NPO法人 ニュースタート事務局関西

直言曲言 第74回 「ダブル バインド (アトピーとひきこもり)」

By , 2003年6月20日 3:27 PM

引きこもりの心を開く鍵は,たいてダブルバインドで二重にロックされている.一つ目の鍵穴は見つかりやすいのだが,ほとんどが偽装的なもので,むしろ本当の原因を隠す役割を果たしているものが多い.この,見つかりやすい方の心の傷は,パーソナルなものであり,従って個人個人によって異なる.
と言っても『千差万別』というほど種類があるわけでなく,私が遭遇した数百の引きこもり例も,せいぜい十程度のパターンに分類されるだろう.多いと思われる順に列挙すると①いじめ体験,②受験や勉学のつまずき,③アトピー性皮膚炎などの病気,④親や先生などからの厳しい叱責〔しっせき〕,⑤両親の不和や離婚,⑥偉大すぎる両親や兄姉,弟妹などへの劣等感,⑦親しい人,身近な人の不慮の死や別離,⑧さまざまな精神障害….

思い起こして挙げることが出来たのは8つの類型だが,たいていの引きこもりはこのうちのどれかに分類できる.しかも引きこもりでなくても,このうちのどれかひとつくらいのトラウマ(心的外傷)を持っている人はざらである.
引きこもりが持っているもう一つの<本物>の原因については,これまでも再三述べてきた.こちらの方は,パーソナルというよりもすべての人に共通しており『社会病理』というにふさわしいものである.『出口のない競争社会』に豊かさと閉塞〔へいそく〕状況という今日的な日本社会特有の条件が重なり,しかも本人の『上昇志向』や『プライドの高さ』が作用して,『対人恐怖』や『人間不信』を生み出すのである.

後者の原因については,余りにも一般的であり,しかもそれが根深いものであるが故に,本人や周囲の人(親など)には気付かれにくく,前者,パーソナルな原因の方に責任を転嫁〔てんか〕しがちである.しかもカウンセラー(心理療法による治療者)や精神科医は自分の専門領域の知識に依存しているので,社会的な理解力に乏しく,個人的なトラウマやそれによる精神障害として理解し,治療を施そうとする.それが治療できるなら良いのだが,ほとんど治癒例がないと言って良い.精神科医の<治療>のほとんどは薬物による<障害>の抑制でしかなく,カウンセラーはほとんどが心理療法によって過去の<心的外傷>を癒〔いや〕そうとするのである.
上に挙げた8つの類型のうち,⑧の精神障害については『社会的ひきこもり』の定義(同名書,斉藤環氏)からも除外されており,一応別問題とする.③の『アトピー性皮膚炎』などを除くと,ひきこもりの人にとってほとんどが過去の『心の傷』である.つまり,現在も彼らが葛藤〔かっとう〕し,『対人恐怖』や『人間不信』に陥り,引きこもりから脱出できていないのは『社会病理』からストレスであるのに,カウンセラーたちは見当違いの『古傷』を治療すれば本人が元気になれると誤解しているのである.

PTSD(Post Trauma Stresse Disorder=心的外傷後ストレス障害)は,例えば阪神淡路大震災で6000名以上の死者が発生し,親を亡くした子ども達が心に傷を負ったから,治療しなければならないという考え方である.治療するのは結構なのだが,不慮の死か自然死かは別とすれば,人はいつか必ず親の死に遭遇する.親を亡くした人がすべて『障害者』(心に傷を負った人をすべて『障害者』と名づけるのなら,それはそれでよいのだが)として治療するというのはきわめて短絡的な思考法である.親の死を克服するのは『忘却』という人間に備わった自然治癒能力である.

このカウンセラーによる治療は,まずカウンセラーとクライアント(カウンセリングを受ける人)との信頼関係の構築に時間が掛かり(当たり前なのだが心理学の誤った認識により,余計な遠回りをする),さらにPTSDの原因になっているトラウマを本人が思い出し,その過去の体験を心理的に克服するという複雑な回路を構築するのにまた長い時間が掛かる.
しかもそれらは確立された治療法ではなく,フロイト以来の成功の保証のない実験に過ぎない.長時間掛けて治療しているうちに本人がトラウマそのものを忘れてしまって,治療の必要がなくなるというのが実態である.それはそれでよいのだが,引きこもりの本物の原因の方は放置されたままだから,『人間不信』や『対人恐怖』はなくならず引きこもりからの脱出に10年も20年もかかるという弊害〔へいがい〕が発生する.

さて,副題に挙げた『アトピーと引きこもり』の問題であるが,最初にあげた8つのパーソナルな心の傷のうち⑧の精神障害と③のアトピーを除くと,他はすべて『過去の体験』である(持続している例はほとんどない).つまり現在も持続している『引きこもり』状況に対して,過去の体験を『偽装的』な原因として考え,現在の自分の引きこもり状況を『正当化』ないしは『責任転嫁』しようとしているのである.なぜなら,引きこもりは目に見えない(見えにくい)『社会病理』と社会環境ストレスがもたらした心の葛藤であり,自分自身でその直接的な原因行為(あのとき,あのように振舞ったから自分は引きこもりになった)のようなものは発見できないし,他者からの行為や態度や出来事にその原因を求めようとするのである.だから,本当の原因,『社会病理』によりもたらされた『人間不信』や『対人恐怖』という理解が成立すれば,過去の『古傷』など無関係なのだということは,比較的理解しやすい.

ところが,『アトピー性皮膚炎』(とくに顔の症状)に関しては,過去の古傷ではなく,現存する症状であり,そのことが引きこもりの基本的な問題である『外出できない』ことと直接結びついている.単にアトピー性皮膚炎であるだけなら,皮膚科の領域であり,私どもが口出しできる領域ではない.しかし,かなりひどいアトピー性皮膚炎の人でも,学校に通い,職場に通いそれを徐々に克服した人はいくらでもいる.私の末娘も幼い頃からアトピーに悩ませられ,今も完治しているとは言えないが,引きこもったことはなく,元気に学校を卒業し,就職し,恋人もいる.アトピーを理由に,外出を拒み,親に当たり,世間を怨〔うら〕む.他人との対話を拒絶し,学校にも行かず,仕事につこうとしないのは,単にアトピーであるだけでなく,引きこもりとの悪い合併症状と考えざるを得ない.

しかし,本人には厳然としてアトピーの症状があり,<外出できない>理由がある.しかもそれは過去の出来事ではないので,説得はきわめて困難である.アトピーは確かに難治性の皮膚炎であり,治療法も確立されているとはいえない.症状が悪化すると,炎症面が化膿しそれが顔面全体に広がるなど,外出を拒むことも理解できる.特効薬とされるステロイド剤も常用による副作用が知られており,塗布にも注意が必要である.一方で,アトピーの原因も色々と解明されつつある.密閉性の高い家屋構造による家ダニなど細菌類の影響,食物などによるアレルギー反応,閉じこもりなどによるストレスの影響….私は専門家ではないが,これらの複合症状であり,とりわけストレスの存在が治癒を遅らせているのではないかと考えている.外出することにより,ストレスを発散させ,密閉空間にいる特定微生物からの影響を緩和させ,逆に多様な微生物と接触することによる環境対応力が増すのではないかと考えている.

私たちは農業体験プロジェクトを実施し,田植えなどの米作りに取り組んでいる.『アトピーで傷口から細菌に感染する恐れがあるから』という理由で参加しない人もいる.一方で,『田植えに参加して(つまり,泥や土にまみれて)アトピーが良くなった』という人がいるのも事実である.傷口が化膿している人などにはお勧めできないが,何事も畏〔おそ〕れて引きこもっているだけでは,問題解決への一歩が踏み出せない.
強い神経症の症状がある人には,お医者さんの薬(精神安定剤など)の力を借りてでも,集まりなどに出ておいで,とお勧めしている.神経症でも,アトピーでもいつも症状が最悪であるとは限らない.症状が緩和した時,あるいはステロイドの力を借りてでも,外に出て,人と触れ合うことが解決の一歩である.今のところ,私にはそれしか言えない.

(6月20日)

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