『358回目の鍋』と『359回目の鍋』(9,10月)
『358回目の鍋』
9月27日。モツなしモツ鍋という矛盾しているような鍋が出てきても気にしないのが通例となってきている昨今の鍋の会。
逆にもっとツッコミを入れられても良かった気はしますが……慣れとは恐ろしいものです。自己紹介の時間にはそれぞれの普段抱える「心の闇」を語ってもらいました。現代の日本社会はあまりに我慢することが増えすぎているので、ストレス発散も兼ねて普段言えないことを言ってもらおうという試みです。
やはり日本の闇は深い……という印象でした。
『359回目の鍋』
10月11日。
今回から新しい方針で鍋の会を進めていくことにしました。
開始時間と同時に鍋をみんなで作り始めて、完成したら席に座って乾杯をする。
今後どうなるかはまだわかりませんが、こういう新しい試みは続けていくつもりです。
そんなわけで今回みんなで作ったのは中華鍋。
参加者の一人が沢山の具材を持ってきて下さり、具沢山の栄養満点な鍋に仕上がりました。つぼい。![winterb04[1]](http://ns-kansai.org/wordpress/wp-content/uploads/2013/09/winterb041-150x150.png)
例会&父母懇親会 一言報告コーナー9月~10月
定例会報告
9月19日(土)に8名参加(内御家族さん2組)でした。
何がきっかけで今の状況になったかはっきりしないという話がありました。引きこもりは何か一つの事が原因という場合もありますが、いくつもの要素が積み重なり抱えきれなくなった結果という場合も多くあります。引きこもり問題は個々にそれぞれの事情があるので一概には理由や原因は決めつけられません。
父母懇談会報告
10月3日(土)に5名参加(内親御さん2組)でした。
今回は参加された方が少なくそれぞれゆっくりと話ができましたが、できれば親御さんの方々の参加がもう少しあっても良かったと思います。もちろん子供や家庭の悩みがあって参加していると思いますが親御さん同士が交流する機会でもあるのでぜひ参加してもらいたいと思っています。
◎引きこもり女子会、しばらく休止します!
9月20日(日)に第8回目の引きこもり女子会がありました。この日はいつものメンバーが他に用事があり来られず、申込みをしてくれていた人も直前で来れなかったりで私一人の参加でした。それでも誰かが来るかもしれないと思い、手芸に没頭していましたが、1時間くらいして、会場になっている事務所に別の用で男性が来られて作業をし始めた時には、(はっ!これは女子会ではない!ただ私が広い部屋で贅沢に布や本を広げて手芸をしているだけになっている!)と思い、1時間半ほどしかたっていませんでしたが、この日は終了としました。いつものメンバーが来られなかったと言っても新しい参加者の方もあまりいないので今は女子会の要望がそれほどないのかもしれないと思います。告知していた会が9月20日で最後だったので、今回で女子会は一時休止とさせていただきます。ぜひ再開してほしいという声や一緒にやっていきたいという方がおられましたら大歓迎ですので、事務局までお知らせください。私個人的には最近手芸が楽しくて、手芸部を作りたいなという気持ちがあります。今のところオブスペの金曜のレクが畑の日の、畑に行かない人のためのインドアオブスペで手芸部やりたいと思います。手芸の得意、不得意関係なく、みんなでできるような物も考えていきたいです。
「閉じた身体、ひらかれた精神」長井潔
通信の前号で高橋淳敏氏は「社会との関わりの中でしか病気は治らないのに、精神科医は精神が個別で所有できるものだと考え、精神病院の中に入院隔離して、病院の中で一般的に問題がない状態にまで、薬や療養で精神を個人の身体の中に抑え込む」と論じた。精神病と言えば医療の言葉だし、医療と言えば投薬や難解な手術などして個人を治療できる権威だから、厳しい批判に対して違和感を持たれた人もいるのではないか。この論点「精神を個別に所有できると考えるのは間違い」かどうかをあらためて考えてみよう。
まず身体の徹底した閉じようを考える。身体は他者と交流できるだろうか。ほぼ全面的に不可能だ。不可能にしている身体独特の機能を「免疫」という。他からの侵入を頑なに拒絶する何重もの仕掛けのことを、「免疫の意味論」の著者多田さんは「超システム」と呼んだ。防御は完璧なので、患部を他者から移植するよりも自分の細胞を変えて作ろうとするIPS細胞の研究が発展してきた。
このように身体が閉じていることは科学的に解明されている。身体は徹底して閉じているから、治療対象は個人とすればぴったり一致する。そしてこの枠組みを医療は安易に精神にも持ち込んだのだろう。
しかしそれならば精神がひらかれていることを科学は立証しているのか。オキシトシンは興味深いホルモンだ。出産時に大量に分泌され子宮の収縮を助けるホルモンとして発見されていたが、もっともっと広範な愛着に関わる機能を持つことが分かってきた。母と子のスキンシップにより母と子双方にオキシトシンが大量に分泌され、双方に安心感を与える。男性に優勢のホルモンは別にあるが男性もオキシトシンを持っている。笑顔を見ると見た人にはオキシトシンが分泌される。オキシトシンを分泌させた個体の近くにいる個体はそれだけでオキシトシンが増える。オキシトシンは個人から他者へと交流する中で広がっていく安心物質なのだ。スキンシップが親も子も安心させたり、一人よりも二人でいる方が安心なことなど、昔から誰でも知っている。他者との関わりが大事なことが科学の言葉でも語られてきた。オキシトシンが活躍する場は個人を超えた「超システム」だ。
身体は徹底して閉じているから手足が切断されたりなど大きな障害を受ければそれが治ることは一生ない。精神は障害を受けても個人で閉じることがないから治る可能性もまたひらかれているのだ。他者といかによりよい関わりができるかにかかっている。
ところで今年から日本の研究機関がオキシトシンを知的障害者に注入する検証試験をはじめた。生物は双方向につながるためにオキシトシンを進化させてきたのだから、個人にこれを注入するより他者とスキンシップする方が効果も高いだろう。しかし今後医療はこれを薬にしてひきこもりや障害者に売り、また個人病理モデルでひと儲けするだろう。
あなたは、オキシトシンを買いますか?それとも友と手をつなぎますか?
ニュースタート関西とは







