NPO法人 ニュースタート事務局関西

直言曲言 第60回 「引きこもりからの出口」

By , 2002年9月5日 5:53 PM

 引きこもりを出口のない密室に閉じ込められていると考える人は多い.渦中〔かちゅう〕の人にこんなことを言っても,慰めにはならないかも知れないが,出口は必ずある.だって入ったのだから出口があるに決まっている.また,出口があることは分かっているのだけれど,そこから出ようとしない人もいる.そんな人もいずれ必ず出てくることになる.なぜ,必ず出てくることになるのか?それはまたいつかお会いしたときにお話することにしましょう.

 出口はどこにあるのか?四方八方にある.いや,それが箱型の密室だとすれば,前後・左右・上下,六つの方向にあると申し上げておこう.引きこもりのことについて比喩を用いて語るのはあまり良くないかと思うが,すべての人に理解してもらおうとすれば,比喩の話法が却〔かえ〕って分かりやすい場合もある.

 さて,上下というのは例の『上昇志向』の上方とその逆の下方である.もともと引きこもりの原因になるのが,過度の『上昇志向』である.だから上昇志向を捨てて,階段を降りて行けば出口は見つかりやすい.
  だけど,引きこもりの人にとって『上昇志向』のプレッシャーはかなり根強く,一定期間引きこもった挙句〔あげく〕,依然として上の方に向って歩き出し,そこに出口を見つける人もある.中学時代に不登校から引きこもりになり,高校は行かなかったのだが大検に合格し,やがて夜間の大学に入って,社会参加ができるようになる人などである.
  上下の出口については,どちらが良い悪いの基準はない.下方の出口の方が見つかりやすいと言うだけである.

 前後の出口というのは単純な比喩である.前方とは文字通り前向きに生きていく方向である.引きこもり中の人でも,ほとんどの人は前向きに生きようとしている.だから,まっすぐ前を向いて歩き出せば良い.しかし,この『前後』というのを『上下』と同じだと勘違いしている人もある.
  『上下』というのは単純に言うと,社会的地位の『上下』だと考えていただいて良い.学歴社会を前提にして言えば,高卒よりも大学卒業が上,さらに大学院に進学すればもっと上という考え方である.同じ大学でも偏差値の高い大学の方が≪上≫でもある.
  会社に就職しても大会社の方が上.給料が高い方が上.どこまでいってもこの上下感覚が付いて回る.それはそれで良いとして,高卒や中卒の人は大卒の人よりも『前向き』に生きていないかというとそんなことはない.『上下』と『前後』は厳然として違う.

 ところが,これを混同してしまうと『俺は高校を中退した.だから前向きに生きていけない』というとんでもない勘違いを起こしてしまう.最近お会いした若者にも,自分はまともな職業にはつけないので「一生ギャンブルで食べて行こう」としていた人がいた.自分の与えられた位置で世の中や社会と格闘しながら前向きに生きていけば良いのだが,そのような生き方はできないと決め付けて,自分の可能性を限定してしまうのは『後ろ向きの生き方』といわざるを得ない.

 不況,失業者が膨〔ふく〕れ上がる時代であり,特に中高年者の自殺者が増えているという.自殺者は年間三万人を超えているというが,引きこもりには案外自殺者は少ない.引きこもりは対人恐怖や人間不信という深刻な症状を伴うことが多いが,元々上昇志向の強い,真面目な人が陥りやすい状態であり,プライドの高い人も多い.自殺という敗北の道を選ぶことはこのプライドが許さない.自殺は,最悪の後ろ向きの出口である.

 残された出口は右と左である.私はできるだけ左側の出口から出るように仕向けている.
  この左右も単純で,政治的なあるいは思想的な左翼・右翼の左右である.左側の出口から出るのを勧めると言っても,古典的な左翼運動への参加を進めているのではない.

 右側は保守的な資本主義の社会への出口であり,引きこもりの多くはこの右側の社会で上昇志向,つまり,良い大学を出てよい会社に入り経済的にも恵まれた生活を送りたいと考えていた人が多い.この右側の社会の社会システムが破綻〔はたん〕して,引きこもりになったのである.つまり,右側の入り口から引きこもりの密室に入った人が,右側の出口から出て行くのは,もとの社会に戻るのだから『社会復帰』である.
  社会システムそのものは何ら変革されていないのだから,引きこもりは『再発』する可能性もある.引きこもりを,鬱病その他の「精神障害」の一種と捉えて,精神科医による薬物治療などによって社会復帰させようとするのは,この右側の出口から戻るのと同じてある.

 確かに,精神安定剤など神経伝達物質による刺激により,それまで(引きこもりにとって)歪〔ゆが〕んで見えた社会が正常に見えるようになるのであろう.
  これもあくまでも比喩であることをお断りしておくが,引きこもりにとって社会が歪んで見えるのを,精神科医は<彼は『乱視』である>と決めつけて『乱視矯正用』の眼鏡をかけさせる.すると,確かに社会の歪みは消えて,社会は以前と同じようにまともに見え,≪社会復帰≫ができるかも知れない.

 私は引きこもりの若者の大量発生は,社会システムの歪みが頂点に達して,このままではいけないと考える真面目で良心的な若者ほど,悲鳴を上げることによって,社会に警告を発しているのだと考えている.保守的な社会にとっては,この悲鳴や警告は不協和音であり,耐えられないので,精神科医に治療に当らせ,引きこもりの若者に次々に乱視用の眼鏡をかけさせて,若者の目から歪んだ社会の姿を見えないようにさせている.ある日,今や若者から老人まですべての日本人が濃い色のついた乱視用のめがねを掛けているようになっているのだが,彼らが一斉に眼鏡を外して見たら….

 これは比喩ではなくて,恐ろしいSFであり,しかも未来のSFではなく,ひょっとすると日本がこの20~30年歩んできた実社会の真の姿であるかも知れない.

 左側の出口からでるということは,この怪しげな色つきで乱視用の眼鏡を拒否し,ゆがんでいるものは『歪んでいる』と主張し,王様が裸に見えるなら『裸である』と指摘できる出口への勧めである.

 まず,出てきたところを振りかえって見なさい.そこには昨日まで君が引きこもっていた『家』があるだろう.君の愛する父親と母親はどんな姿をしているのか?『お母さんは歪んでいないか?』『お父さんは裸ではないか?』学校の先生はどうだ?会社の同僚はどうだ.

 街へ出て見なさい.銀行の建物はまっすぐ建っているか?自動車はまっすぐ走っているか?スーパーマーケットはどうか?食品売り場はどうか?ハムはどうか?牛乳はどうか?政治家はどうか?TVのタレントはどうか?新聞の活字はどうか?

 みんな歪んで見えるって?違うんだ,君は乱視なんかじゃない!
(9月5日)

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