直言曲言 第93回 「高槻ブラリ散歩」
ニュースタート事務局関西の事務所は高槻市富田町にある.JR摂津富田駅や阪急富田駅から徒歩で数分の便利なところである.先日大阪市内で開かれた『引きこもり』支援機関の『合同説明会』に参加したとき,奇妙な感覚に捉われた.参加者の多くが事務局の所在地を聞くのだ.<高槻市>と聞いて「ああ,近いですね」という人もいれば「ああ,そうですか」と明らかに落胆する人もいる.確かに北摂以外の大阪近郊に住んでいる人からすれば,高槻はそれほどなじみのある街ではなく,「遠い街」「知らない街」という感じが強いのかも知れない.
大阪市内で「引きこもりを考える会」の例会を毎月開き,それへの参加を契機にして高槻市内の会合(鍋の会など)に参加してくれる多くの人がいる私たちにすれば,高槻市がそれほどローカルな場所という意識がなかった.私たちは,以前は京都市内で鍋の会を開き,大阪市内で例会を開いている.高槻は京都と大阪の真ん中.それに九州や四国や中国地方からの参加者も少なくない.ローカルな街という意識はあまりなかった.これも主観主義といえば主観主義である.
高槻市の人口は約35万人.京都と大阪の中間のいわゆるベッドタウンである.昨年「地方中核都市」になった.別に高槻市に肩入れするわけでもないが,JR高槻駅の近くには二つの百貨店があり,関西系の大手スーパーマーケットはいくつもショッピングセンターを展開しており,図書館は市内に4箇所.山手には関西大学や大阪薬科大学などがあり,単なるローカル都市ではない,なかなかの『文化都市』でもある.実はニュースタート関西の拠点を高槻市内に置いたのは,単に代表である私が高槻市内に住んでいるからであるが,別に権力を乱用したとも,我田引水をしたとも思っていない.
高槻市内には既に25年ほど住んでいるのだが数年前までは大阪市内の会社に通勤していたので,正直言って余り『地元』意識はなかった.最近になってニュースタートの拠点が急に4箇所も増えて,自宅を含めた5箇所を毎日のように自転車で走り回ることになり,街の隅々を探検することになり,高槻というこの街が好きになった.
一番頻繁に自転車で走るのは富田駅にある事務所と,阪急高槻駅から近い高槻城跡公園近くの土橋町にあるカラオケ喫茶(有希乃)のコースである.カラオケ喫茶は今年になってからニュースタートが経営しており,斯く言う私がマスターを務めている.17時からの営業でニュースターの名を出していただければ 1000円でアルコール,突き出し付きでカラオケ歌い放題である.
この両区間は自転車でおよそ15分だが,間に二つの川が流れており,橋で横切る時かなりのアップダウンがあり結構苦労する.川の一つは芥川(あくたがわ)であり,こちらは市北部の摂津峡から流れ出て淀川に流入する.市の中心部では川幅も広く,桜並木が美しい.花見の名所もある.
もう一つの川は如是川(にょぜがわ).芥川よりは富田寄りで,高槻市内の山中・奈佐原辺りから流れ出て,淀川合流点の手前で芥川に流れ込む.こちらは短い川だが流れは蛇行しており天井川である.土手沿いを走ると,流れは5メートル以上も下を流れているのだが,土手の反対側の下の住宅地はもっと低く,急な坂を上がることになる.
高槻市は市内の北部,東部にかけて北摂の山並みが連なり西側を流れる淀川にかけてはなだらかに平地が広がるのだが,山地と淀川の距離が短いので北摂の山に大雨が降るとこの芥川や如是川は一挙に増水する.天井川の如是川の土手を高くしているのも昭和20年代に起こった淀川合流点付近での洪水の教訓らしい.今,如是川堤には黄色い菜の花が群生している.
私たちニュースタートの若い仲間たちが共同生活をしている寮の所在地は,高槻市東五百住という町名である.『五百住』と書いて「よすみ」という.昔この辺りには五百世帯ほどの集落があったという.当然,その頃は農村集落であり,芥川や如是川の水利を活かした豊かな農村地帯であった.今どき500世帯といえばちょっとした団地やマンション群だけでもその程度であるが,田畑の中に点在する500戸といえばかなり広い地域で,現在の行政では東五百住と西五百住の2つの町に区分されている.西五百住は富田地区の市街地というか,住宅密集地であるが,東五百住は如是川流域にあり,西に比べると家の建つ密度もやや低く,街の景色にも『田舎』の風情が残っている.
ニースタートの寮のある辺りは,高槻市内でも遅くまで開発から取り残された地域である.1980年代後半,バブル経済の中の土地ブームで,この辺りにも開発の波が及んだのだが,その後のバブル崩壊で開発から取り残された.そのせいか,都市計画が整備されていず,道路も狭く,芥川,如是川の二つの河川,JRと阪急の二つの鉄道に囲まれていて,実際には摂津富田の駅からはそれほど離れていないのだが,交通は不便.おかげで田舎の風情が残されている.
喫茶フェルマータは,よすみ共同生活寮の向いに立つNPO法人フェルマータが経営する瀟洒〔しょうしゃ〕な2階建てである.寮生たちは毎日三食,このフェルマータで用意される食事を取ることが出来る.開発が遅れた地域であり,この辺りには商店らしいものは見当たらず,付近に目立ち始めたマンションや戸建住宅の住民達もこの新しい喫茶店の出現を喜び,昼間は寮生たちに混じって近所のヤングママが子連れでやってきてコーヒーや食事を楽しんでいる.
このフェルマータからポツポツと建ち始めた家並みや田畑を迂回する道を東へ行くと,地名は津の江に変わる.如是川を渡る幹線道路から見ても一段低いところにあり,地名通りのような低湿地をイメージする町だが,一部は住宅密集地で庶民的な町である.「たこ一」というマーケットがあり,いつも賑わっていて安い.鍋の会の買い物はたいていこの店ですることになっている.
西へ行くと摂津富田駅方面であるが,この道は一言で説明できない.鍋の会に初めて参加する人には,所在地を聞かれても説明できず,地図にも描けないので,いつも摂津富田駅の改札口で待ち合わせをし,会場のフェルマータまでご案内することにしている.都市計画道路のような真っ直ぐな道が通っていないので何回も何回も,目印もないような道を曲がりくねって歩くことになる.最近のご案内役は私ではなく,若い人が担当してくれている.帰りには,道を覚えて欲しいので比較的分かりやすい道を案内している.松下電工の工場の塀際の道は途中まで一本道で分かりやすい.つい先日までの4月上旬には桜並木が満開で,この道も素晴らしい.でも私はこの道をあまり通らずくねくねと曲がる住宅地を抜けていく.曲がりくねった道で,近所の住人の車以外は通らないから,歩きやすい.子ども達も安心して遊んでいる.町並みは,豪邸などはなくほとんどが小さな一戸建てで,庭も狭いが玄関先には皆,プランターを並べて草花を育てている.今どきはどこの家も,桜草が満開である.私はこの草花を観賞しながら自転車で通り抜けるのが好きなのだ.
摂津富田駅に近くなると,家のスケールが少し大きくなる.古くから建っていた家だから敷地も広い.フェルマータに近いところは,最近家が建ち始めている.30坪弱のようなミニ開発が中心である.中には古くから建っていた農家も混じっていて,こちらは贅沢で広々とした造りである.途中には何軒かのお寺もあり,歴史を感じさせる.鍋の会の帰りには,最短コースを歩くのでなく,こんな町中の道を少し迷いながら散歩をして欲しい.
さっき説明した摂津富田駅からフェルマータに歩く道で,松下電工脇の桜並木の道を真っ直ぐ行くと途中で例の如是川にぶつかる.摂津富田側から来て如是川で左折し,国道171号線を越えてさらに川沿いに200メートルほど行くと大きなマンションがある.高槻市宮田町のメイツ高槻,この7階にあるのが4LDKの高槻ドミトリー(居室,ルーフバルコニーなどを含めて180㎡以上)の広々とした絶景のマンションである.現在若者3人が入居しているが,体験宿泊や様々な行事にも使われている.夏には花火鑑賞会も開かれる.高槻ドミトリーを出て,如是川沿いに少し遡ると今城塚古墳があり,鬱蒼とした緑に蔽われている.発掘調査が続けられているが継体天皇稜ではないかと言われている.
ところで最初の話であるが,高槻を『遠い』と感じた人たちへ.引きこもり解決を願うのなら,身近で最短距離の相談機関を探すというのは少し変ではないだろうか?何かにつけて,スピードと効率を尊重する社会.そんな風潮が引きこもりを助長している.地図でも片手に高槻市内を一日ブラリと散歩でもして見ませんか?
(4月15日)