NPO法人 ニュースタート事務局関西

直言曲言 第27回 「<反>精神医学の旗手―引きこもりは精神病ではない―」

By , 2001年11月6日 4:33 PM

 『社会的引きこもり』(PHP新書)の著者で最もポピュラーになり,厚生労働省の『引きこもり定義』にも影響を与えたと思われる精神科医斎藤環氏の定義は『6ヶ月以上社会参加せずに自宅にひきこもり,ほかの精神障害を第一の原因としないもの』としている.私達の活動の成果として,私はこれに幾つかの「引きこもり要件」を付加えるべきだと考えている.
  一つは『友達がいないか,友達との交流を拒絶している』ことである.『自宅にひきこもる』ことは必ずしも『ひきこもりの要件』ではない.コンビニやビデオショップなどに出かけることができても《社会参加》しているとは言えず,《立派な》引きこもりである.自宅の定義も必ずしも親の家に限らず『マンションの一室』なども含まれる.ただし『親への経済的,精神的,日常生活上の依存』が定義に付加えられるべきだ.これが私達が引きこもりからの脱出に<親との別居>を勧めたり『家族を開く』ことが必要だと主張している根拠である.

 『ほかの精神障害を第一の原因としない』としているのだから,『ひきこもりは精神病ではない』というわれわれの主張が間違っていないのは言うまでもない.もしこの表現に異議を唱える人がいるとすれば,『精神病患者は引きこもりの仲間から排除されるのか?』という見当はずれの異議申立てなのである.
  引きこもりの相談に見える方の中には,むろん強迫神経症や解離性障害や対人恐怖や鬱病などさまざまな神経症的既往を見せる人も多い.稀にだが,分裂病や躁鬱病と診断された人も含まれる.私達はそういう人々を『引きこもり』から排除していないどころか,こういう人々を含めて積極的な社会参加への機会を提供しようとしている運動体,事業体である.

 問題なのは何か?『社会的引きこもり』がこれだけ多発していることを知らず,『わが子の常ならざる引きこもり行動』を即座に精神病と誤解し,精神科医や心療内科に依存し,保険診療の制約の中で,投薬以外の治療手段を思いつかぬ医師らから精神安定剤(睡眠導入剤など)の処方を受け,中には強制入院・措置入院の手荒い処遇により,病気でない引きこもりの若者に重い心の傷を与えてしまう親なのである.あるいは,それに加担しながらも,引きこもりという『社会病』と闘う私達を『無資格者の治療行為』などと馬鹿げた批判をする行政官僚や医師達そのものである.

 私達は『引きこもりは精神病ではない』として,すべての精神科医や心理療法士を<敵>にまわしているわけではない.現にニュースタート事務局理事長の二神氏自身が前述の斎藤氏の『社会的引きこもり』を良心的な入門書として評価しており,斎藤氏も私達の活動に一定の評価を下さっていると聞く.
  ニュースタート事務局関西でも,ある市民病院の精神科医師で優れた精神分析学の研究家である宮地達夫氏との交流や,同氏からホームページへの連続寄稿をいただいている.この宮地氏と二神理事長は11月25日(日)14時から京都大学の学園祭である11月祭に参加し『引きこもりと精神病』について講演していただくとともにに,対談を予定している.

 また,私達はすべての精神安定剤投与に反対しているわけでもないし,その効用を全く認めないわけでもない.ただ『ほかの精神障害を第一の理由としない』引きこもりに対し,ほかの状態改善方法を何ら取ることなく(方法を知らない場合が圧倒的に多いのだが),精神安定剤の服用だけを勧め,(彼らにとっての《患者》が)薬が自分の身体や状態の改善に役立たないことを知って服用を止めると,『一生病院から出られなくなるぞ』のような恫喝をして安定剤を強制服用させることに反対している.また,宮地氏や心有る医者の幾人かは,新しい強力な精神安定剤の登場に対しても,その副作用や危険性を指摘しているのである.

 これは,喜んだり自慢したりできることではないが,私達の所には永年,あるいは複数の病院に世話になりながら(世話になったお陰で?),ますます状態が悪化して,ついに精神科医が信用できなくなって駆け込まれる引きこもりの方の家族が少なくない.また,ただ『じっくりと時の経つのを待ちなさい』というだけの精神科医や心理学カウンセラーに痺れを切らせて私達のもとに訪れる人も多い.
  症状をこじらせている場合には,薬の影響から脱出させるのに時間が掛かる場合があるが,私達流の《治療者》ではない『第三者の介入』によってあっさりと鍋の会などに参加できるようになり,友達もできて,社会参加への道を歩み出している例は数多くある.

 精神障害とは何か?社会システムが混乱し,従来価値があると信じられていたものの崩壊(愛する人の非業の死なども含まれるのだろう)などに直面したときに,思考や意識が方向性を失い,心理がコントロール不可能になった状態を指すのである.『非人格性,冷たい客観性,ポーカーフェイス』など感情的相互交流がなく,孤立するのが分裂質の特徴といわれる.
  これは考えて見れば『ビジネス社会』では<成功>するための<秘訣>と言われるものとそっくりなのではないか.ただ,冷徹にそれを実行するのでなく,自己コントロール不能に陥って孤立するのが精神障害であり,そのナイーブな感性の持ち主を,廃棄物のように社会的に排除しようとするシステムが<精神医療>の実態だと言っても良い.

 一方,ひきこもりとは何か?『ビジネス社会』での成功の夢を押しつけられ,あるいは自ら志向しながら,何処かでつまずき,あるいは立ち止まってしまったのが引きこもりである.

 してみると,引きこもりは精神病ではないが,精神病に陥ることを自己防衛するための,一種の制御状態なのである.だからこそ,尚更に引きこもりと精神病とを混同してはならない.
(11月6日)

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