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直言曲言 第70回 「パラサイト・シングル」

By , 2003年5月3日 3:13 PM

パラサイト(parasite)とは寄生虫のことであり,転じて「食客,いそうろう」などの意味を持つ.『パラサイト・イブ』という,「意志」を持つミトコンドリアが宿主の青年の意識を支配しようとする幻想的な小説が流行して,「パラサイト」なる言葉が広まった.『パラサイト・シングル』は未婚(シングル)の若者がいつまでも親に寄生していて,自立しない現象を指している.20台の前半なら未婚であるのも当たり前で,パラサイトとは言わないだろうが, 30代になっても40代になっても親と同居し結婚しようとしない人たちのことを指す.定義があいまいだから統計もあいまいだが,一説には1000万人を超えると言う.若者の晩婚化,非婚化が直接的な原因であろう.

パラサイト・シングルは定職についているか,無職であるかの区別はない.ちゃんとした一流企業に勤めていたり,官庁づとめや大学の先生の中にだってパラサイト・シングルはいる.『パラサイト・シングル』と『フリーター』は定義が別だから,重なる部分と異なる部分があり,フリーターだが親には寄生していない人がいる.『フリーター』は約400万人だと言う.

引きこもりは,同居しているかどうかは別にして親に経済的・日常的・精神的に依存しているので,確実に『パラサイト・シングル』の一部である.例外的に結婚して配偶者に寄生している『引きこもり』もいないではないが,『社会的引きこもり』の定義に反するし例外的少数である.引きこもりは現在160万人と言われている.

引きこもりの中にも,親と同居し,しかも自宅から一歩も外出できない,いわゆる『完全引きこもり』という人と,その段階からは脱し(あるいはその段階には至らず),夜間にのみコンビになどに出かけられる人,あるいは,昼間でも外出が出来るが学校や会社勤めなどの『社会生活』が出来ない人たちがいる.引きこもり支援団体の多くが訪問活動や居場所づくりなどの活動に取り組むようになり,引きこもりからの脱出支援をしている.

完全引きこもりやその他の段階の引きこもりは,サークル活動などに参加出来るようになるが,多くはときおりアルバイトが出来るようになる程度であり,ようやく『フリーター』の仲間入りである.

フリーターになっても親と同居し,ほとんど親に依存しながらの生活であるから,『パラサイト・シングル』の状態からは抜け出せない.引きこもりは『フリーター』と『パラサイト・シングル』の二重の壁に包囲されている.この点から見ても『引きこもり』は現代の社会構造や社会病理に完全に包囲されているのであり,個人的な『精神障害』であるかのような捉え方はまったく不十分なのである.

引きこもりからの『完全脱出』は,『フリーター』である段階と『パラサイト・シングル』である段階を完全に突破してこそ成し遂げられる.『フリーター』とは定職を持たないという意味であるが,多くのフリーターは定職が見つからないから,やむを得ずフリーターの位置にとどまっている.会社勤めをしていなくとも,信念を持ってボランティア活動に専念していたり,芸術的放浪をしたりしている人は『フリーター』の新たなステージに立っていると思う.要は自分のやりたいこと(ミッション=天職)を見つけたかどうかが問題であり,会社勤めをしていてもしょっちゅう『転職』している人はフリーターと同じである.

『パラサイト』を克服するのはある意味で簡単である.親に寄生するのをやめることである.しかし,こちらは本人の意思も重要だが,宿主である親の考え方にも関連する.だから『パラサイト・シングル』は『引きこもり』でも何でもない普通の若者の間にも蔓延〔まんえん〕しているのである.こちらの方が本当は根っこの深い問題であるかもしれない.

私は『パラサイト・シングル』というのは現代の<核家族>の制度的欠陥が生み出した過渡的な<浮遊>人種であると思う.核家族の流行は高度経済成長以降の都市流入層に流行した家族形態であり,せいぜい40年程度の歴史しか持っていない.農村の大家族は家父長制であり,封建的な男尊女卑の思想によって支えられていた.長兄は家の存続を託され,二・三男や女は正当な相続権も持たず,分家による家作の温情的な譲り受けがせいぜいであった.

経済成長と工業化が追い風となって,こうした二・三男や女子層が都市に流出し,やがて婚姻により形成されたのが核家族である.核家族は男女同権であり民主的である.多くは舅姑〔しゅうと〕とは別居し,仲の良いマイホームを形成した.団地住まいからマンションに移り住んでいく過程では共働きでローンの負担に耐え,DINKS(ダブルインカム・ノーキッズ)などの都市型富裕層も生み出したが,多くは生活に追われながらの少子化社会の担い手だった.

やがて亭主たちは経済成長の担い手=企業戦士となり,妻達は『ゴルフ・ウイドウ』(日曜日の亭主はゴルフに精を出し,妻達は日曜寡婦〔かふ〕になる)や『金妻』(金曜夜に放送された『浮気妻』を主人公にしたメロドラマの主人公達)になる.子どもの成長だけに夢を託すようになり,教育費の捻出〔ねんしゅつ〕のために妻はパートタイマーに出る.近所付き合い(コミュニティライフ)は希薄であり,亭主は不在がちであるから,核家族は母子世帯に近い.子どもと母親の絆は強く,しかも子どもは親と学校の先生以外の大人を知らないから,社会性を持たず,親に依存している.良い大学を出て良い会社に入っても,社会的な自立が出来ていないからいつまでも親に寄生している.

親達は,自分達が親と別居し核家族を形成した主人公であるにも拘〔かかわ〕らず,大家族のように社会的紐帯〔ちゅうたい〕によって守られていないので,子どもを抱え込みがちになり,子ども達の自立を遅らせようとする.つまり,昔の大家族のように家の存続と分裂・再生産の制度的仕組みが出来ていないのである.加えて少子化が進んでいるので,不動産としての『家』は多人数の兄弟姉妹で争うこともなく,自分達が都市に出て核家族を形成したように『家』を捨てて,再び『家』を得たときのようにローン返済の苦労を子どもにさせたくない.こうなれば晩婚化にますます拍車がかかり,大人になった子ども達も優雅な独身生活にいつまでもしがみついている.

もちろん,すべての『パラサイト・シングル』がこのようなカテゴライズされた典型とは限らないが,未だ不完全な家族形態に過ぎない『核家族』の狭間に<浮遊>しているのである.

現代のフリーターや引きこもりの多くも,こうした『核家族』の家庭環境の中で現代の厳しい社会環境に気圧〔けお〕されながら,『社会体験』を抑制し『社会意識』の形成を遅らせられている.『引きこもり』の先には『フリーター』がおり,さらにその外側には『パラサイト・シングル』が控えている.

『パラサイト・シングル』の問題は,僅か40年とはいえ『核家族』が生み出した社会構造上の問題であるのは明らかであり,豊かさが生み出した新しい『社会病理』である.その社会病理は『核家族』の主人公である親達の世代そのものが『結末』をつけなければどうにもならない.『自閉的』な核家族から,地域社会や友愛も受け入れる『家族を開く』ことが大事である.このことは解体寸前の家族に回帰するのではなく,従来の『核家族』のしきたりを一旦解体して風通しの良い,家族=人間関係を再構築していくことなのではなかろうか?

『家族解体』という一見ショッキングな命題が突きつけられている.
(5月3日)

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