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直言曲言 第10回 「大学とは何か」

By , 2001年4月16日 2:43 PM

 ずいぶん堅苦しいタイトルであるが,昔流行った『大学論』を蒸し返そうという魂胆ではない.不登校や引きこもりの問題に向き合っていると,行き過ぎた受験競争や過度な上昇志向の結果,ストレスが昂じて引きこもる若者が多い.それを社会病理と指摘していると,なんだか大学に入ること自体がいけないことであるとか,大学の存在自体が社会的に不必要なものだとか言っているように思われる.事実,ときどき自分でも「大学の存在に敵対している」かのような錯覚に陥ることがある.

 不登校や引きこもりから立ち直り,あらためて自分の将来の生活をデザインしようとするとき,やはり『大学』に戻り,学問をしなおそうとする人がいても不思議ではない.
  決して『復学』に反対しているわけではない.私などの『中退者』が大学の話をするのはお門違いかも知れないが,その中退歴のおかげで大学に8年も在学し,さらに何年かは大学の中の職場にいたおかげで,私は一般の大学卒業者よりも大学のことに詳しいつもりである.在籍した大学では5代余りの学長とも酒席を共にした経験がある.もちろん,今では教授とお近づきに慣れただけでなく,友人が教授や学部長になっている.

 四年制大学は現在,国公私立合わせて622大学あり,在学生は270万人余りである(平成12年『文部統計要覧』,大学院在学生を含む).18歳人口は現在約200万人だから,同年代のうち30%と少しが四年制大学に在学している.普通,大学進学率と言うときには短期大学進学者も含めていうのでほぼ50%である.ちなみに大学の教員(教授・助教授・講師等)は28万人余りであり,大学の先生と言うだけでは『選ばれたエリート』というほど限られてもいないようである.数を比較しても特別の意味はないが,中学校の先生の数とほとんど同じである.

 短期大学を含めた大学に2人に1人が進学するというのは異常な進学率である.なぜこれほど大学進学率が高くなったのだろうか.昭和29年の統計では大学進学率(短期大学を含む)は10.1%である.昭和35年(1960年)くらいまでこの進学率はほぼ横ばいである.昭和36~37年頃からグッと首を持ち上げる.いわゆる高度経済成長期が始まったからである.
  昭和50年(1975年)から進学率はまた低下ないし横ばいの傾向をたどる(有効求人倍率:前年の1.20から0.61へ急降下).1972年に第一次のオイルショックが起き,経済が停滞気味になったのも影響するが,もうひとつの原因は昭和50年に法令で専修学校(高等専門学校)法が制定され,四年制大学への進学率が政策的に抑制されたのである.

 ここまでは経済成長が進学率を後押しし,不況が足を引っ張って来た.しかし,これが再度上昇に転じるのは平成3年(1991年)頃からである.バブルが完全に崩壊した年なのである.
  今回の進学率上昇には少子化による18歳人口の減少が影響する.それまでの私学ブームが平成不況により,入学金や授業料の安い国公立大学に志願が集中し,私立大学は定員割れを心配する.定員の水増し合格が流行し,大学入学は一挙に広き門となり,進学率は50%を目指す展開となった.平成5年(1993年)からは有効求人倍率は再び1.0倍を下回り(平成4年1.08,同5年0.76)失業率の上昇は現在に続いているが,進学率は目立って低下はしていない.
  敢えて解釈を試みれば,これまでは不況になると進学を断念して高卒就職の道を選んでいたが,今回は求人数が少なく,就職することもできないため進学率が維持されており,少子化による大学のキャパシティがこれを受け入れていることになる.

 こうして見てくると,大学進学率は良くも悪くも経済情勢や求人状況に左右されているのは明白で,大学が《就職予備校》として位置付けられていることは明らかである.
  大学とは《就職予備校》だったのか?確かに『最高学府』とか『象牙の塔』とかの呼称が今の大学の多くに相応しくなくなっているのは知っている.また大学を卒業して,就職するのが悪いと言うのではない.ただ就職するために大学に進学しなければならないと考えるのは,明らかに本末転倒である.

 ある若者は大学進学を前に立ち止まり,引きこもっていながら『高卒と大卒では生涯賃金が余りにも違いすぎる』と言って上昇志向と大学進学・卒業の目標を捨てきれない.『何のために大学へ行く』かという根本的な問題と同時に,終身雇用制というものが崩壊してしまった現実が彼には見えていないから,《生涯賃金》などというありもしない『青い鳥』に振り回されている.

 大学生活を成人・社会人になるための<モラトリアム>(猶予)の期間だとする考え方に私は好意的である.どちらかと言えば大学にアカデミズム志向でもなく,就職予備校派でもなく,リベラル・アーツ(一般教養)の場を期待するからかもしれない.私自身大学に8年も在籍し,まともな就職もしなければ,学問を身につけることもできなかったからでもある.
  これが私の大学観である.大学に入りたいと思う人がいるなら反対する理由はない.しかし,過度な幻想を持つのは禁物であり<4年間遊びに行く>程度のつもりが良い.

(4月16日)

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