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「子育て」髙橋淳敏

By , 2017年1月23日 10:00 AM

現在私は子育てをしている。親子は似るもので、私はアレルギー性鼻炎から気管支炎になり、子どもは同じく鼻炎から喘息になって入院することになった。子どもが入院したのは6歳の頃で、私がよく耳鼻科に通院していたのが小学生の中頃と記憶しているので、子どもの方が発症は早く重症化したと思われる。子どもは喘息により呼吸がうまくできなく血中の酸素濃度が薄すくなり、酸素の吸引や投薬のため、食事も飲み込めなくなるので点滴の治療のために入院した。そこで、どんなものがアレルゲンになるか調べるアレルギーのテストをしてもらった。私も子どもと同じような時にくしゃみをし、鼻水が出ていたので、同じアレルギー体質だと思っていたが、ハウスダストの一種でダニの死骸や糞がアレルゲンであることがわかった。それで、メカニズムとして理解できたのが、夏の間に大量に繁殖したダニが寒くなる時期に死に、乾燥する季節に衣替えなどする中で飛散する。マンションなど機密性の高い現代家屋の中では、通気性悪くアレルゲンとなるハウスダストが繁殖しやすくかつ外へ出て行かず部屋の中で循環し、それを吸引し鼻や喉に炎症を引き起こしていたのではないかと推測した。私が勝手に考えて、医者にそこまで教えてもらったわけではないが、それからは治療が簡単であった。毎年子どもが入院した時期ぐらい寒くなる頃に、夏に繁殖したダニを一掃すべく家の大掃除を年末ではなくこの時期に前倒しした。それでも、違う季節に発作をおこして通院したり、毎年寒くなる時期には発作が起きるかとヒヤヒヤすることもあったが、3年経って徐々に良くなり昨年はほとんどその兆候は現れなかった。今でも、私と子どもで同じ時に鼻をグズグズしているときはあるが、自分の症状も含めてようやく良くなったのではないかと思えた。このことで、一つだけ考え方を変えたことがある。子どもが咳をしてすぐに薬で止ようとするより、少々なら鍛えられるか慣れるかして治まることもあるかもしれないので我慢させていたことがあったが、医者が言うにはそれらの症状で器官が鍛えられることはなく、悪くなっていくだけだと。確かにそうだ、内臓は鍛えられないと考え方を変えた。それで、症状が悪くなればピンポイントで通院することにはしたが、基本的にはアレルゲンを取り除くこと、環境を変えることが治療であった。そして、私の症状も治まった。

私の場合どうであったか。主に母親が私の鼻炎と気管支炎の治療に付き合ってくれていた。父親が私の症状に付き合ったり、病院や母親に任せる以外の考えを持っていたとは思えない。仕事が忙しかったからだが、子どもの面倒は母親がするものだと決まっていたし、私も含めてそのことに疑問を感じることがなかった。私は小学生でアレルギー性鼻炎を発症し、ほどなく喉に負担がかかり気管支炎にもなった。それから何度も通院をさせられ、薬やなんかで対処療法をしていた。それでも当然よくはならないので、医者が言ったのか親が勝手に判断したのか分からないが虚弱体質だと判断され、毎日そう安くもない栄養剤や今でいうところのサプリメントみたいなものを小学校が終わるくらいまでの間に大量に飲まされたり、体を鍛えさせられたりもした。飲まなかったり、鍛えないよりましだというくらいなのだろうが、医療が関わっていても治療は現在までなされなかった。ここで学ぶべきことは、少なくとも私の親には環境が悪いという考えが全く欠如していた。あるいは、環境は容易に変えることができるという発想かもしれないが。その時の生活を続けていく中で子どもはその環境に適応しなくてはならないし、鍛えられたり努力したり耐えなくてはいけないという考えしかなかったのだろう。あるいは病気は専門家が治すものといった偏見なのかもしれない。飛躍した言い方になるが、どんな環境だろうが今の流れに乗ってお金を稼いで物質的に豊かな生活になってこそ、いい医療いい薬を飲むことが、健康になり幸せになることなのだと考えている、そんな時代であったように思う。物質的に豊かであっても、これだけ見れば、不毛な通院や努力を繰り返しさせ、社会に対する不信感を募らせ、治療はされず体が弱いからだと子どもの自信を失わせているわけで、子育てには失敗していたと言わざるをえない。

先日、子どもが友達に嫌がらせをされた。友達も謝っているし、子どももそれを許しているので、それでいいのだが事が少し大きくなったので、収めるためにも友達の親が私たちの家を訪れてきた。それで、もうこんなことが二度とないように指導すると友達の親が私たちに謝ってきたのだが、謝るのは私たちに対してではなくあなた達の子どもに対してではないかと、その場でそのような話しを持ち出したが分かってくれたかわからない。その友達はうちの子どもに何かを伝えたかったのだろうが、その方法が今回謝らなければならないことになったわけで、同じように伝えたいことがまたあったとき、黙るのではなくどうしたらいいかを教えるのが指導だろうが、私たち親はそんなとき、やってはいけないというだけで、どうしたらいいか分かっていないじゃないか。子どもに我慢させたり、大人社会に適応させたり、鍛えたりすることではないだろう。大人ができることは、歪んだ表現や伝え方をしなくてすむ環境を作ることでしかない。社会を見ても、今それが親たちにできていると私は思えない。

アレルギーの話しにしても、自分の子どもは親だけで育てなければならないという責任感というか、子育ては自己責任だというような考え方が親を追い詰めている。それが、また子どもを追い詰め、引きこもらせてもいる。環境や社会は抗えないものではなく、変えられるものだと大人がちゃんと信じなくてはいけないだろう。

2017,1,20 髙橋淳敏

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