「今際の際」高橋淳敏
今際の際
今際の際で、かつて高校時代に引きこもっていたことを思い返す。自分の部屋を出て、物置だった部屋に私はずっと一人でいた。私は過去だった。その後、私が生きることになった未来はともかく、今ここは「われ思うゆえのわれ」でしかない。何もない現在は、地縛霊のごとく成仏せず、この部屋を過去の私とともに浮遊している。あらゆる幸せはここに現れることができない。そこが気に入ったところでもあった。安全ではないが、不幸にもここに落ち着いた。親や兄弟は心配はしているのだろうが、表向きはかまってこない。私は腫物のようなのだろう。妹がご飯を運んでくる。それを食べてはまた廊下に出す、味は濃いか薄いかくらいで、おいしいとかまずいとかがない。出されたものを、ただ食べるだけ、残しもしないが満足もない。今の時代と違って、スマホもなければパソコンもない、テレビすらない。音楽も聞けない。ラジオくらい持ち込んでもよかったが、ラジオとか何かに夢中になっているのだと周りを安心させたくはなかった。そもそも夢中になったラジオ番組もなかった。そういう私という存在を不安に思ってもらいたかった。かまってはほしくないが、存在したかった。穴のような、この存在を畏怖してほしかったのかもしれない。
両親はともに教師であった。特に大正元年生まれの母は当時では珍しく女学校に通ったのだった。女性として、教師としての気概があった。結婚するときの条件は教師を辞めないこと、結婚式でその条件をのんだ父と初めて会った。お互い晩婚だったが、そこから4人の子どもを産んだ。その中で、私が母に一番可愛がられた。家事の多くは女中が担っていた。この食事も女中さんが作ったものだ。私は高校生になり、学校の教師と上手くいかなかった。母なら慰めてくれただろうが、それではだめだし、ここは親に頼りたくはなかったし、頼れなかった。いずれにしても、穴のような私の存在は、肯定されはしないだろう。誰にでも我を通してしまう兄には理解できないし、妹は母の遣いでしかなかった。姉は奔放で家にはいつかなかった。それにしても、友人たちはなぜあのような間違った教師を許せるのか。私は許せずにいるし、その教師を正さずにしれっと教室に戻るなんてことはできなかった。全く、恥をかかされた。あんなひどい教師、いや人間として間違っている。友人たちに合わせる顔もなければ、クラスメートは私のことは心配していないのだろうか、それともこんなことを気にしている自分がおかしいのか。言葉にしなくてはならなかったが、当時は「引きこもり」なんて言葉もなかった。結局幸せになること、豊かになることは、親の家から都会へと出て、会社に勤め小さな家族とちょっとした持ち家と人より少し見栄えのする自動車に乗ることでしかなかった。次男であったし、この家を出ること以外、他に選択の余地はなかった。私は引きこもることを否定して、穴のようだった自分の存在を家だの車だの見栄だのとくだらないもので埋めて、自分に嘘までついてこの部屋から出た。それは当時の時代としては自明のことだった。随分と時間はかかったが、そうするしかなかった。いわゆる、現世は仮初だった。
私が結婚して、息子が私の引きこもった年頃になると、息子も同じように穴となった。私は息子には、自分にもそのような時期があったことを伝えなかった。私は引きこもることを否定し、部屋を出たので、語る言葉は持ち合わせてはいなかった。自分が未解決なままにしたので、息子に遺伝してしまったようで気の毒に思ったが、たぶん自分と同じようにしていつか引きこもることを否定して、自分とは違ってもう少し現代的な価値あるもので、その穴を埋めて時間はかかっても部屋を出るだろうと思ってはいた。だがどうも息子の様子は違った。その穴を何かで埋めてしまうのではなく、しばらくたってその穴を大きく見えるようにして、部屋の外に持ち出そうとしていた。今度は私が腫物に触るような気持ちにさせられた。それでも私は自分の経験を伝えることはなかった。というのも、息子は私とは違うことをしようとして理解できず、何よりも私の引きこもり経験を肯定することは、その後の私の生き方を間違ったことと認めることになるからだ。私は正しいことをしたはずだった。それで、私が正しければ、今息子が穴を家の外へと持ち出そうとしていることは間違っていることになる。でも、間違えているともどこかでは思えなかった。
どうも私もこの穴と、今際の際で向き合わなくてはならないようであった。向き合ってみれば、穴はどうも本当にただの穴だった。呼吸ができなくなり、血液の流れが止まり、臓物とこの身体が停止して物となり朽ちていく。正しさとは、この身体の外にあるものではなかった。穴を埋められる正しさはなかった。間違いは正すためにあるのではなく、認めるために間違いはあった。正しさというのは何か他にあるのではなく、間違いを認めることが正しさであった。正しさが他のどこかにあるのではない。間違いがなければ正しさはなく、正しさがあって間違いがあるのではない。そういえば、私の少年時代はいつも悪者が登場してから、正義の味方があらわれるのだったな。正しさではなく間違いこそが本質だった。最期に、私は穴と向き合えて、それを認めることができた。それが、しあわせであった。都会のあかりが奪った夜の星の光、その空の暗闇の彼方へ。
2021年11月20日 髙橋淳敏