NPO法人 ニュースタート事務局関西

直言曲言 第29回 「り・セット」

By , 2001年11月16日 4:40 PM

 引きこもりは社会システムの不適合を反映した社会病だといつも主張している.いつも同じ主張を繰り返していると,聞いている人もその内容を吟味せず,お題目を唱えているように聞き流してしまう.話している方でも,相手に理解してもらったつもりで余り中身の説明をしないでも済むような気になってしまう.個人の精神障害ではなく,社会病理の反映だとしたら,どうだと言うのだろう.それで安心をしても良いと言うものではない.それに相応しい治癒の仕方を考え,そのように取り組むべきなのである.

 社会システムとは何なのだろう?例えば教育制度もその一つである.六・三・三・四制と言われる小学校から大学までの進学システムである.実際には,幼稚園の<お受験>から始まり,小学校低学年向けの補習塾,高学年になれば進学塾,予備校などの補助システムが加わり,昔の純粋なスタイルではなくなった.高校から四年制大学にではなく,短大や専門学校に進むというのも傍流というには余りにも多い高卒後の進路である.また,大学受験のシステムも共通一次とかAO入試とかがあり,古いシステムだけではやっていけなくなっているのである.

 働き方,仕事の仕方の方も見ておこう.昔は学校を出て就職し,定年までそのまま終身雇用というのが一般的であった.今は,高校や大学を卒業しても就職先がなかったりして,就職浪人やフリーターとしてアルバイトをする人が増えている.大学を出ても就職先がないので仕方なく大学院に行くと言う人もいる.大学を卒業してから専門学校に行くと言う人もいる.一方で,せっかく就職しても,半年も経たないうちに辞めてしまう人もいる.20年以上も勤めたのに会社が倒産したり,リストラで失業させられる人もいる.働き方のシステムも明らかに変化してしまっている.

 40代でリストラに遭うと,住宅ローンの残りが払えなくなる.子ども達の教育費がかさむ世代である.借金のシステムがダウン,住宅取得のシステムダウン,教育費負担のシステムもダウン,生活ができなくなって奥さんがパートで働きに出る,家族のシステムも変更を余儀なくされる.中には人生のシステムダウンを悲観して自殺する中高年も出てくる.

 スタンフォード大学教授の青木昌彦さんという方がいる.若い頃は全学連の闘士の一人で,後に京都大学経済研究所にも長く勤めた近代経済学者である.その人がこんなことを言っている.
  『人間は経済取引に従事するときは,損得計算に特化した脳の一部を発動させる.共同体的な文脈,組織的文脈,(選挙での)投票場などの場での情報を処理し,行動選択を行う時には,その目的に対応した脳の一部が動く』『しかし,個人が統合的な人格を持つには,さまざまな心のモジュールの間に何らかの整合的な繋がりがあるはずだ.その整合性にひびが入ったときに人は心の病になるとされるが,そのメカニズムはまだ良くわかっていないようだ.』

 心のモジュールとか脳の働きなどは凡人である私には分からない.しかし,経済のシステム,家族などの共同体,教育のシステムにそれぞれ対応して心や脳が働くとするなら,こうした経済や,共同体や教育のシステムの混乱や不適合化が心や脳の混乱に繋がることは,容易に推論できる.これまである意味での整合性が保たれていた社会のシステムは,それぞれのシステム疲労と同時に,システムとシステムの間の不適合や,相容れないな矛盾が顕在化し,そうしたシステムに対応してきた人間の脳や心や記憶の中に深い傷をつけた.分かりやすく言ってしまえば,頭で考えることと,気持ちで感じることがバラバラになって,自分をコントロールできなくなる.思考は堂々めぐりを繰り返し,行動すべきことは分かっているのだが気持ちや身体がついていかない.これが引きこもりの実態である.

 パソコンをする人なら誰でも体験があるだろう.あれこれやっているうちに,原因不明で突如パソコンが動かなくなる.いわゆる<フリーズ(凍結)状態>である.マウスをどの様に動かそうが反応がない.マウス違いなのだが,パソコン様はまったく口をきいてくれない.引きこもりと良く似ている.初心者の頃にこの<フリーズ>には閉口した.パソコン上級者に相談すると,あっけなく電源を切ってしまった.再起動(リセット)させるのである.

 パソコンと同様に,人間も不可能な命題を解けといわれたり,相反する命令を同時に受けたりすると頭や心のシステムがダウンする.命令を与えているのは,古い社会のシステムやその体制を支えてきた人々である.それは為政者であったり,教育者であったり,古い時代の価値観を作ってきた人たちであり,より直接的には親や学校の先生であると言っても良い.『個性的であれ』と言いながら『画一的教育』を押し付けようとするのがその代表的なものだが,『友達と仲良く』と言いながら『競争に負けるな』と言うのも同様である.親がリストラに遭い会社を憎んでいながら『良い会社に入れ』と言うのも同じである.

 親達の世代が『必要悪』という言葉で受け容れてきた『悪』を,今や必要でさえなくなっているのに,依然として子どもたちに押し付けていることが,引きこもりにさせるのである.『受験戦争』や『刻苦勉励』『滅私奉公(もちろん会社に)』『拝金主義』などがその代表格であろう.引きこもりの若者達には人間体験や社会体験というものが乏しいので,『必要悪』と言うような誤魔化しでそれを受け容れることができない.

 古いパソコンやワープロは,今ほどの情報処理力を持たなかったので,逆に滅多に壊れたり,フリーズするようなことはなかった.WindowsなどのOSが一般的になってパソコンの情報処理力は飛躍的に高まった.さまざまなシステムが情報ソフトとして内蔵されており,それがフリーズの原因になっているのだろうと想像される.

 人間の情報摂取量も親達の世代と現代の若者では比較できないほどに違う.新聞や雑誌やラジオなどが主な情報源であった時代と,映像時代の今日では情報をbit数で換算するなら桁が違うことになるだろう.学校や家庭で勤勉な価値観を植付けようとしても,毎日のTV画面から享楽的な情報を圧倒的な情報量で流されれば,勝ち目がないのは当然である.
  親の世代なら,貧しさから脱出するためには,勤勉によって競争に勝ちぬき,幸せを掴めと言われれば,人生とはそんなものであると信じることができた.今の若者は,そんな勤勉が今の社会システムの中で通用しないことくらい,明石屋さんまやビートたけしのジョークやアドリブを聞くまでもなく知っている.むしろ親達が勤勉に働きつづけてきた結果,地球環境が荒廃し,バブルが弾け,挙句の果てがこの大失業時代であることを知っている.

  フリーズ(引きこもり)してしまったわが子をどうするのか?一度,電源を切る,つまりリセットする.古いシステムや命令を一度解除してあげるべきなのである.ニュースタートとはリ・セットすることである.
(11月16日)

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