「「社会モデル」の構築にむけて1」髙橋淳敏
「社会モデル」の構築にむけて1 ~「医療モデル」と「福祉モデル」について~
今まで書いてきた主なことは、引きこもりはどのようにして引きこもらされるか、いかにして今の社会が引きこもりを生んでいるかについてであった。その現状を考察したほとんどは、引きこもらされている人が被支援者としてではなく、引きこもったままでも人に会っていくことこそが希望であるといった結論になった。というよりそこには、引きこもるような心性をもった人が、何か別の社会について考えていける可能性や、今の社会に対する問題意識を持っているということが最初からあった。人を変えることができるのは他者である。今の日本の社会では人を変える他者性に出会えることが少なくなっている。電子ネットは生身の人間をより意識はさせるが、その交流を不可能なものにしてしまったのかもしれない。人が社会とも言えない属性に呑み込まれ、生身の他者に出会うのが困難になっている。引きこもったのちに外へ出たとしても、そこで出会うのはかつての社会と変わりなく、自分も変わっていなければ人も変わっていない、ただ年月が過ぎただけでは引きこもったことに何の意味があったというのか。社会が引きこもりと出会うことによって変わっていかなくてはならない。引きこもったこと、引きこもらされたことはこの時代特有のものであった。引きこもった人の生き方にどのような意味がもたらされるのか。引きこもり問題から変革していく「社会モデル」を提案できればいい。その前に今までの話しとも重複するが、この社会に引きこもっていた人がどのように外へ出て行ったか、外に出ようとしていたかを振り返りたい。提案していきたい「社会モデル」とは別に、変わらないやりかたを「医療モデル」と「福祉モデル」と名付けて記す。
今でも私たちのところに相談に来られる親の半数以上は、精神科医療を受診している。行政に相談しても保健所などを経て、病院を紹介されることが多かったようだ。数年前から行政は生活困窮者支援というのをやっていて、社会福祉協議会などが行政サービスとの橋渡しをしているのだが、これも生活保護費を増やさないために出てきた財政対策であって、既存の社会資源に頼るだけの従来の「福祉モデル」と変わりはない。「医療モデル」は一見分かりやすいだけが良いところで、診断、入院、手術、投薬によって、引きこもりの治療がなされる。私たちはかねてから、引きこもりは病気ではないと言ってきたが、病院に行けばまずは何らかの病名の診断がされることになる。引きこもりと診断されることはなくたいてい何らかの病名が与えられる。そうでもなければ病院という機関は窮屈で、その人と関わることができない。本人が来院をしようものなら薬の一つでも売ることになる。私たちはそれなりに地域でも活動してきているが、今まで一度も病院からの紹介を受けたことはない。病院やとくに医者は地域や変革の可能性を持っている社会や人のことを知る気はない。彼らの関心は人ではなく病であって、どのような地域社会を作っているか、人がいかに生活したいかに興味がない。とても閉鎖的な機関で、病院から地域に働きかけることはない。引きこもっていた本人が病院に関わらざるをえなくなって、薬物やら隔離で医療機関と離れられなくなり、病院から引き離しにいくという形でしか関われない。地域生活をする上でも、病院スタッフが地域へ出て話し合うことは例外的で、カンファレンスなどといって地域や家族の人が病院を訪問して、外の生活について話し合いをもつのだから、外へは出ない覚悟でいるのだ。
入院隔離の機能は、一緒に住めないと判断した親にとってはとりあえずの応急処置にはなる。ただ、一時的に隔離するだけで問題は先送りにされている。その間に薬物を投与され、病気が作られたり、入退院を繰り返したり、退院していく場所がなければ社会的入院と言われるような長期入院に至ることがある。薬はそのほとんどが人にとっては劇薬である。薬であれば、毒でもあるわけで、副作用や依存性もきつい。特に精神科の薬は、人や発達においても合う合わないの誤差が大きい。手術においては未だに、脳に電極を流すようなこともやっていると聞く。感覚を穏やかにしたいなどの理由によって、鼻や耳など外科手術をおこなう人もある。何れにしても「医学モデル」は本人をどうにかしなければならないのであって、自己責任的な考えである。周りも一緒になって変わらなくてはならないように考えることは、社会や他者に対する諦めからか全く蚊帳の外にある。病院の中は社会ではない。治療行為であって本人とのコミュニケーションは望まれていない。医者が病院の外に出ず引きこもり、長期入院や入退院を繰り返させ、精神症状を薬や孤立させることによって回避する。精神科医療の問題はたくさんあり、改善すら見えてこない。
経済成長、かつての企業活動は公共の福祉と言った。多くの人が豊かになり、あらゆるサービスを受けられる経済的自由や、社会を拡大できた企業社会こそが日本の「福祉モデル」を作ってきた。終身雇用の正社員の父親を主として、家父長制の家族制度を軸に、最終的に家族がセーフティーネットの役割を担う。企業社会と核家族は一体となっていた。引きこもりが家にしかおれないのはそのためである。このような企業に寄りかかった「福祉モデル」は経済が落ち着いてしまった現代では崩壊しているが、多くの人が離脱し、脱落させられてはいても、他の「社会モデル」がなくてはぶら下がらざるをえない。就職を前提とした訓練や支援はこの「福祉モデル」によるものであり、引きこもりの支援者を名乗るものの中にはファイナンシャルプランナーもいて、親がいなくなっても本人が生きていけるようにと保険をかけたり、家計の相談にのるものもいる。年金や社会保障を払うにも受けるにも厳しくなる中で、その網の目も広がる一方で隙間から落ちていく人が増えている。引きこもりは発達障害などとし、企業社会に下駄をはかせる算段をその親などが中心になって行った運動もあった。NPO法人はその名前からもこの企業社会とは対置するような活動のために設けられた法人であったが、その多くはこの「福祉モデル」の隙間を埋めるべく、行政の下請けの仕事をでたらめな労働によって担わされている。どれも企業社会が作ってきた福祉モデルを補てんする働きである。いずれにしても、福祉モデルは自己責任を果たすべく下駄をはかされたり、できなければ施されるものであって、高齢者にしても生活困窮者にしても障害者にしても、行きつく先は施設である。
~次回に続く~
2018,4,20髙橋淳敏