発起する
一人でちゃんと立てていないのに人助けはできない?
介護などの仕事に限らないですが、支えあって生活できなくなった今の社会では、人の生活を支えようとする仕事に求人が多いこともあって、自分たちの支援活動や人を助けるようなことを仕事にしてみないかと、引きこもった経験のある人に提案することがあります。そうすると、自分が一人でちゃんと立てていないのに人助けすることを仕事にはできないと言って断られることがままあります。この時の人を助けるイメージは、支援する側がちゃんと立っていてそれに寄りかかるようなことか、あるいは支援する側が安全な上の方にいて不安定な場所にいる下の人を引っ張り上げるかのような印象があります。人を助けるのであれば、その前提として自分が盤石な地に立っていなくては、お互いが溺れてしまい助けることができないという一方向的な発想であると言えますが、はたして今の時代に限らず、人を助ける事がそのような考えでいていいのかと疑問に思っています。
自分が立って人助けするのは勘違い
多く稼いだ人からもらった税金を、経済的にも弱者と思われるような人にきっちり再分配できている社会であったり、かつて一億総中流と言われた奇跡的におとずれた時代なら、人を助けるために人が寄って立つべき盤石な地盤がある?のかもしれませんが、本来は全ての人が立つべき盤石な社会なんかはありませんし、歴史的に見てもそんな時代や地域がどれほどあったのかも分かりません。要するに極端な言い方ですが、自分がちゃんと立ってそのうえで人助けをしようと思っても、そのような機会はいつまでたっても訪れないでしょうし、あったとしてもたぶんそれは勘違いにすぎないということなんだろうと思います。
自分でも何かができたんじゃないかという思いによって生かされている
私がこういうことを考え始めたのは神戸の震災の時でありました。幸か不幸かその場に、高校三年生の冬という現代の日本社会においては将来を決定すべき崖っぷちと思われているような年齢で居合わせました。それまでは、揺ぎないと思っていた地盤の上で生活をし、その上に築かれた親の経済力もあって当面の生活に困るのではなかったので、ただお金を稼ぐためだけの仕事はしないと、限られた自分の人生や他人に役立つことをいずれは仕事にしていければと思っていたくらいです。それでも今は一人この地に立てていないからまだそのような仕事はできないと、立派になるフリをしてその地で漠然と上の方へ行こうと過ごしていました。そんな中、盤石であったはずのその地が揺れて、その上に置かれてあった人の生活や建造物が倒壊したわけです。私はその社会的選択を迫られる崖っぷちにあって、そこに新たにできた地面の亀裂に降りていくこともせず、上へと飛ぶこともなく、何もできずただそこで身をす
くめるしかありませんでした。大きく生活を変えないように努め、ただ茫然として事の成り行きを眺めるしかできませんでした。それでも、そんな中私が経験したことは、限りある命を生きる事や人のための仕事は、盤石な地の上に築かれたその上の方から下の人を引っ張り上げるようなことではないし、盤石な地を築いて寄り添ってもらう事でもないという思考体験でした。駆け付けた人も当時フリーターなどの不安定であった若者も多かったと聞いています。人のためになるというのは、立派であったり揺るぎない地盤の上に立っているからではありませんでした。ただ同じような思いに駆られて、人や自分をどのようにかしたい、それは無謀ともいえる行為でもありました。私はあの時は何もできませんでしたが、何かが具体的に出来なかったことよりもこんな自分でも何かができたんじゃないかと、そのような思いによって今も生かされていると考えています。その年はボランティア元年とされ、これがきっかけで3年後にNPO法が施行されます。
「助ける」が回収されないために
いつ揺れるかわからないからというオオカミ少年的な話や、リスクマネージメントのような話ではありません。地震が多い日本だからという話でもありません。この地が常に不安定であることを前提として、生活をし仕事も考えていく必要があります。なので、人の生活を支えようとする時は、必ずそれは双方向的な仕事になります。サービス業のようなことや、点数などでは、測る物差しがそもそも違います。このような不安定な地盤の上では、生きていくだけでも大変なことですし、生きながらえるだけでも楽しいことはあるのかもしれません。ただ、最終的に寄るべきところが、国家であり大きな今の経済でありそれによって産まれた核家族でしかなければ、結局はこの助けるという発想が一方向的なものに常に回収されてしまうでしょう。男が女を助け、健常者が障害者を助ける。その逆があったとしても、個々の生きがいとして解釈され、美談のようなものとして消費されるくらいで、それが基盤となる社会は誰にも想像されていないのではないでしょうか?
2014年5月15日 高橋 淳敏