直言曲言 第77回 「『反抗期』と『家出』」
人間には『反抗期』というものがある.いや,おそらくすべての生き物には『反抗期』があると考えられる.少なくとも哺乳動物は幼少期には親に育てられるが,成長すると親から離れて自立の道を探る.親や周囲の年長者に反抗して,自立の時期を確かめるのが反抗期である.一部の哺乳類は集団生活を営むが,特に成長したオスは集団のボスに戦いを挑んだ末に,群れを離れるのが一般的である.
人間のように社会性が発達し,『家』というものが子孫繁栄のツールとして肥大化した機能を果たすようになると,『家』離れをしないまま親子3代同居などと,おそらく動物本来の習性とは異なる文化を習得することもある.『家』があり,『集落』ができて,『村』が形成される.往々にして一族が集住する.一族にも階層ができて,生産力にも格差が出来る.同属の婚姻を避けるために,他の村から嫁を取ったりする.若い傍系のオスは『家』を離れたりするが,これも一種の『反抗』であり,一族の衰微を避けるための本能的な知恵であろう.
『親』から離れようとするのは動物に限らない.山に木の芽が生え,やがて芽が成長し大木になり森を形成する.木は花をつけ,実をなし,種子を落とす.しかし,親の大木の足元に種を落としたのでは育つことは出来ない.風に乗って大空を舞い,できるだけ親から離れた大地に飛ぶ.アレルギー性鼻炎の元だというスギ花粉も,そんな生き物の営みの結果である.美味しい木の実をつけ,サルなどの小動物の体内を経て移動する生命もある.大木に限らず,苺のような果実も同じである.ある年に実をつけた苺は,夏にランナーという蔓を延ばして,親の育った地から出来るだけ離れて根付こうとする.親と同じ地に育ったのでは,栄養分の枯渇や連作障害など,さまざまな不都合が起きることを本能的に知っているのだろう.
人間はどうだろうか? 生産力が相対的に低下した農村を捨てて,都市の工業生産力は人口の大移動を促した.同時に『大家族』を解体して,『核家族』を生み出した.ある意味で生産力の再編成であり,疲弊した古い家族形態(封建的家父長制)を解体し,民主的(男女同権)で豊か(高収入少子化)で仲の良い家族形態である.
しかし,永い人間と家族の歴史の中で高々4~50年のうちに形成された『核家族』は『危機』に対処するシステムを内包していなかった.ひとつは高度経済成長の中での稼ぎ手(多くは戸籍筆頭者,父親)の企業戦士化であり,核家族はその最大の求心力を失った.急激な人口移動と生活の変化の中で,コミュニティは解体され,核家族は『自閉する家族』となって孤立した.最後は『家』の継承システムの不在と経験の不在である.自分達は農村の大家族を解体して,核家族を形成する主体となったが,その核家族は当然少子化で,合計特殊出生率は既に1.4を下回っている.出生率は2.1を維持しないと長期的には人口が消滅に向かう.子どもは家を離れる本能を刺激されるどころか,継承者とし尊重され,家に縛り付けられている.
子どもは個人の資質以前に,『反抗』して『自立』に向かうことを予め抑制されているのである.『パラサイト・シングル』などとまるで,自立無能力者のように貶され,非難されているのは実は親たちが子どもの自立を真に望んでいないことの結果に過ぎない.だから『パラサイト・シングル』の実態は無責任な若者達ではなく,親思いで,真面目な優等生達の群像なのである.
地域的な結合を持たない核家族の集合体としての現在の社会は,過渡的な社会形態であり,その永続を保証するさまざまなシステムが欠落している.反抗期を迎えているのに,親や大人たちに反抗することを抑制している若者達も,やがて,生き物として親に従属し,依存し続けていることの困難性,反摂理性に目覚める.親の経済力に依存することによって,自分自身の社会性の獲得が犠牲になっていることに気付くのである.パラサイト・シングルも若者の非婚化,晩婚化もすべて自立の遅延であり,フリーター化や求人率の低下もすべて大人世代が若者達に押し付けた世代間敵対矛盾の現れである.今,現在の現象だけでなく,年金などの社会保障システムの崩壊,地球の温暖化まですべて次世代にツケがまわされた世界的規模での世代間の不良債権の押し付けである.
遅まきながら,上の世代へ『反抗』に目覚めた若者は良い.『遅れてきた反抗期』『遅れてきた思春期』を取り戻すべきである.ところが『反抗』するエネルギー,本能をまで奪い取られた若者は『引きこもり』という負の反抗を選び取らざるを得ない.親にあくまで『依存』することによって,社会から遠ざかり,社会から『離反』することによって,親を含む大人世代を慌てさせるという,まさに『捨て身』の反抗に打って出ているのである.
『そんな回りくどいことはやめろ!』私は言いたい.
親たちが抱え込んでいる僅かな財産,それは20年~40年働いて貯めこんで,バブルで増やしたか,減らしたかしながら,後生大事に守ってきた財産だが,そんなみみっちい財産を当て込んで,一生その財産を食いつぶしながら,みみっちい『復讐』を果たそうなんて!若者には若者の未来がある.
若者達の『特権』は『親を捨てる』ことである.徹底的に『反抗』するためには『家出』がまず必要である.親の希望する『学校』や『進路』を拒絶するなど,甘っちょろいにもほどがある.親が後生大事に守ってきたのは『家』である.昔は親たちも,その親の『家』を捨てて自立を目指したのである.自分達が作った『家』は捨てるべきものではなく,守りきるべきものだと考えている.親の財産など奪い取れるだけ,奪い取って『家』を捨てるべきである.それが若者の特権であり,若者の活力を奪い返すための唯一の道である.
酒鬼薔薇君,西鉄バスジャック事件の少年,今度の12歳の中学生君….あなた方の行為は支持できないが,あなた方の心情はよく理解する.透明に近い存在にさせられてしまったあなた方.自分というエネルギーを捨て,親や社会の言いなりになろうとして,なりきれなかった君たち.君たちは元々透明なんかではない.君たちは君たちの色を主張すればよかった.みんな『家』と『親』から離れられなかった.君たちの親を非難する世間の大人たちも,君たちの親よりも少し頑丈な『檻』に,子ども達を閉じ込めているだけだ.馬鹿な政治家が『檻』の鍵を掛け忘れた親を非難し『市中引き回しの上,打ち首』などと寝言を言っている.
君たちは『引きこもっている』つもりかもしれないが,現実には動物園の獣のように『檻』に閉じ込められているのだ.『檻』を破れ!動物園を抜け出すのだ!犯罪者や落ちこぼれにならないためには,その際,3年分くらいの食い扶持は動物園から盗み出せ!遺産相続の代わり,生前贈与だと思えば,親も許すだろう.
動物園(『家』)の主たちも君たちの処遇に困っている.下手をすると,君たちが狂ってしまったことにして,病院に閉じ込め,薬殺処分にされてしまいかねないぞ!
(7月17日)