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直言曲言 第39回 「風邪をこじらす―続・心の風邪ひきさん―」

By , 2002年3月6日 5:10 PM

 インフルエンザ…流行性感冒〔かんぼう〕.私の知っている内科医院では風邪が流行〔はや〕ると,同じ病名をつけたカルテが山のように積みあがる.どれにも急性気管支炎というゴム印が捺〔お〕してある.
  インフルエンザと普通の風邪はどう違うのだろうか.インフルエンザの方はウイルス感染によるものだということが知られている.ウイルスという外敵が体内に侵入して発熱やアレルギー反応を起こすのだろう.普通の風邪のほうは,ウイルスの感染や流行がなくても,冷気に触れるなど環境の変化に体温調節機能が適応できずに,やはり体の諸機能が失調するようだ.いずれにしても,ウイルスの感染を防いだり,十分な睡眠や栄養をつけるなど予防はできるが,風邪を引いてしまったら特効薬というのはなさそうである.予防と同じように栄養をつけたり,休養を取るというのが最善の対処法である.
  なぜゴム印で病名をつけてもらいにお医者さんのところに殺到するのか,私には分からない.薬局で風邪薬を買うよりも,保険の効くお医者さんに掛かる方が安くて安心,というのが単純な答えかも知れない.

 昨年の3月,このホームページの直言曲言欄に「心の風邪ひきさん」を書いた.引きこもりを心の風邪に喩〔たと〕えたのだが,われながら当を得た比喩ではなかったかと思っている.風邪に喩えると,その後まとめた『引きこもりは病気でない』ということの理解や,対処法などの説明に誠〔まこと〕に都合が良い.『薬』(風邪薬・精神安定剤)は症状の改善に役立っても,根本的な治癒〔ちゆ〕にはならない,という点でも共通している.

 引きこもりや鬱病〔うつびょう〕が心の風邪に似ていると思ったのは,私自身が多くの引きこもりに出会ってきた経験からだが,必ずしも私のオリジナルで固有の仮説ではなかったらしい.その後,精神衛生の関係者が似たようなことを書いておられるのを眼にしたことがある.別に著作権や本家争いをしようというのではないので,そのような認識が広がるのは良いことではないかと思っている.

 最近,引きこもりと風邪の共通点でもう一つ大事な点があることに気がついた.どちらも『こじらせると大変である』という点である.風邪は医者などへ行かなくても,暖かくした部屋で,栄養をとってゆっくりしていれば数日で完治するのが普通である.ところが,いまどき流行らない<企業戦士>さんや,<受験戦士>さんは無理をして風邪をこじらせてしまい,肺炎を併発〔へいはつ〕したりするらしい.風邪は万病の元と言ったりするのは,体力が落ちているときに他の病気につけこむ隙を与えてしまうのであろう.

 引きこもりの方は,ただ静養していれば回復するというわけには行かないが,あせって妙な治療法に手を出すとこじらせてしまう.しかし,残念ながら引きこもりというもの,一種の麻疹〔ましん・はしか〕のようなものであり,しかも蔓延〔まんえん〕し出してからそれほど年月が経たないので,経験した人がそれほど多くない.だから,わが子が引きこもりになって初めてこんな≪症状≫と出会うのである.≪症状≫には出会うが,それが引きこもりであると気付くまでに時間が掛かる.たいていは,あれこれと別の病名を想像したり,見当違いの≪専門家≫に頼ってしまうから,こじらせてしまうのである.
  世間では,保健所で相談したりするよりも,精神科医の門を叩〔たた〕く方が『高級な』対処法であると考えがちであるが,少なくとも,こじらせてしまうリスクはまだ保健所の方がましである.保健所の保健婦さんでは,まず引きこもりへの対処のできる方は少ない.少なくとも今では,引きこもりという言葉を聞いたことがないという保健婦さんは少ないと思うので,カウンセラーか自助グループか,親の会やニュースタート事務局などの所在地,連絡先などを調べて教えてくれる.もっとも,保健所が適当な精神科医を紹介するようだと,結局同じ羽目〔はめ〕に陥る.少なくとも,投薬しかしない精神科医には近づかない方が良い.

 カウンセラーや親の会などに出会えばこじらせずに済むかと言うと,これも危うい.要するに相手が,引きこもりとは何かを正しく把握しているかどうかである.単純に言えば,引きこもりは,外の社会の冷たさに驚いて(気付いて)予防的に内に閉じこもるのである.この段階では風邪の初期症状に似ている.もちろん,外の冷たさとは気温の話ではなく,人間の冷たさであり,対人恐怖や人間不信といわれるものである.
  もともと,引きこもる若者は人間体験や社会体験が極端に不足している.だから,人間不信といっても,多くの人間を体験しての虚無主義などとは別のものである.親が対人関係に過敏で,『他人に迷惑を掛けるな』などと幼いときから口癖にしている家庭での発生率が顕著〔けんちょ〕である.

 解決法は簡単である.人間を体験させることである.『他人の迷惑』などという恐怖感を取り除いてあげ,『ちっとも迷惑なんかじゃないよ』と迎え入れ,冷たい人ばかりではない,冷酷な社会システムに適応しなくても生きていく方法はあるのだ,ということを教えてあげるのである.優しい仲間との出会いによって,その日から確実に快方〔かいほう〕に向かう.

 こうして引きこもりが社会病であることを認識していればよいのだが,カウンセラーの多くは,引きこもりが個人の心の傷が主因であると勘違いをする.心の傷はあるに違いないが,そんなものは放っておいても治るのである.カウンセラーが暗い個室で向かい合って,心の傷を受け容れようとする.クライアントはその傷から解放されることがない.少なくとも長期間を要し,その間に人間体験はますます後退し,要するに,心の風邪はこじらされて行くのである.

 もうひとつは,引きこもり(心の風邪)で寝こんでいる枕元で,四六時中『早く起きなさい,学校へ行きなさい,会社へ行きなさい』などと追いたてるやり方である.
  学校の成績や就職先会社のランキングなどを過大視する考え方は,貨幣(お金)を特別に崇拝する考え方と非常に近い.『他人に迷惑を掛けるな』とは『他人に迷惑を掛けられるな,他人に騙〔だま〕されるな,他人にお金を取られるな』と教え込んでいるのである.つまり,引きこもりが心の風邪であり,対人恐怖こそが第一の症状であるのに,就学圧力・就職圧力・金銭崇拝などでますます対人恐怖を煽〔あお〕っているのである.これでは心の風邪を完全にこじれさせてしまう.

 吉本隆明氏など著名人が,『若いときに引きこもるのは良いことだ』などとおっしゃっている.ワーカホリックの人に『たまには風邪を引いて休むのは良いことだ』という程度の意味なら黙認するが,彼は本気で引きこもりが良いことだと思っているらしい.引きこもりの意味がわかっていないとしか言いようがない.本人が意思として対人関係を断って孤立を選択するのなら,家族や周囲がそれを非難するには当らないし,それを無理矢理引きずり出そうとするのはよくない.
  しかし,引きこもりが問題なのは,本人自身が自分の行動をコントロールできない状態に陥〔おちい〕っているのであり,助けを求めているのである.水中で溺〔おぼ〕れかけている人に向って,岸から声援を送っていてどうするのか?こういう,引きこもりに対する無理解も風邪をこじらせてしまう.

 ちなみに,風邪と引きこもりの共通点をもうひとつ.俗に『馬鹿(関西弁では<阿呆>)は風邪を引かない』という.引きこもりも同じである.
(3月6日)

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