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直言曲言 第91回 「引きこもりたちへ(第二段階の引きこもり)」

By , 2004年3月11日 4:19 PM

私のこの『直言曲言』なる連載コラムを掲載していただいている『ニュースタート事務局関西』のホームページが開設されたのは2001年2月15日.ところが『直言曲言』の第1回は2001年2月6日の日付になっている.管理人のS.O.さんにお尋ねすればご記憶なのかもしれないが,私にはもうその前後関係の記憶は定かではない.いずれにしてもこれまでに90回以上この『直言曲言』を書き続けてきていることになる.
ニュースタート事務局関西の『大学生の不登校と若者の引きこもりを考える会』は1998年10月の第1回例会から始まっており,それから2年4ヶ月が経過した頃に,このコラムの連載を始めたことになる.例会を始めた頃,不登校問題についても引きこもり問題についても,私たち自身手探りであり,『引きこもり支援』などと偉そうに名乗れる状況ではなかった.文字通り『考える会』であった.
ところが2年4ヶ月もこの活動を続けてくると,引きこもりを生み出す社会背景が鮮明に見えてくるし,『これはひょっとしてこういう原因があって,こんな風になるのではないか?』というように,幾つもの『仮説』を立てて,現実に参加される相談者の事例に当てはめて考え,検証していくと,ほとんどそれを実証することができた.しかも,それはすべての事例に当てはまるとは言えないとしても,いくつかのパターンに分類されて,引きこもり事例のほとんどに共通する背景であることが分かってきた.
一方,次々に参加される新しい相談者たちには,こうした社会的な背景が見えていらっしゃらない.つまりは,なぜ引きこもったのかの原因が見えていない.なぜ引きこもったのかが分からなければ,どうしたら引きこもりから脱出させられるかも分からないのが当然である.
今では,全国に多数の引きこもり支援団体があって,不快だが『業界』などという言葉も存在するらしい.しかし,その『業界』では相談者に対して『私たち専門家にお任せなさい』という言葉で接するのが一般的であって,経験の結果得られた『特殊技術』で引きこもりからの脱出を支援しているかのように振舞っている.私たちのニュースタート事務局の中にもそのような『特殊技術』が存在するかのような誤解がないとはいえないのが実情である.
『直言曲言』なるコラムを書き始めたのも『引きこもり』が特殊な病気ではなく,われわれが日常的に接しているこの社会の歪みこそがその背景であり,その歪みは学校や企業社会や家族システムの中にも蔓延しているのだということをお知らせしたかったからである.いわば,その歪みをひとつひとつ取り除いていけば引きこもりから必ず脱出できると確信し始めたのである.
最初の頃の『直言曲言』は,引きこもりの若者そのものに呼びかけるつもりで書いていた.さまざまな社会現象を取り上げ,その社会現象をどのような視点で捉えることによって,社会の歪みが見えてくるかというような『啓発』的な社会批評であった.しかし,書き続けている内に,引きこもり問題で一番悩んでいるのは,引きこもり本人ではなくて,むしろ家族(親)であることが見えてきた.また,引きこもり本人達は,まさに引きこもっているが故に,私たちから直接には不可視の存在であって,私の呼びかけにも答えてくれない.せいぜいが,その頃から既に集まり始めていた若者サポーターたちがときおり寄せてくれる共感だけが,私にとっての『頼り』であった.
個々の若者が引きこもった直接の背景には関係がなくても,若者の引きこもりを容認してしまい,引きこもりに安住させてしまっているのは親であることが見えてきた.引きこもりから脱出するためには,むろん本人自身が行動を起こさなければならないが,現実には引きこもっている若者は,社会との接触を持っていないのだから,家族がその第一の行動の機会を提供しなければ,動き出せない.
そうしたことに気付いてから,私はむしろ『直言曲言』による呼びかけの対象を,引きこもりの人の親を中心にするように切り替えた.これまでに書いてきた『直言曲言』は,いちいち『親向け』『本人向け』などとは分類していないし,中には自問自答のような戯言も含まれている.しかし,多くは自分と同時代を生きてきたはずの親世代を読者として念頭において来たような気がする.
しかし最近になって,もう一度引きこもりである若者の世代に向けて直接語りかけていく必要性を痛感している.それはいわば,引きこもりの二重構造ともいうべき,第二段階の引きこもりの固定化現象が見られるからである.
真性引きこもりとも言うべき,自宅に閉じこもって,一切の社会的接触を持たない層には,親を通じて働きかけていくしかない.こうして引っ張り出された引きこもりたちの数は少なくない.他方で,インターネットや口(くち)コミなどを通じて,自力でニュースタート事務局の活動に接近してきた若者も次第に増えている.
どちらも,一定期間が過ぎると見分けがつかなくなる.つまり,ニュースタート事務局関西で言っている3つの目標『①友達づくりと対人恐怖の克服,②親からの自立,③社会参加』のうち①はクリアーできている.②と③は未だであり,中にははなからそんな目標を意識していないかのように,第二段階の引きこもりに固定化し始めているのである.つまり,ニュースタート事務局関西で言えば『鍋の会』や『若者の会』などの活動には参加するが,依然として親に依存した生活に安住しており,社会参加への道を探ろうとはしていないのである.「していない」と断言するのが言いすぎだとすれば,その課題に直面する段階で,思考停止状態になっており,前にも後ろにも進んでいないのである.
これは,第一段階の引きこもりが,思春期段階で社会参加(就労)イメージが確立できずに,引きこもり(逃避,冬眠)状態になったのと同様に,『①友達』はできたが,②や③の壁を乗り越えられず,『集団冬眠』に陥ってしまっているのである.
これには当然『支援団体』である私たちニュースタート事務局自身の責任も大いにある.②や③のプログラムの提示が十分なため,そこに踏み出すことが出来ないのである.②については,その解決法の一つが『共同生活寮』への入寮だとすれば,親の経済的負担の問題がある.しかし②を飛び越して,③の課題に挑戦することは出来る.『②親からの自立』は引きこもり時代の親への甘えを断ち切るためのステップストーンであり,精神的に自立できさえすればそれでよいし,観察によれば精神的に自立しようとする人は,共同生活寮への入寮を選んでいるように見える.
『③社会参加』は家族や友達という人間としての一次集団,二次集団から社会という三次集団に向けて自己組織化していく過程である.つまりは社会組織に自己を適応させていくプロセスであり,必ず自分にとっての何らかの苦痛や負担をともなう.ニュースタート事務局関西では,NSワーカーズやワーカーズコレクティブ・サポートセンター(NPO)への参加を呼びかけ,入会金(事業資金の積み立て)の負担やボランティアあるいは低賃金労働による事業確立段階への参加を呼びかけている.ニュースタート事務局千葉では『仕事体験塾』として様々な職種での体験労働のシステムを提供している.もちろん無償労働であり,『体験先』に教育費用をお支払いする場合もある.関西での『農業体験』も同様のシステムで運営されている.もちろん,無償であり,むしろ食費その他の運営費の負担もあり,苦痛をともなう労働でもある.
第二段階の引きこもり固定化層は,こうした自己組織化に向けた負担や苦痛を拒否し,友達集団のマイナスの連帯意識に依存し,ぶらさがりと相互依存に固定化してしまう層である.そこを突破できない限り,真に自立した人間集団への参加は閉ざされている.引きこもりからの脱出は,誰かの特殊技術によって魔法のように『助けられる』安易な道ではない.

(3月11日)

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