NPO法人 ニュースタート事務局関西

直言曲言 第6回 「心の風邪ひきさん」

By , 2001年3月19日 2:35 PM

 不登校や引きこもりは個人の精神的障害ではなく,社会が病んでいることの反映であり,圧倒的な社会的圧力としての競争や上昇志向の押し付けに対する自衛反応や緊急避難として,引きこもりが選択されている.
  このことの根拠は,一つには,,これほど多くの同世代の大学生や若者が,受験勉強や競争社会で植付けられた上昇志向と自己不信,学歴社会への憧憬と嫌悪に,まるで判を押したように共通に引き裂かれて悩んでいるからである.引きこもりを個人の器質の障害や神経症の症状面で理解することはできるかも知れないが,その社会病理的な側面を見落としてしまうと,対症療法にばかり目を奪われ,根源的な治癒や社会的な予防という視点がまったく抜け落ちてしまうのである.
  もう一つには,仮に彼らの精神状態がある種の平衡状態を欠いているとしても,それは精神科や心療内科の門を叩き,抗鬱剤や精神安定剤を処方されて治るようなものではないからである.精神科医の治療法は投薬に限らないのだが,圧倒的に多くの精神科医はその発症の病理を解明できず,適切な治療法に対する指示もできないから,ただ薬理的な症状緩和でレセプト請求の権利を確保するのである.

 精神科に行くのが無駄だからと言って,彼らが完全に健康であると考えているわけではない.引きこもりの彼らにほとんど共通して現われる神経症的症状や対人恐怖を,私は『心の風邪ひき』状態だと考えている.風邪は悪寒や頭痛,鼻水や咳などの症状を伴い,インフルエンザではその感染原因としてウイルスの存在が知られているが,特定の身体機能の<病気>とは考えられていない.医者に行けば症状を緩和させるための投薬や注射をしてくれるが,風邪を治してくれるわけではない.症状を緩和しながら,栄養を付け,休息を取りながら 自然の治癒を待つだけである.
  内科医が風邪を治せないように,精神科医にも引きこもりは治せないのである.ただ,経験豊富な名医がいるように,優れた精神科医は引きこもりへの対処法をアドバイスすることができるだけである.

 さて,引きこもりが『心の風邪ひき』という私の仮説が正しければ,<心に栄養>を付け,<心の休息>を取ることが<治療法>だということになる.ここまでくれば考え方は割と単純で簡単である.<心の休息>とは,心を疲れさせたストレスの原因を取り除き,そのプレッシャーから自由になることである.
  ストレスやプレッシャーが何であるのかは,本人や周囲の人には分かり難い場合がある.カウンセラーの力を借りるのも一つの方法である.ただし,カウンセラー自身が,私の言う『心の風邪ひき』という仮説や『社会的な病気』という理解を持っていない場合,どこまでも本人の心の暗闇を覗きに行こうとして,堂々巡りのカウンセリングになり,風邪をこじらせたり,長引かせることになるので要注意である.
  <心に栄養>をつける方も難しく考える必要はない.親や友人や周囲の理解や共感が心を豊かにしてくれる.思春期特有の引きこもりであることを考えれば,恋愛も一種の特効薬である.ただし,一挙にこうした濃厚な<栄養>を受け付けられる状態でないことも,知っておかねばならない.風邪引きのときにステーキや焼肉を食べるような食欲がないのと同じである.引きこもりもこうした栄養をむしろ受け付けず,拒絶してしまうことが多い.一度に押し付けず,気長に提供していくことが必要である.気長に,というのはただ単に待つのではなく,少しずつ摂取できる分だけ提供しつづけるのである.

 心の風邪ひきに対する治療法が見えてきたとすれば,逆に,引きこもりからの回復を阻むものが何であるかもわかりやすくなる.<心の休息>を阻むものと<心の栄養>の過剰投与である.過剰投与で目立つのは,圧倒的に母親の愛情過多や過干渉である.母親はわが子の引きこもりが自分の愛情不足で起きたと思いがちで,その反省から,これまで不足していたと思われる愛情表現や教育指導を濃密に傾け始める.これまで不足していた親子のコミュニケーションが回復するなど,部分的な効果はあるが,突然濃厚な愛情を注いでも拒絶されるのがおちである.もともと思春期病である引きこもりは,親からの自立こそ課題であり,自立をバックアップする援助は必要であるが,全面的に母親が手助けして子どもを社会参加させようとするのは,本末転倒である.子どもは母親の手助けに依存したい気持ちと,反発する気持ちに引き裂かれてますます重症になるケースが多い.母親に対する憎悪や暴力が激しいのはこうした母親の場合に多い.むしろ抑制された愛情で,子どもの疲れを癒し,生き直しを見守るような態度が望ましいのではないか.
(3月19日)

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