NPO法人 ニュースタート事務局関西

直言曲言 第11回 「加速度と眩暈(めまい)」

By , 2001年4月19日 2:45 PM

 電車やバスなどに乗ると,てきめんに乗り物酔いを起こす人がいる.学術的には加速度病という.ブランコに乗っていて,人が背中から押したりすると,恐怖で泣き出す子どもがいる.自分でブランコを漕いでいながら吐き気や頭痛を催す人もいる.これも加速度病である.最近では性能が改善されたのか少なくなったが,エレベーターに乗っても乗り物酔いになることがある.加速度の急な変化によって内耳にある三半規管の平衡感覚に狂いが生じるのである.
  もちろん,乗り物酔いになどなったことがないという人もあれば,なりやすい人もある.そのときの体調にもよるが,体質にもよる.私なども最近はめったにならない.それでも遊園地にあるジェットコースターなどというものに乗ったことはない.ジェットコースターに乗って,あの加速度の不快感を感じずに,逆に快感だなんて「<変態>に違いない」と思っている.

 私は医学や生理学に詳しいわけではないので当て推量だが,三半規管の平衡感覚に狂いが生じると言うのだから,重力の方向に垂直に立っていようとする能力(平衡感覚)を狂わせるのは,重力の方向の急激な移動なのだろう.ブランコに乗れば分かることだが,あれは加速度の変化というよりも絶えざる重力方向の変化する運動である.この変化に三半規管がついて行けない.電車などが一定の高速で走っていても乗り物酔いにはならない.加速と減速を繰り返されたりすると,慣性の法則で取り残される肉体と,移動体に付随して加速・減速する足元との重力の方向が食い違ってしまう.これが私の加速度病理解である.

 もうひとつ,若い頃から私の苦手なものにつり橋がある.徳島県の祖谷のかづら橋や,十津川渓谷にあるつり橋など,地元の人やたいていの観光客は軽々と渡って行くのに,私の場合は一歩踏出した途端にぐらぐらと揺れだし,バランスを取ろうとすればするほど揺れは増幅し,ついには腹ばいにならないと対岸にたどりつけないことになる.これも絶えざる重力方向の変化について行けない平衡感覚の保守性(機敏に変化できない)が原因である.

 持って回った言い方をしたことになるが,社会経済システムの変化にも加速度の変化があり,この加速度変化について行けない人は,一種の乗り物酔い状態に近い眩暈を感じる.社会的引きこもりを『社会病理』と指摘するためのひとつの仮説である.乗り物酔いも『加速度病』と名づけられているが,決して病気ではないし,病院に行けば『トラベルミン』などの安定剤が処方されるが,それを飲めば『加速度病』が治癒するわけではない.社会システムの加速度に眩暈を感じる人も,不適応から神経症症状を呈するが,いわゆる本来の病気であるわけではない.

 経済学の概念に『加速度原理』というのがある.消費財の生産の増加が生産財産業への需要を引き起こすことを意味する.景気の退行期などに,消費財産業の生産高がまだ増加を続けているのに生産財産業の景気が下降するのは,消費財の増減ではなく,増加率(加速度)の減少を先取りするからなのである.
  これは,常に最大利潤率を追求しようとする『資本の論理』である.この消費財生産の増加率が最も高いのは,実はある産業の草創期や企業の開業期である.ITベンチャーに無謀な投資が行われ,株式市場でとんでもない株価をつけるのも,この加速度原理の無原則な適用からなのである.こうした資本の加速度原理に則った活動が蔓延している金融資本主義の社会で,社会システムに対する不適応反応としての眩暈を起こすのは,むしろ正常な神経の持ち主といえる.

 加速度原理に対応できるのは,社会現象を頭の中で即座に数値化し暗算で微分・積分をこなすような,超人的な能力が必要なのだろう.尤も,少し時間を掛けてコンピュータにやらせればこんなことに対応するのは簡単であるが,これでは吊り上った株価を後追いするだけである.

 社会的な眩暈に襲われる引きこもりたちが<正常>であるのは良いとして,これに無理解な親や大人たちはどんな種族なのだろうか?
  彼らは社会的重力=価値観の加速度的変化に眩暈を感じていないようである.半分はコンピュータに依存して加速度原理に追随している人達である.後の半分は,地中にいるもぐらやミミズの視覚器官が退化しているように,平衡感覚を司る三半規管そのものが退化してしまい,もはやどんな速度でどのような方向に社会が変化しようと,眩暈すら感じなくなった種族であるに違いない.

 加速度変化に耐えられない人々はどうするべきか? 非常に一般的だが,これは乗り物酔いへの対処法と同じである.重力方向の急激な変化にいちいち対応しようとしないことである.
  そのためにはどうするか? 猛スピードで動く近景を見つめないで,遠くの風景を眺めていることである.
(4月19日)

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