11月定例会報告
11月19日(土)の定例会、参加は10名でした。(内2名の方がご家族)(くみこ)
冒頭の話です。引きこもり問題を個人の問題として解決しようという考えでは30年間の支援で引きこもりは少なくなってはいかなかった。引きこもっている人が悪いわけじゃない。なぜなくならないのか、何が問題なのか。無関心ではなくみんなで考える。「学校に行かなくなった。」そこでどう関わりを持てるか考える。引きこもり問題の当事者は家族や学校、仕事などその周りの人たちのことである。本人だけが考えても何も変わらない。周りがその機会に話をして考えることが大事だろう。「引きこもり」という言葉が出始めたそのころ、急に若者が病気になったり、弱くなったわけではなく、社会が若者を必要としなくなった。
皆様の話から。
引きこもりから出ようと相談に出たが、当事者目線が欠けている人が窓口にいる。スタッフが少なくて全然引きこもりについて分かっていない人がいて話すだけで辛くなった。
小学校のころから体調を崩すことが多くなり、通信制の高校に通うが行けなくなった。親が話しかけても返事がない。そんな時親はこれからどういう風に生きていくことができるだろうかと真剣に考えておかないといけない。本人からSOSを発してきたときに話ができるように。引きこもっていると何がしたいかなんてわからない。お腹が空いたら「食べたい」って動き出すのではないか。本当に何かしたいことが出てくるまで待つ。親が子の方を向いてずっとそのことだけ考えていたら、待てなくなって「何がしたい?」「どうするの?」と聞いてしまう。言わなくても伝わる。それならどうすればいいか、親も自分自身の人生をいろんな人に出会いながら必死に生きる。その時に感じたことを「私は~」を主語にして子どもに一方的にでも話していくことも大事だろう。ほったらかしにするというのではなく、元気になって欲しいから何かあったら言って欲しいと伝える。
最近少し動き出していろいろ調べたりしていると、とにかく就職しなくてはならないと感じていたけれど、ここにきて例会や鍋会に参加していると、それよりも人と話したりすることが大事なことに気づいた。そしてそのことは自分の力になった。親が「この子はもうずっと家にいるんだ」と完全に腹をくくってしまったときに、自分はずっとここにいるのかと怖くなって、初めて心から外に出たいと思うようになった。