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直言曲言 第37回 「人間体験」

By , 2002年2月17日 5:07 PM

 私はずいぶんと乱暴な人間である.我ながらそう思うことがある.たかだか数十人か数百人の引きこもりやその家族と出会っただけなのに,百万人以上もいる『引きこもり』を『病気ではない』と断言したり,『引きこもり』の共通点をあげつらって無理矢理同意を求めたりする.
  もちろん,すべての引きこもりを同列に扱っているわけではなく,親御さんからほんの10分も話を聞けば,親御さんが自分の子どもを引きこもりであるに違いないと思っている場合でも『貴方のお子さんは引きこもりではありませんよ』と指摘したり,『貴方のお子さんはもうほとんど引きこもりから脱出できています』などと少し芸の細かいところを見せたりすることもできる.

 まるで大道易者〔だいどうえきしゃ〕(最近はこんな言葉はなくて)あるいは占い師(これも古いね)のような真似〔まね〕ができるようになった.易者といえば,当るも八卦〔はっけ〕,当らぬも八卦などというが,八卦や水晶玉やトランプ,あるいは生れ月の星座や血液型で人の人生や未来が占える訳がない.それはほとんどが人間体験の彼我〔ひが〕の格差を利用したある種のからくりなのである.
  だからと言って私は,占いの効用や信頼性を否定しようとしているわけではない.

 私は子どもの頃,大阪の南の貧民街で育ち,近くに大道易者が住んでいたり,怪しげなあぶり出しのおみくじ売りの知り合いがいたので,この人達の易やおみくじがなぜ当るのかは概ね〔おおむね〕知っている.今でも,そうしたなりわいで生きている人がいるだろうから,からくりのすべてをばらす訳には行かないが,おみくじの方はほとんどインチキである.まず初めに,面白おかしい口上で人を集める.そこそこ人が集まってくれば,やおら白紙を配り,そこに悩みを書けという.人々が悩みを書きこんだ紙を集めて,一枚一枚と線香の火にかざすと,その悩みに対する<回答>が文字となって現れる.

 例えば悩みはこうだ.『ぼくは真面目な学生ですが,近頃下宿先のおばさんが僕の部屋に入ってきて,色っぽい目つきで僕を誘います.ぼくのあれは時々我慢ができなくなりそうになって,おばさんを襲いたくなります.どうすれば良いでしょうか?』答えは『君のしたいようにやればよろしい.ただし突撃するときには防御の道具が必要.』聞いている人達は爆笑する.
  もちろん,この悩みを書いたのはいわゆる<桜>である.つまり,おみくじ売りの仲間内なのである.ふーてんの寅さんの映画で言えば,佐藤蛾次郎が演じるニセ学生のようなものである.私はそのおみくじ売りから商売もののおみくじをもらって,全部炙り〔あぶり〕出して見たことがある.<桜>の質問に答えたような軽妙な答えは一枚もなく.『可もなく,不可もなし』『思い立ったが吉日』『迷うなら中止すべし』などと,どんな悩みにも当てはまりそうな良い加減で適当な答えばかりであった.

 大道易者にも人の人生を当てるコツがある.こちらの秘密暴露はよしておくが,少しだけ言っておくと,人の悩みにも類型があるということである.若い人ならまず恋の悩みや進学問題.中年のおじさんなら借金や失業.おばさんなら亭主の浮気か子どもの悩み.病気で悩んでいる人なら,本人の病気か家族の病気か,ほとんど表情で見分けられるという.
  最初に「貴女〔あなた〕は便秘気味ですね?」などと切り出す.にきび面の若い女性ならたいてい当るそうである.相手は「ええ,どうしてわかるのですか?」などと乗ってくる.後は占い師の独壇場.言葉は自由自在である.誘導尋問で占ってもらう方の人がどんどん自分で秘密を暴露しているのに,本人は易者に当てられたと思うらしい.ただし当るも八卦,当らぬも八卦である.鰯〔いわし〕の頭も信心からというから,信じる人には当る,信じない人には当らないというしかない.

 占いというのは初見がだいたい千円か千五百円.相手が占いを信じて,もっと深く占ってほしいそぶりを見せれば,三千円とか五千円などの追加料金を取る.
  初見だけなら,占い師が生活していくためには,1日10人程度の人間の悩みを聞いてあげることになるだろう.私の昔の知人である大道易者は,貨幣価値が違うので料金はもっと安かっただろうが,人数は同じ程度ではなかったか?1日10人として,年間300日街頭に立つとすれば,年に3000人の人を占うことになる.初老のむさ苦しい大道易者であった.『新宿の母』などと言われる有名占い師がいる.関西でも,京都の円山公園の坂道に行列のできる占い師がいるそうだ.こうした人達は,もっとたくさんの人の悩みを聞いていることになるだろう.10年間占い師を続けているならば3万人,20年なら6万人以上ということになる.

 私が引きこもりやその親の話を聞いてきたといっても,3年間でせいぜい数百人だ.それも,『引きこもりを考える会』に参加した母親が5分間程度自分の子どもの話をするのを含めてのことである.
  私がその体験から『引きこもりとはこんなものである』と断言したりするのに比べれば,件〔くだん〕の占い師たちの占いの<信憑性>は遥かに高くて当然なのである.なにしろ数万人の人間の悩みを聞いてきた<人間の達人>揃いである.
  私は安易に「占いなど信用できない」などとは言えないと思っている.ただし,八卦や水晶玉を信じろというわけではない.

 私のほうは割とお気楽に,『引きこもりというのはこういうものですよ』などとご託宣〔たくせん〕を述べる.聞いているほうの親は深刻そうな素振りでうなづいている.
  実は,親のほうはわが子の引きこもりに何年間も付き合ってきている.中には10年を越える引きこもりの子の親もいる.私のほうは,引きこもり問題に取り組み出してまだ3年である.これは言うまでもなく.親のほうはわが子1人の情報しか持っていず,こちらが数百人の引きこもり事例を見てきたという体験の差なのだろう.引きこもりについての思索時間の濃密さの点においても,私のほうが優れているなどと言う自信はない.

 人間というものは,それぞれが一人一人の人生,しかも誰にも共通する人生の一回性を生きている.だからこそ,未体験の暗闇にぶちあたり,もがき苦しみ,さまよい,絶望もする.

 人間と人間の絆〔きずな〕が,か細くなって人々は孤立し,自分や家族しか信じられなくなっている時代なのかも知れない.引きこもりの親達でさえ,乏しい人間体験でこうした未知の暗闇に遭遇し,明かりを見失う.まして,幼いときから人間不信の競争社会に身を置き,両親と学校の先生以外の大人をほとんど知らずに育ってきた若者が,未来の見えない暗闇のような社会を前にして立ち往生してしまうのは当然である.

 私は占い師になろうとしているのではない.ましてや,カウンセラーでもなければ,治療者でもない.ただ道を見失った若者や親達に,一人でも多くの他人と出会い,心を開ける友と出会うための道案内人になりたいと思っている.
(2月17日)

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