NPO法人 ニュースタート事務局関西

直言曲言 第12回 「S君の旅」

By , 2001年4月26日 2:48 PM

 不思議な魅力を持った青年である.今年『4回目の浪人生活』を迎えているというから,22歳だろう.と言っても,S君がこの春どこかの大学を受験したという様子はなかった.いわゆる『モラトリアム』というか,<自分探し>の旅を続けているS君である.

 S君の姿をはじめて見かけたのは,今年になってからの『引きこもりを考える会』の例会.短いが真っ黒な顎鬚(あごひげ)を蓄えた青年が,突如自分のことを話し始めた――
『僕はいま大学三浪中です.受験勉強に集中できないので,自分で<おかしい>と思って,精神科医を訪ねたら<鬱病>と診断されました.』
  率直な語り口に感心した.

 彼は今や『鍋の会』の常連である.引きこもりの若者の参加者には,いつも彼が最初に声を掛ける.別にそれを自分の<義務>だと思っているからではなさそうで,人間が好きなのである.
  あるいは「引きこもりの若者に限りない興味を持っている」からと言って良いかも知れない.自分が鬱病のせいで,引きこもり気味だったので,他の若者が今どんな気持ちでいるのか,聞き出したくて仕方がないのだろう.
  でも鍋の会に参加する若者がすべて引きこもりだとは限らない.サポーター役を引き受けようとするボランティアの若者もいる.そんな時,S君の声掛けは意外に話が弾まない.ボランティア志望の若者の方では,いきなり気軽に声を掛けてきたS君に警戒心を持ってしまうらしい.

 引きこもりの若者でもいろんな状態の人がいる.対人恐怖で引きこもりが長期化していて,かなり無理をして鍋の会に出てきた人もいる.こんな人の場合もS君の声掛けは不調に終わる.S君が話し掛けても,か細い声で返事をするだけだから,話が弾むわけはない.こんなときはS君の方が落ち込んでしまう.

 S君が元気になるのは,引きこもりからの回復期にあるような若者で,相手も友達を求めて鍋の会に出てきているので,最初はおずおずと会話をしているが,次第に打ち解けあって,そのうち『また会おう』なんて約束などが出来た場合である.
  大体,鍋の会に参加するのはこのタイプの若者が多い.深刻に引きこもり中の若者は鍋の会に出てこられないのが普通だからである.だから,S君の最初の声掛けは成功する率が高く,鍋の会の一番打者で,首位打者,イチローのようなものである.

 S君は『引きこもりを考える会』でお母さん出席者と親しくなるのにも才能を発揮する.深刻な質問や相談をしていた母親参加者に,休憩時間に躊躇なく歩み寄って話し掛ける.いつのまにか,お宅に訪問する約束をしている.
  ニュースタート事務局にはNSP(ニュースタートパートナー)という制度があり,こちらは事務局長である私が事情や経緯をお聞きした上で,パートナーを選び若者の引きこもり脱出のお手伝いをするというものである.S君はこんな<面倒くさい?>手続きなどを素っ飛ばして,即断即決,実行に移してしまう.

 鍋の会での話し掛けもそうだが,S君流の即断即決<訪問>もうまく行くとばかりは限らない.だいたい,そんなにうまく行くのなら,引きこもり本人も親達も苦労はしないのである.彼が勇躍引きこもり君の家に乗りこんでも,相手の憂鬱の度合いが彼のパワーを上回っていて,対話が進まないようなケースに出会うと,彼は私に電話を掛けて来る――
『ダメです.僕には向いていない.僕は軽すぎる』
  彼自身,元気な時と落ち込んでいる時の落差が激しい.

 S君は最近四国方面に旅をした.愛媛県のN市におばあちゃんがいるらしく,『会いたくなったから,ちょっと行ってくる』というのである.でも,本当の目的はH君の家を訪問することである.
  H君は,先月の鍋の会に母親と共に京都まで出てきたのだが,京都駅でしり込みしてしまって鍋の会には母親だけが参加した.その母親と知り合ったS君は,またまた義侠心を出して頼まれもしていないのに,愛媛県までH君を訪ねたのである.

 H君は予想外に初対面のS君を歓迎してくれた.話が弾み,その夜はH君宅に一泊した.翌日,S君は少し調子に乗ってH君に追い討ちを掛けた――
『このまま僕と一緒に大阪に行って,鍋の会にも参加しよう』と.
  H君はそこまで心の準備ができていなかったので拒絶した.ちょっと厳しい拒絶だったらしい.S君は激しく落ち込んだ.前の晩,あれだけ打ち解けて話しが出来ていたので『大丈夫』と踏んでの誘いを断られたからだ.

 その日,愛媛のH君のお母さんから私宛に電話が入った.『S君がせっかく来てくれたのに失望させて帰してしまった,家の子もS君のことを心配している』とのことだった.引きこもりの若者を励ましに行って,逆に『心配されている』とはS君も<形無し>である.

 いや待てよ!
  本来,他人のことに気配りするゆとりなどないはずの引きこもりの若者に,相手のことを心配させたなんて,S君!ひょっとして凄い仕事をして帰ってきたのではないか?

 次の,鍋の会の先日,相変わらず少しおとぼけ顔で現れたS君.今日は徳島から初参加のI君を『自宅に泊める』と行って<お持ち帰り>だ.
  S君の旅はまだまだ続くだろう.
(4月26日)

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