5月例会報告
5月16日(土)例会がありました。7名(内家族の方が2名)参加でした。今回はいつも冒頭の話をする代表の髙橋が、ヨーロッパの何か国かにいる知人たちを訪ねて行ってその土地をまわる大旅行中だったので欠席でした。それで私が冒頭の話をさせてもらいました。ニュースタート関西が引きこもりを個人の問題(欠点や障害、病気だと考えてそれを治すことで元の社会に戻そうとする)として見るのではなく、引きこもってしまうような繊細で真面目で優しいところのある彼らが生きにくいと感じる社会の方に問題があるのではないかと考えて活動してきたこと。それを自分自身の話にも結び付けて話をしました。前日に家で愛犬(ゴン)の前で練習したときは、緊張することもなくゴンの目を見ながら、考えていた文章の間に自分の考えやエピソードを入れ込んで話すこともできて30分ほどかかったのですが、当日話し出すとみなさんの顔も見れないし、考えていた文を順番にサクサクと話してしまい、なんとたった15分しか経っていなくてびっくりしました。伝えたいことを人前で相手に伝わるように話すということは本当に難しいことだなと実感しました(^^)
皆さんの話では。心のストレスから身体に症状がでることがある。それは幻聴だったり腹痛であったり、いずれにしてもそれは不安が大きくなったときに強く出る。その身体のサインに目を向けるだけではその症状はなくならなくて、逆にそのことを思い悩んで不安やストレスは大きくなることはあっても軽減することはなかなかないだろう。元々の原因である心のストレスを軽減するためにはどうすればいいか。たとえばこれからのことや人間関係のことなど不安に思っていることをいくら一人で思い悩んでも答えは出ない。それよりは身体を動かして少しでも興味があったりわくわくするようなことをしてみる。その結果そのことについて考え始めることになる。そうすることでしか不安から一度視線をそらして他の景色を見ることはできないのではないか。
「親は子に寄り添って一緒に悩んだり考える」こんなことはおそらくできない。もちろん親は勝手に子の事を想って考えて悩んではいるが「子と一緒に」というのは実際は可能だろうか。親から子(中学生以上の)に歩み寄ることは難しい。子はよりそっぽを向いてこちらを向こうとはしない。ありえるとしたら、子が他人と関わっていく中で自分は親とは違う人間で自分の生きる道は自分のものだとなんとなくでも感じたとき、子の方からなら親に歩み寄ってくれることはあるのではないか。
他の方の話で、昔アルバイトをしていてうまくいかず、ふてくされて出ていこうとした時に「あほんだら!」と怒ってくれた人がいた。その後だいぶたった時に自分が元気にやっていることを伝えたら心から喜んでくれたという話。今自分はもう大人側だが、若者にきつく言えない。自分も傷つきながらやってきてもし伝え方で相手を傷つけたらと思うと怒れない。それは優しいというのとは違って自分が嫌われるのがまず怖いからなんじゃないかと思う。例え嫌われようと言わなきゃいけないこと(間違っていても)はバシッと言える大人が周りにいたら引きこもっていて動けない人の心をざわつかせることができるかもしれない。なにくそ!って。(くみこ)
ニュースタート関西とは






