけでも、人にとっては地球が超高速で自転や公転をし続けているので、とても大変な慣性的な運動を私たちは余儀なくされている。その他、気圧やあらゆる物質的な自然や人間が引きこした刺激も、居ながらにして受け続ける。現代的で心理的なプレッシャーもそうだが。そこで慣性的な運動、それを電車に乗って倒れないように踏ん張っているような受動的な行為としてもいいのかもしれないが、身体が生きている限り、いや物体となっても私たちは応答し続けている。だが、引きこもるという行為は、社会からの撤退のように、もう一つ別の次元のような人の行為として、捉えられる。意思があるのか、ないのか、選択したのか、選択していないのかに関わらず、能動的な行為としてある点に居続ける。私は「支援者」として、引きこもる行為を支援する。それは放っておくことではなく、私が音楽を聴くように、その人が引きこもる行為を通じて解放され、自ら選びとった行為を私は支持する。そして、あわよくば、この引きこもる行為を深化させてもらいたい。今のこんな世の中は、私たちが選び取ったものではない。それを受けている一方では、どうやったって気が滅入ってくる。BGMは聞こえない方がいいし、聞こえない場所へ出ていければいいけど、そこで音楽を聴くのも楽しい。今はレコードで聴くことをお勧めする。私が一番好きな音楽というのは、静かな曲というのではないが、静寂や沈黙に近い。まあ、ここからの話しは好きな人ならば、またいつか会った時にでも語りましょう。

2026年4月18日 髙橋淳敏

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