NPO法人 ニュースタート事務局関西

「騒動の影で」髙橋淳敏

By , 2020年3月20日 11:00 AM

 少年は高齢の女性と一緒に住んでいた。少年は赤ん坊の頃にその女性の家の畑に捨て置かれていて、たぶんずっとその家で育てられていた。「ミラノの奇跡」という映画は、そのような少年の生い立ちを描写するところから始まる。私がハッとさせられたシーンはその冒頭部分にあった。赤ん坊から、少年がたぶん7,8歳くらいになったシーンに移り、少年がキッチンの前で呆然と立ちすくんでいる。鍋に沸かしていたミルクが吹き零れて、床にまで広がっている。コンロの火はまだ着いたままで、ミルクは吹き零れて床にも広がり続けているが、高齢の女性はいない。少し緊迫したシーンである。少年がその事態をどうするのかと観ていると、女性が荷物を携えて家に帰って来る。女性はすぐに荷物を置いて、あわてるようにして床にかがんでテーブルの下にもぐってなにかを引き出した。雑巾でも探しているのだろうが、火を止めるのが先だとろうと突っ込みたくなるところだが、なんとその女性は床に広がったミルクの筋を河に見立てて、小さな家の模型を両岸に配置したのだった。それから、少年の手を取り一緒にミルクの河を何度も対岸から対岸へと楽しそうにまたぎ、「素晴らしき世界」といって少年にこの世界を肯定することを、自らがはしゃぎながら教えたのだった。次のシーンでは、少年は12,3歳くらいになっていて、女性は床に伏せ、社会から抑圧を受けた無能者の一人として敬われることなく死んでしまうのだが、その女性が少年にかけた魔法のようなものは、少年が孤児となり貧者と共に生きていく映画の全編に、その少年の人生に示唆されている。1951年の白黒映画である。この世界は素晴らしい、人間もすばらしい、なのになぜこのように抑圧された社会で生きなければならないのか。これほど理不尽なこともないが、一人の人間がこの世界に生まれ落ちて、向き合うテーマとしては申し分ないだろう。

 

 家族4人で離島に住んでいる。家族以外は住んでいなさそうな、小さな乾いた島である。「裸の島」という日本の映画の半分以上は、両親がその離島に水を運んで乾いた土に水をやる場面で埋め尽くされている。島には水源がなく、手漕ぎの船で水源のある町まで行って、二つの桶に水を入れ、天秤棒を肩に担ぎ桶を両端につる下げて、島の急斜面を登る足元や表情なんかが何度も映し出される。最初から最後までその日常は変らないが、なぜ家族がその島に住むことになったのかの説明もなければ、全編台詞もない1960年の白黒映画である。それだけで観る気も起こらないだろうが、描写に優れて考えさせられる映画である。これも私がハッとさせられた、せっかく運んだ水桶を母親がこぼしてしまう場面があった。近くにいた父親がどうするのかと観ていたら、その母親の頬を平手打ちにして、母親は突っ伏してしまった。そして、すぐに起き上がりまだ水が残っていた一つの桶を、今度は父親と母親が天秤棒の両端を肩に担ぎ、桶をその間につるし、また斜面を登っていった。とにかく台詞がない、母親は失敗してしまったと自覚はあるが、父親に残った桶を一緒に運ぶように頼むこともなければ、父親は母親が失敗を自覚していることを分かっていて、それを慰めることもなく咎めるわけでもない。母親が立ちすくんで考えようとしていた頬を引っぱたいたあと、母親が突っ伏したことも気にかけず、すぐに次の共同作業が当たり前に行われていく。迫力のあるシーンであった。なぜ、家族が離島で住むのかを考えても仕方がない。なぜ、生きるかを考えても仕方がない。ただ、乾いた土に水をやる。それだけ聞くと、とても抑圧された生活にも思えるが、誰かに命ぜられているわけでもなければ、映画には子どもが船で小学校に通う姿があったり、たまに取れた大きな魚を町で売って現金にして少しの贅沢をする場面(ちょうど日本は経済成長に差しかかっている時代である)もあり、厭世的な生活をしているのでもない。そこには離島で住む家族が生き死んでもいく描写があった。長男が死んでしまう。親はこの島に住んでさえいなければと後悔する暇もなく、乾いた土に水をやる。どんな困難な土地に住んだとしても、お金によって働けと命ぜられてもいないのなら、そこは素晴らしき世界であるのか。

 

 連日の新型コロナ騒動で影を潜めてしまったが、相模原で起きた津久井やまゆり園事件の植松被告、千葉野田市の虐待傷害致死事件の栗原被告、二つの事件を同じようには見ていないが、ちょうど同じ頃に公判があり、予想されてもいたが両件とも一番重いだろう罪の判決が出た。植松被告は最後まで、障害者を心失者として差別し、無能である障害者の存在は今の社会において損害しか与えず、抹殺すべきだとの主張を曲げることはなかった。栗原被告は、自分の子どもや妻に対する虐待をやってはいけないことであったと最後まで考えることはできずに、あくまで彼の考える善意でのしつけのようなものだったとの思いは変らなかった。両件ともに、自分のした殺害行為について自認はしていて、それが社会的な認識とずれているから、一番重い罪を負わせて排除しようというくらいにしかなっていないが、本当に彼らは社会的な認識とずれていたのだろうか?共通するのは彼らは事件を起こす直前くらいまでは、今の社会に比較的順応していたところである。彼らは、自分がされてきたことを、社会的立場の弱い障害者や子どもや女性にしたのではなかったか。彼らのした行為は、今の社会の鏡として考えるしかないだろう。

2020年3月20日 髙橋淳敏

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