NPO法人 ニュースタート事務局関西

直言曲言 第14回 「サラリーマン挽歌」

By , 2001年5月16日 2:55 PM

 私鉄沿線の,とある駅前の居酒屋.混み合うカウンターの片隅で,草臥れ気味の中年男が二人,話し合っている.『もう少し我慢すべきやで』『そうやなぁ,今辞めたって,ろくに退職金も出えへんやろしなぁ』 どうやら,退職を思案中の相棒を思いとどまらせようと説得しているらしい.
  最近は,こんな光景や対話に出くわすことが多い.一昔前なら,居酒屋でのサラリーマンの会話といえば会社の悪口や上司の悪口と相場が決まっていたものだ.近頃は悪口を言う元気もないらしい.それどころか,会社は今では悪口ではなく憐憫の対象にさえなっている.

 そう言えば1991年にバブルが崩壊し株価や地価は大暴落,その成り行きを呆然と見送るばかりで,20世紀の最後の10年は奇しくも『失われた10年』と言われた.
  この10年を経て21世紀という時代に突入したのだが,<株式会社>という20世紀最大のモンスターもさすがに,氷河期に滅亡した恐竜のように落日の時を迎えたのかも知れない.この<株式会社>という怪物は,日本軍国主義にも勝ち,ナチズムも克服し,20世紀末葉にはついに共産主義(社会主義)という妖怪をも地球上から追い払ってしまったかに見えたが,どうやらこうした天敵を追い払った途端に,自らの存在意義を見失い,絶滅過程に突入したとみることができそうだ.

 …と,まあ,これは『学校と株式会社の時代の終焉』を吹聴する私の<仮説>だが,20世紀を跳梁した株式会社という超無類のスーパーシステムの全盛期が過ぎたことは事実である.
  <超無類のスーパーシステム>などと書くとむしろ,地に落ちた英雄を誉め過ぎのように聞こえるかもしれないが,何しろ<会社人間><社畜><企業戦士>などの種族を生み出し,<ワーカーホリック>を輩出し,<終身雇用>の幻想で多くの信者の<帰依>を集めた繁栄神話の旗手であったのだから多少の誉めすぎは許されるだろう.

 ところで,この<株式会社>というものが世にはびこった20世紀の後半という時代に,さまざまな社会システムが株式会社によって世に送り出され,今その株式会社の落日とともに,そのシステムたちもまた消滅して行こうとしている.そうした社会システムや奇妙な習慣ともいえる<ことども>を振り返ってみよう.

 社用族
  既に随分古めかしい言葉に見えるが,つい10年くらい前までは夜の巷を大手を振るって歩いていた.彼らの最大の武器は会社の接待交際費であり,ご帰還のときにはタクシーチケットが豪勢に配られた.会社にとって経費として損金で処理できるなら懐は痛まない.
  お陰で料亭だの高級クラブだのという飲食店も大流行りだったのだが,社用族の衰退とともに盛り場も様変わりしている.

 社員旅行
  何しろ会社というところは社員の起居寝食まで面倒を見たがるところであるから,朝から晩までそれこそ社員が寝食をともにする社員旅行などは大好きなイベントである.
  景気の良いときには海外社員旅行なども流行した.しかし,こちらの方はバブル崩壊以前から女子社員や若い人には概ね不評で,参加率も年々低下していた.社員旅行で何が嫌かと言えば,まず第一に宴会だそうで,この宴会というやつは社員旅行に限らず,新年会,忘年会の類まで人気がなくなっている.同じように避暑地などの保養所も人気がなくなり,閉ざされたままの施設が良く見うけられる.ついでに社宅,社員寮,独身寮なども利用者は激減しているという.

 財形貯蓄
  財形というのは財産形成の意で,そのために社内預金制度などがあり,会社が通常より高めの利息をサービスするのである.
  この財形貯蓄で貯めた金でマイホームを建てたりすると持家補助制度があり,建築費の何%とかローンの金利を補助してくれたりする.要するに会社から金を借りて家を建てたりすれば,転職することもできずに,終身雇用で会社のために忠誠を誓ってくれるだろうとの魂胆なのだが,会社に借りを作って「一生縛られるのは嫌」と言う人も多く,最近ではめったに聞かれない死語になったようだ.

 休日出勤
  会社が忙しい次期には決算賞与などとしてボーナスが年に3回も出たり,残業手当も青天井だったりしたのだが,平成不況になってからは残業も制限され,それでもサービス残業などで頑張っている人も多く,深夜までオフィスの灯りは消えなかった.
  休日出勤も同じで,土日祝日もなく『オレ,今年になってまだ一日も会社休んでいないよ』などと嘯いている猛者もいたものだ.不況が深刻になって,代休でも有給休暇でも取り放題,うっかり休日に出勤でもしようものなら『光熱費も馬鹿にならないから』などと上司に釘を差される.増えた休日三連休などには,かつての会社人間は会社を恋しがって無聊をかこっている.

 つまりサラリーマンたちの『我が世』は遠のき,株式会社というものも憧れよりも侮蔑の対象になることが多くなったのであるが,それでも未だにそこに就職することが人生最大の目標だと思っている人達は多い.そもそも,高校から大学に進学し,そこを卒業するのもより良い株式会社に就職するための手段だと考えているのだから,株式会社の凋落はある意味で気の毒な現象である.

 株式会社をもう一度盛り立てて,ここに書き上げたことどもの復活を目指したい人というのは,相当の変わり者とみられます.接待交際費やタクシーチケットを復活し,残業手当をもらって宴会づくし,社員旅行で社長にゴマすり,社員寮から持家制度でマイホームを持って,企業戦士で社用族,家族には疎まれ,子どもは不登校,地域社会ではエトランジェ.

 そんな会社人間にあなたはなりたいと言う?

(5月16日)

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