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直言曲言 第250回 「変」

By , 2009年1月10日 2:08 PM

“change”(チェンジ)2009年1月アメリカ新大統領に就任するバラク・オバマ氏が好んで口にする言葉だ。一般に「変化」と訳されている。アメリカ建国以来初の黒人大統領誕生は確かに大きな変化である。しかし私にはオバマ氏が「変えよう」という意味で使っているような気がする。名詞だとすると変革である。革命というほど深刻な意味は窺がいとれないが、変革しようという程度の意思的な言葉だと思われる。「変化」とただ一般的な名詞に訳しても良いが、先の黒人初の大統領という意味以外に積極的な意味や肯定的な意味は受け止められない。アメリカという国が、世界の資本主義諸国の盟主として発展途上国を搾取し、軍事大国として紛争を広げ、地球環境破壊の先頭を走ってきたことは周知の事実だが、昨秋は世界金融危機の震源地として世界に迷惑をかけたことは明らかであり、何一つとして良い方向に転がりだす兆候は見受けられない。ただ「最悪」と言っても良かったブッシュの共和党に代わってオバマが次期大統領に選ばれたのは「これ以上悪くなり得ないだろう」という意味で良い意味での変化が期待される。

「変化」という意味では一つ自己批判しておきたいことがある。それは私自身が引きこもりの大量発生の原因の一つとして「豊かで出口の見つからない競争社会」と言い続けてきたことだ。(私や親たちの世代はみな昔)貧しかった。だから学校を出たら就職せざるを得なかった。ところが今の若者たちは豊かな時代となり、働かなくても(一家が飢え死にすることもなく)親の財産で食っていける。しかも出口の見つからない競争社会だ。(だから)こんなに引きこもりが増えてしまう。と、おおむねこんな趣旨で語って来た。私自身の貧困観や経済情勢認識が甘かったからではないと思っている。事実、引きこもりの若者を抱える家庭というのは、極貧層よりもいわゆる中流家庭が多く、多分に親による甘やかせが引きこもりを生み出しているからだ。しかしこの間、いわゆる「派遣切り」が世間の耳目を集め、若者だけでなく中年層にまで派遣切りによる貧苦が目立ち、その子弟が「進学断念」する事例も目立っている。私が貧困問題に鈍感だったわけではなく、派遣問題や格差問題にも何度も論及している。しかし「豊かな社会」という言い方が、豊かさ幻想の一皮めくった裏側に深刻な貧困問題が存在していることを気づかなくさせていたとすれば、深く謝罪しなければならない。

そのことを気づかせてくれたのも、今回の世界的な金融危機なのかもしれない。見せかけの繁栄を誇った自由主義社会の陰でプチブル(小市民)たちは自分たちの保身に汲々とし、ひいては我が子たちを引きこもりにしてしまった。今回の金融危機と、それが引き起こした世界的な不況は新しい物語の初めでしかない。

1985年プラザ合意はアメリカの双子の赤字を契機として円高ドル安政策への転換点となった。それはやがて日本におけるバブル景気やバブル崩壊による「空白の10年」の伏線となった。そのことが新自由主義経済やグローバル経済の登場を導き、引きこもり大量発生につながっている。今回の不況は必ずや5年後、10年後にまで続く若者受難の時代となり、再び引きこもりの大量発生につながることは火を見るよりも明らかである。だとするならば、我々も「変化」などという客観的態度で眺めるのでなく、オバマ氏よりも激しく、「チェンジ」と叫ばなくてはいけないのではないか。が、その前に「変化」や「変革」よりも前に、どこかが「おかしい」、「変だ」と思う点を見つけなくてはいけないのではないか。実はニュースタート事務局関西はこの2~4月にヤングサポーターのイニシアティブで岸和田、明石、京都市で特別地方例会を行い「変」について探ることにしている。本稿もその一環として何が「変」なのかを考える一助にしたいと考えている。

まず何がおかしいと言って、「若者」がおかしい。このことは若者ではない私たち年寄りが言わなければならない。自分や自分たちが「おかしい」ということは一番分かりにくいことだから。まず引きこもりがおかしい。引きこもっていること自体がおかしいとは言わないけれど、彼らはそのことに対する抗議手段を持とうとしない。不満があるはずなのに無言である。言っても理解されないと思っているのか、言葉に出さない。言葉にしなければなおさら理解はできない。「誰でもよかった」などと人を傷つけるのもおかしい。無言の抗議であるかもしれないが、おかしいのはおかしい。しかし、最初から若者がおかしいのではない。彼らが無言の抗議を秘めながら生きているのは、私たち年寄りが作ってきた社会である。だとすれば、大人たちや年寄りがおかしい。この国を50年間支配して来た自民党政治がおかしい。自民党がおかしいのはそれを支えている企業経営者がおかしいということだ。自民党政治がおかしいのは誰でもわかることだが、それもあと半年の命脈だ。けれど民主党に希望をつないでいるわけではない。民主党の親玉だって元自民党だ。それよりも自民党政治を生き延びさせて来た大人達がおかしい。

大人達とは私たちであり、戦後教育を受けてきた人たちである。戦後民主主義教育に敵対するのは主に自民党の政治家たちであるが、結果として自民党政治を温存してきたのだから、やはり戦後民主主義教育というものもどこかおかしい。教師たちがおかしい。先生もサラリーマンの一人だから仕方がないかもしれないが、教育に情熱も工夫もないのがおかしい。情熱いっぱいだと思われていたヤンキー先生も夜回り先生もおかしい。一人はすでに自民党国会議員だし、もう一人も自民党応援団らしい。モンスター・ペアレントもおかしい。教育委員会も文部省もおかしい。人だけでなく、人が作り変えてしまった自然もおかしい。最近は地球も変だ。

何もかもおかしいけれど、自分たちはもっとおかしい。政府や自治体に不満を持っているけれど、結局自分たちでは何もできないで、補助金や交付金をあてにしている。矛先を自分に向けても、シニカルで破滅的になるだけだ。目一杯知恵を絞って、力をつくし与えられた環境を変えていかなければならないのではないか。

それでも何も変わらないのであれば、変わらない理由を探してみよう。変わることを阻んでいる何かがおかしいのだ。一緒に支えているような顔をして、実はぶら下がっているだけの人はいないか。おや、いましたね。あなただったのですか。あなたですよ。キョロキョロと周りを見回しているあなた。気がつかないのですね。今年の特別例会、私たちはあなたを見逃しませんよ。それが今年の変化です。

2009.01.10.

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