6月3日のレクは、お菓子作りとオセロ大会の予定でした。寮生Kくんとスタッフであーだこーだ話し合って、みんな一人一枚は焼いて作れるということで、「ミルクレープ」に決定しました。結局その場にいた6人と帰ってきた寮生Mくんが一人2枚ずつ薄いクレープの生地を焼いて、それに生クリームとキウイをはさみながら重ねて重ねて、できました。とても簡単なのですが、一人で作ったらきっと孤独な戦いになってしまうだろうねと話しながらへらべったいミルクレープができあがりました。それを少し冷蔵庫で寝かせて、その間にオセロで勝負です。お腹が減って早く食べたくて仕方ない状態での試合となりました。さぁ20分ほど寝かせて少ししっとり馴染んだミルクレープにナイフを入れます。(く)
○みんなの一言○
福神さんの泡立て方(生クリーム)めっちゃ迫力ありました。栗岡大悟
生地がフライパンからはなれなかった。自由人
美味しかった。一切れでぐっと我慢したのでより美味しく感じました。 (く)
生地をフライパンで焼いて円形の形にするのが難しかったです。 M
作ってみると意外とカンタン?何枚も焼くのが大変でした。みんなで作れて楽しかったです。 Fuku.
お天道様はティッシュも配る
(普通なんてどこにある~NPO編①~)
「君の商品開発を進めてやってくれと他部署の課長が土下座していた」
開発が終わって半年後に聞かされた。
(知らない人が動いてくれたなんて…)
*
その後会社を辞めた。根拠のない自信があったため転職先は決めていなかった。若者を支援したい。ニュースタート事務局関西に出会い、当時の西嶋代表に初対面で参加を尋ねると、
「いいよ」と。
履歴書すら出していないのに。
若者への就労支援活動を企画提案した。会議では反対されたが代表はある助成金の応募を勧めてくれた。あっさり通り、活動が始まった。
半年後には他の人が別の助成金に応募してくれた。当日審査だけ行きなんなく通る。二つの助成金をバネに支援の活動は軌道に乗った。
近隣の精神科病院から院内の喫茶売店の運営を依頼された。患者さんに店員を頼むことが条件だ。誰かがやらねばならないので手を挙げた。家賃免除やタバコの販売など病院が協力してくれ半年で軌道に乗った。
自然と働き方が固まった。これは偶然なのか。
(いや、知らない人が動いてくれたのだ…)
*
就労体験の拡充のため新規事業がほしくなったが都合よく話は来ない。何でもいいからやろうと決めた。ガーデニング事業のNPOから誘われ、若者と病院売店の店員さん各一名と、草抜きに参加した。
腰が痛かった。
一週間後、病院の職員さんから「部屋掃除の仕事をしないか?」と。
これが新規事業になった。
実は、一緒に草抜きをした店員さんが病院の職員さんに喜びの体験報告をした。職員さんも喜び、それならと新たに紹介してくれたのだ。
人が動いてくれるようすが初めて見えた。
地域の人のつながりから、仕事は生まれる。自分が誰かのために動けば誰かが知らないうちに動いてくれる。
*
仕事に就くために普通なら、履歴書を書いて電話し面接に行く。履歴に空白があると難しい。
自営業なら自分で始められる。しかし成功するかは時の運だ。
地域の小さな仕事を始めても一人前ではない。しかし地域の誰かに助けられ、徐々に増える。
「お天道様が見ている」かのように。
ニュースタートを卒業した若者も、履歴書すら書かずに地域で仕事を始める人が増えた。
*
ある日河川敷をジョギングしていたら下腹が痛くなった。下痢か。走れない。
紙など持っていない。周りに店はないし人もいない。
タクシーを呼んで帰るしかないのか。久しぶりに走り切りたいのに。
そうだ、今こそ根拠のない自信を持て!
どこからか都合よく紙が見つかるのだ!
草原やごみ箱にはない。仮設トイレを二か所のぞいたがない。三か所めもトイレットペーパーの芯だけがむなしくから回る。
(…うん?)
(なぜ芯がある?個人で持つならティシュだろう?)
駐車場の管理室までゆっくり歩く。
「トイレの紙がありません」
にこっと笑って新しい紙をくれた。
根拠のない自信を持とう。日々をよりよく変える。誰かにも助けてもらえる。
2016、6,16 長井潔
定例会報告
5月21日(土)に7名参加(内御家族さん2組)でした。
コミュニケーション能力についての話題がありました。若者本人も親御さんも自分の子供は人間関係が苦手だと話していました。苦手で避ける気持ちも解りますがコミュニケーションは個人の能力だけでは説明はつかず、相手があっての事ですし、実際の経験で吸収できる事も多いのでチャレンジしてほしいですね。
父母懇談会報告
6月4日(土)に5名参加(内親御さん2組)でした。
親元で暮らす事について話題になりました。社会参加や収入が無くても寝床と食事を親が与えれば生きる事はできます。暇潰しには パソコン等あれば充分で外出したり人と対面する機会は親に任せたりして避けれます。引きこもる要因は多数ありますが親元での生活は問題解決には不向きだと感じました。
「直言曲言」は2013年11月からであるから、2年6カ月間休筆していた。勝手ながら今回再開させていただくことにした。理由は妻が「このままでは、ますますボケていく」と命じたからである。私自身、脳梗塞を発症してから一旦は死の床のつもりでぼんやりと過ごしていたのだが、10年を過ぎるとなると、このままではいられない、という気になってきた。いずれにしても手前勝手な理由で再開することは許していただきたい。さて、再開するとなると当然、書きたいことは「引きこもり」のこと。ひきこもりの原因は大人の与えた<ストレス>だと考えているので、引き続きそのことを書く。
直接引きこもりには関係がないのだが、最近「いじめ」を苦にした子どもの「自殺」がよく目立つ。もちろん、いじめがよくないのは明白だが、これを苦にしたからと言って自殺をしてしまうのは許されない。幼い時に子どもがいじめられたという経験は良くあるけれど,それで子どもが自殺してしまったのでは、親にとっても社会にとっても経験にも何にもならない。自殺をした子どもを責めても何にもならないが、近ごろは自殺をしたくなるように仕向けている大人がいるような気がしてならない。いじめを憎むあまりに、いじめられた子が自殺をするのが「当然だ」というようなマスコミの論調が目立つのではないか。もともと、いじめに対する対抗手段を持たない子どもは、大人社会の論調に流され、自殺を有効な抗議手段のように思い込んでしまう。本人は自殺後の経過など知らないにしても、他の子の事例を見ていると、いじめた子の名前をノートに書き連ねたりして、恨みを晴らすような意図も見受けられることがある。これも本人の意図とは別に、マスコミの書き方による効果だと思われる。
高校の体育の先生による厳しい叱責や体罰によって、校舎から飛び降り自殺をした生徒がいた。これもマスコミにより、いじめを苦にした自殺と報じられた。自殺はマスコミ報道の後だから自殺は報道のせいだとは言い切れないが、その後も体罰に対する抗議自殺が続いた。自殺に正当な理由があると思われかねない。もちろん、体罰もいじめと同様に非難されるべきことだが、抗議して自殺することを正当化できることではない。すべての迫害に対して自殺で対抗しようとするのは、弱者の視点である。自殺は敗北である。体罰や過度な叱責の是非は別として、すべての迫害に対する抗議の自殺が正当化されるとすれば、叱責自体が許されない犯罪ということになる。いじめにしろ叱責にしろ、自分に対する敵対的行為はすべて悪意ということになりいじめか否かの判別も出来ない。
命はかけがいのないものである。たとえ、誤って失ったとしても取り返しようがない。仕返しや抗議のために使ってはならない。
『374回目の鍋』
5月22日。もうすぐ梅雨ですね。基本的に雨の日は苦手(濡れる、風邪ひく、鼻水止まらない)なので、
とても憂鬱な事この上ないです。自称晴れ男の自分でも梅雨だけはどうしても防げません。
車で移動出来る人、歩いて移動出来る人が羨ましい……そんな中、今日も自転車で鍋の会の会場(ドミトリー)に向かいました。
鍋はトマト鍋+グリーンサラダが良いという意見があったのでそれに決定。季節的にもちょうど良さそうですしね。
……そしてなぜかニュースタート代表の高橋さんが珍しくやる気になり(失礼)、鍋のだし作りから始めていました。
香ってくるのはカレーのスパイスっぽいけど大丈夫かなという心配も。
自分の記憶の中の高橋さん=料理というと泥を食べた方がマシと言えるほどまずい韓国の臭い虫の炒め物なんですが……まぁあれは食材(と呼べるのかどうかも謎ですが)が問題だっただけなんですけどね。
何やら自信あり気な彼の鍋料理……完成してみたらしっかりトマト鍋で安心しました。
スパイシーな感じも意外とトマトと合ってて良かったです。ちなみに自己紹介のテーマは「改めて自分を紹介」にしてみました。
要するに普通の自己紹介ですが、こういう場だからこそ気楽に出来る=他の場での練習になる、と思っていただければ幸いです。
『375回目の鍋』
6月12日。雨は降るの? 降らないの? そんな天気。この季節はとにかくジメジメしていて蒸し暑いですね。
こういう時期に極端に弱る自分としては、鍋の会の鍋にパワーをもらいたいという一心だけで必死に自転車を走らせます。
さぁて、こういう時期に食べたい鍋はあるだろうか。一応、鍋料理は年中色んな物があるにはあるので、たとえ暑い夏の真っただ中でも問題はないのです。
ゴマタンタン鍋が良いという声が上がったので、じゃあそれにしようという事に決まりました(タンタン麺の鍋バージョン。締めはもちろんラーメン)。ついでに美味しい冷ややっこも個別に作ります。
ご飯を炊いたり、野菜を切ったり、どう切ればいいのかわからない人に教えたり、場合によってはだし作りをしたり。
思えば鍋の会に来たばかりの頃はこれらを何一つうまく出来ていなくて、出来ている人たちが別次元の人間で自分とは完全な別物とさえ思っていました。今慣れてなくてうまく出来ていない人を見ると、あの頃の自分と重なって見えるのが何とも不思議な感覚で驚いてます。出来る出来ないはあくまでもただの結果であって、やるかやらないかが人としての一番重要な起点となるのではないでしょうか。
昔は「自分なんかが絶対に作れるわけない」と思っていた鍋料理も、今や「誰でも簡単に作れる美味しい料理」という認識に変わったのも、そういう起点があったからこそなのかもしれません。話が逸れてしまいましたが、完成したゴマタンタン鍋と冷ややっこはとても美味しかったです!ゴマタンタンという事でお好みでラー油を垂らしてみたりするとピリっとしてさらに美味しい。
鍋の会が終わって帰る頃には雨が降っていましたが、鍋パワーのおかげと気合いで何とか無事に帰る事が出来ました。
ところで夏の鍋で検索してみると意外とヒット検数があるのはご存知でしょうか。
もし興味のある鍋が見つかったら是非リクエストしに来てください! つぼい。